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蒼波の向こう  作者: 杠乃詠(ユズノエ)
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2 孤児の行く末

その少女はカシと名乗った。

彼女のなりを調べたところ、服のあちこちから盗品が見つかったので、金品目的に船に忍び込んだのだろうと結論づけられた。


異国へ行くこのように大きな商船には、幾つの金になるのだろうと言うほどの貨物がのせられているので、こういう盗人はよくいるのだそうだ。


そして、少女は孤児だった。


誰かが裕福であるということは同時に、誰かが貧困状態にあるということでもある。


琳娜の住む街は海上貿易の中心地として栄える華やかな街だが、少し外れれば当たり前に貧民街もある。

病気か飢餓か、はたまたそれ以外か。理由はともかく、幼くして親を亡くした子どもは、乞食でも盗人でも、やらなければ生きていけないのだ。

可哀想だと思うかもしれないが、そんな人たちは数え切れないほどいるのだと、琳娜が知ったのはつい数年前のことである。自分は恵まれていたのだ、と。



さて、少女の処分については、徳清(ダーシン)が他の商人とも話し合って決めるということだった。


「それにしても、カシなんて、珍しい名前だね」

「顔立ちからして、異国の子なんじゃないか?ここより南の方かな」


少女の処遇を決めるまで、野放しにには出来ないということで、第一発見者である琳娜(リンナ)に監視が任された。ちなみに涛宇(タオユ)が何故いるのかは分からない。


喋れる?と涛宇が問うと、少女はふん、と鼻を鳴らした。涛宇はその行動がなんだか気に食わなかったらしく、ぎっと睨むと、少女は少し(ひる)んだ。


先程も琳娜の大声に少し震えていたりと、まだまだ子どもらしい感覚を持っているのに、こうした態度をとるのは、彼女なりの護身なのだろうか。


「お前らと話すことはなイ。盗人の子どもなんテ、何の価値もありやしないだろ。海に捨てるなり奴隷として売るなり、好きにすればいイ。死ぬ準備なら、できてル。」


「あら、随分と達観した言い方ね。まだ10かそこらしか生きていないでしょうに。」


少女の境遇を考えていたら(別に詳しくは知らないが、少なくとも琳娜よりは過酷な人生を歩んできたのであろう)、もっと優しい言い方もできたのかもしれないが、琳娜は敢えて厳しい言葉をかけてみた。


「…10年も生きていれば、わかル。自分はどこに行っても歓迎されなイ。居場所も、なイ。」


「その割には、金目になりそうなものを盗んで、必死に生きながらえようとしていたみたいだけどね」


意地悪そうに笑うと少女は琳娜に向かってけっ、と唾を吐いた。


「その歳で自分の価値を決めつけてしまうなんて早いの。あなたが思っているより、世界は広いんだから。今にわかるよ。」


琳娜が言うと、その横で涛宇が少し笑った気がした。

きっと、同じ考えだったのだろう。


徳清はきっと、この子を罰したりはしない、と。



その後、徳清たちの判断によって、カシは保護されることになった。琳娜たちの予想通りである。

徳清は自分の元に転がり込んできた小さな子どもを見捨てたりしないのだ。そういう人だ。


さて、それと同時に。


「お前、今日から可心(クーシン)って名乗れってさ。」


まぁ元の名でも良いが、こちらの方が馴染みやすいからだと思う。

琳娜はまだまだ徳清の考えていることが分からないので確信はないが。


死ぬ準備さえできていると言った少女は、別に名前に頓着などないらしく、大人しく従った。



カシ、改め、可心はそのまま琳娜に預けられることになった。まぁ、琳娜には侍女がついているので、そちらに任されたと言った方が正しいのかもしれないが。


可心は汚らしい風貌をしていると言ったが、体を拭いて髪を()き、見た目を整えてやると、意外と整った顔立ちをしているということがわかった。


肌は浅黒いが健康的な印象を与える色であるし、長いまつ毛に、少し吊り気味のぱっちりとした目。

そして何より、黒曜石のような真っ黒な瞳と髪。これが琳娜には特別輝いて見えた。琳娜にはない、美しい黒だった。


ちなみに琳娜が髪を結ってやると、警戒しながらも、少し嬉しそうにゆさゆさ揺らしていたのがかわいらしく、妹とはこのようなものなのかな、と思った。



そしてその少女が今何をしているかと言うと、


「解せぬ……」


琳娜と仲良く並んでお勉強をしているのだった。


可心が現れたことで有耶無耶になっていたが、琳娜は部屋に居なさいと言われたところを抜け出して、船内を駆け回っていたのである。


徳清に告げ口こそされなかったものの、侍女にしっかり怒られ、次の港に着くまで部屋にいなさいと言われた。そのまま有耶無耶にしてくれていて良かったのに。


ふたりが勉強をしている後ろでは、侍女が目を光らせている。

可心の教師も兼ねているらしいが、琳娜の知ったことでは無い。


琳娜がはぁと溜息をつくと上から声が落ちてきた。


「手が止まっていますよ。琳娜さん」


琳娜はぶーと膨れる。

その横では可心が意外にも集中して取り組んでいた。学んでいるのは琳娜たちの母国語である。


彼女は勉強が楽しいらしく、意気揚々と取り組んでいる。是非そのやる気を琳娜にも分けて欲しい。


「はぁーい」


一応、だらしのない返事をすると、侍女の咎めるような視線が刺してくる。


琳娜ははやく港につかないかな、とぼんやり海を眺めた。

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