第57話 寒さが距離を近づける?
おでんの販売が開始され、一ヶ月が経った十月。
早くも真冬のようなアホみたいに寒い日がやってきた。
クズ店長が好都合だと言わんばかりに、こんな提案を思い付きでする。
「青砥、藤野」
「はい?」
「今日は寒いし、おでんが売れそうだ。中の仕事は私に任せて、お前達は外の駐車場でおでん売ってこい」
俺は耳を疑った。
「……はい?」
しかし、耳に問題は無かったのだとすぐに思い知る。
「聞こえなかったか? 裏の物置から適当な台とパラソルを出して、おでんの保温器をそこに乗せて売れ。呼び込みもしろ。店舗の外にコンセントがあるだろ? 電源はそっから取れ」
「……はい」
このクソ寒い日になんてことを……。
しかも自分だけは中でぬくぬくと……!?
恨むぞクズ店長!!
◇
「おでんいかがですかー」
「いかがですかー」
骨の髄まで凍りそうな寒空の下。
俺と藤野は白い息を吐きながら、壊れたオモチャかラジカセのように同じ言葉を繰り返した。
その上店へと入っていく際にお客様方からは、冷ややかな視線すら浴びせかけられる始末。
寒いしなんか恥ずかしいし、空しいしやっぱり寒いし。
一体何をやらされているんだ……。
このままでは、心が荒んでいくような気さえした。
それは藤野も同じようで、物を売るってレベルじゃない、死んだ魚のような目付きをしている。
……これじゃあお客様も、なかなかおでんを買っていかないわけだ。
むしろ、明らかにいつもより売れてないじゃないか……。
店長ー!
早く俺達を店内に戻してくれー!?
しかしそんな願いが通じることは無く、俺達はまだまだ寒空の下に立たされ続けた。
……くそぅ、あのクズ店長め。
何のつもりなんだ!?
俺達が寒がる姿を中から見て楽しんでやがんのか!?
うー寒っ!
そうやって俺がブルブル震えていると、藤野が上目使いで訊ねてくる。
「……青砥さん」
「ん?」
「手、冷たくないですか?」
「ああ、もうかなり麻痺ってるよ」
「じゃあ……今お客さん来てないし……温めるためにも、手とか繋いじゃいません?」
「えっ!?」
まさか、藤野……。
そのまさか……ではなかった。
藤野は小悪魔のような笑みを浮かべると言った。
「……なーんて冗談なんで、勘違いしないで下さいね?」
うわー思いっきり勘違いしたハズカシーッ!?
更に彼女は追い討ちを掛ける。
「寒いんならいっそ、おでんの汁に手でも突っ込んでおいたらいいんじゃないですか?」
「いや、火傷するだろ!?」
「あはっ♪」
こうやって他愛の無い会話をしていると、なんだか店内で働いている時と同じようにポカポカと温かくなってくるような気がした。
まあ、本当に気がするだけなんだけど……。
ハアハアと手に息を吐き掛ける俺を見かねたのか、藤野はこんなことも言い出す。
「そんなに寒いなら、私の温かいの分けてあげますよ」
「え?……ちょっ!?」
あろうことか彼女は、次の瞬間俺のズボンのポケットへと急に手を突っ込んできた。
「なっ、なんの真似だ!?」
「いいからほらっ!」
「やめろっ! く、くすぐったいんだよ!? アッ――!」
「……これでよしと」
そう言って、ようやくズボンのポケットから手を抜いた藤野。
この時になって、ようやく俺は気付いた。
「ん……? 温かい」
そう、藤野が手を突っ込んできたポケットの中が妙に温かいのだ。
すぐに中をまさぐり、その正体に気付く。
「ああこれ、カイロか。手ぇ温まるわぁ……」
「ありがたく思って下さいよ」
「ホントありがたいっす!」
その時だ。




