第58話 いつもの
車輪の音と共に、招かれざる客がやって来る。
「なんだお前達、店員のクセに店から閉め出されたのか? クックック、無様なことよ!」
そう、魔王が三輪車に乗ってやってきたのだ。
俺は早速注意してやる。
「お前、もう夜の六時だぞ? 日も短くなってるし、暗いのに子供が出歩くなよ。この時間、道路は車だって多くなるし、危ないだろ?」
「友達の家で遊んでいたら遅くなってしまったのだ! イカのギャングになって縄張り争いをするゲームが中々に面白くてついついな!」
魔王は俺と藤野の周りを、ぐるぐると三輪車で漕ぎながら続けた。
「それにしても外でおでんの販売とは、なんだか今日は珍しいな!」
「そのぐるぐる回るのウザいからすぐ止めろ。そうしたらおでんの汁くらい飲ませてやるから、さっさと帰れ」
「よし、いただこう! さっきからこの小さな体が寒くて堪らなかったのだ!」
買収成功。
おでんの汁で言いなりになるとは安い魔王だ……。
小さい方のおでんの容器に汁を入れてやると、魔王はそれをエリクサーでも飲むかのように、チビチビと幸せそうに飲んだ。
「うーん、温まる! おでんの汁は美味しいな! 勇者よ!」
「飲んだんならさっさと帰れよ。体が暖まった今の内にな」
「だがそんな約束は反故だー! ハッハッハ!」
高笑いしながら魔王は、再び俺達の周りを三輪車でぐるぐると回り、営業妨害を始めた。
コイツゥゥゥッ!?
「三輪車ごと蹴り倒すぞオメー?」
しかし、そんな脅しにも魔王は屈しない。
むしろこう言い返してきさえする。
「やれるものならやってみるがいい! ひとたび私が貴様を指差し泣き声を上げれば、それで事案の完成なのだぞ!?」
「……」
俺はキレた。
携帯を取り出して耳に当てがう。
「あ、もしもし? 青砥ですけど、今お時間よろしいですか?」
ひとたび俺が電話を掛ける素振りを見せれば魔王は「あっ、ちょっ!?」と、あからさまに狼狽えた。
それから腰を低くし、揉み手をしながら卑屈そうな上目使いでこう言う。
「やだなぁ勇者サン、今のはほんの冗談じゃないですかぁ? 本気にしちゃったんですかぁ? だから……ね? 電話は……ね? ねっ? 勇者サァンッ!?」
……今やコイツには、魔王としてのプライドすら無いようだ。
無様な奴め!
その後は速やかに、魔王にはご帰宅いただいた。
そんなちょっとした騒動が収まるのとほぼ同時に、店からようやくクズ店長が現れて鶴の一声を上げる。
「そろそろ中に戻っていいぞ」
よっしゃー!
俺と藤野は人目も憚らずグッと、力強くガッツポーズを繰り出すのだった。




