第68話 苦シミマス
それからいつものように日勤の人達と入れ替わるように勤務を開始したわけだが、まず俺達はクリスマスイブのお客様の多さに驚かされる。
そして、鳥だけに飛ぶように売れていくブライドチキンにも毎度のことながら驚かされた。
二台あるフライヤーを常にフル稼働させねば、追い付かない。
「フライドチキン五つ下さい」
「ヘンチキ三つ」
「骨無しテーヘンチキン四つと、フライドチキン四つ」
「ヘンチキスパイシー三つと、骨無しヘンチキ五つ下さい」
なんなんだよこのお客様の多さは!?
このクソ田舎のどこに、こんな大勢の人が隠れてたんだよ!?
塹壕か!?
防空壕か!?
カタコンベか!?
普段は街でも人なんか見掛けないってくらいに過疎化が加速してるはずなのに!?
この店はケンタ君ショップじゃねぇんだぞ!?
毎年のことながらなんなんだよこの売れ行きはっ!?
あと本来クリスマスに食べるべきは鶏じゃなくて七面鳥だろうがぁぁぁっ!
アアアアアッ!!
――っと、発狂したくなるのを抑えながら、レジ、フライヤー、ホットフードの保温器の間を行ったり来たり、来たり行ったりの繰り返し。
バイト開始からもうヘトヘトの俺と藤野は、チキンを揚げ続けては売り捌く工業機械と化していた。
そんなギリギリ状態の中、俺だけをイラつかせることに定評のあるアイツが来店する。
「おい勇者よ、随分と忙しそうだな! だが遠慮はせんぞ? フライドチキンを八ついただこう! あ、箱じゃなくて一つ一つ小分けで袋に入れてくれ! それから紙ナプキンも入れ忘れるなよ?」
――そう、炎上系魔王幼女の真緒ちゃんだ。
お前は魔王の癖に聖人の誕生日を祝う気満々かよ!?
マジでプライドとか無いのなコイツ。
あと地味に面倒な注文しやがって……。
しかし今日の魔王は一人ではなく母親も居たため、これ以上の嫌がらせをすることは無く、あっさりと帰るしかないのだった。
今日に限っては彼女も、イタズラよりもイベントの方が楽しいらしく、鼻唄を口ずさみながら去っていく。
「ジングルベールリンリンリーン♪ ジーザースクラァイース♪」
去り際までウザいなコイツは……。
特に本場っぽい発音で歌うところがウザいわぁ……。
――とにかく、魔王になど構っていられない程今日は忙しいのだ。
チキン以外のホットフードも当然売れるし、シャンパンやケーキも売れる。
更には――。
「青砥さぁん……」
その情けない声に隣のレジを見れば、藤野が今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
というかちょっと涙ぐんでいるじゃないか。
このクソ忙しい時に一体なんだってんだよ。
そうは思ったが何事か訊ねる。
「どうかしたか?」
「お歳暮のお客様がいらっしゃったんですけど、やり方忘れちゃいましたぁ……ダズゲデグダザイィー……」
……そうなのだ。
クリスマスイブということは年末。
つまりお歳暮やおせち料理の予約などの、普段は行わない面倒な仕事も駆け込みでドッと増えるのである。
しかも予約は色々と手順も多く、ベテランでさえうっかりするとやり方を忘れてしまう程だ。
「ええい仕方ない! レジこっちと代われ!」
「あっじゃぁぁすっ!!」
俺は藤野に代わり、お歳暮の予約を猛ダッシュでこなした。
普段の藤野ならば落ち着いて作業手順を思い出せただろう。
それに時間さえ有れば、事務所にあるマニュアルを見ながら予約をすることだって出来る。
だが今日の彼女は、忙しさからかなりテンパっていた。
……まあ、初めてクリスマスイブのバイトに入って、未体験の量のお客様の応対をしているんだし無理もないか。




