第55話 魔王的発想
「なぜ私がーっ!? 何かの間違いだぁぁぁっ!!」
勝負は余りにも呆気なく、一発で魔王が負けた。
……ふー。
俺が本気を出して、動体視力と反射神経を昂らせて能力を上昇させるまでもなかったな。
「いぃぃぃやぁぁぁだぁぁぁっ!! はぁぁぁなぁぁぁせぇぇぇぇぇっ!?」
泣き叫んでごねる魔王の手をしっかりがっちりと握力にものを言わせて掴み、ウォータースライダーの元にまで引っ張っていく。
そんな俺を不審がって見詰める多くの目。
だがなんのこれしき!
周りの目など気にするものか!
これは歴とした戦いの末の結果なのだ!
何人たりとも文句はつけさせないぞ!
そんな有無を言わせぬ俺の決意と態度に圧倒されたのか、誰にも声を掛けて止められるようなことにはならなかった。
「着いたぞ魔王。覚悟を決めろ」
「うぅ、人でなし! 鬼畜! 悪魔! 魔王!」
「いや魔王は自称してるのはお前だろ。ほれ、さっさと行け」
「……本気か?」
「本気も本気、リアルガチ」
さあ、死刑執行の時間だ!
ポンと、小さな背中を押してやる。
もはや逃げられないことを悟ったのか、魔王はゆっくりとだがウォータースライダーを登る階段付近に居た、係員のところにまで歩いて行った。
そうだ、地獄へ落ちろ魔王……。
そのためにもまずは、この天国へと続く階段を登り、断頭台へ向かって貰おうかぁ!?
ハッハッハッハッハッハッハ!
……って本当に俺の方が魔王じみてきたな。
だが、それだけ日頃の鬱憤が溜まっていたということ!
さあ、一番眺めのいい場所にまで移動しようか……。
そう思い、くるりと踵を返した時だ。
背後から、魔王の嬉しそうな声が届く。
「えっ、年齢制限で滑れない!? 神様ありがとー!」
「なっ!?」
俺が振り返ると、そこには一気に余裕を取り戻した魔王が腕を組んで仁王立ちしていた。
「クックック……聞こえたか勇者よ!? 私の逆転勝利だよ!」
「……チッ。そうみたいだな」
「おいおい、随分と余裕だな」
「はあ?」
「今が一体どういう状況なのかを、正しく理解しているのか? 勇者よ……」
「えっ」
「この場を白けさせぬためにも、これはもう貴様が滑るしかあるまいなぁ? 残念ながら、今はそういう場面なのだよ!」
「――ッ!?」
何かを期待する眼差しをこちらに向ける、藤野と鈴。
まさかの大どんでん返し。
どうやら俺と魔王の立場は、すっかり逆転していたようだ。
階段を上がり、目も眩むような高さで待機しながら、俺は一人言を溢す。
「結局、こうなるのか……」
眼下にはなんとも腹立たしい表情で、人の不幸を心待ちにする魔王と、その配下である淫乱魔族女幹部二人の姿があった。
畜生めがぁぁぁっ!?
「……母さん、行ってきます……」
ついに覚悟を決め、フライアウェイ。
――こうして貴重な休みは、いつも通りのテーヘンのように騒がしく過ぎ去ったのだった。
まあでも、ちょっとは楽しかったかな……うん。
しかしこの日一番のピンチは、最後にやってくる。
疲労困憊の状態での、帰りの運転だ。
プール後の授業と同様の、襲い来る眠気の中、必死に安全運転を心掛け、なんとかテーヘンマートまでの帰路に就いた。
「青砥さん、今日はありがとうございました。来年こそは海に連れてって下さいね? 今度はもっと凄い水着用意しておくので……」
それはとても魅力的なお誘いではある。
だが俺は「考エテオキマス」と、気の無い返事をするのでいっぱいいっぱいだった。




