第36話 蜘蛛の意図
「アオーン! ワンワンワオーン!」
黒野も帰り、近所のバカ犬が月に吠える、草木も眠る丑三つ時。
アンマを新たな事件が襲う。
ウィーン。
「ヒィッ!?」
自動ドアの開閉音に、五味が怯えた声を上げる。
だが、それもそのはず。
自動ドアが開いたのにも関わらず、出入口付近に何の人影もなかったのだから――。
まさか、怪奇現象か?
でも、それより問題なのが……。
その場にしゃがみこんでブルブルと震える五味に視線を落とし、まさかと思いながらも俺は訊ねた。
「……五味さん、もしかしてかなりビビってます?」
「ビビってるよ! ウチは暗いのと怖いのが苦手なんだよぅ!?」
えええええ!?
驚愕の事実。
俺の口を突いて、こんな言葉が出る。
「夜勤向いてなさ過ぎじゃないですか……」
この程度でビビるような奴が夜働くとか、かなり無理があるだろ……。
しかし、五味はこう言い返してきた。
「そんなことはない! 暗くなる夜だからこそ、常に目が痛いくらいに明るいコンビニで過ごすんじゃんか!? それに客どもだって、例え夜中でもわっさわっさ虫が沸くように来るし! 怖いからこそ家より人気の多いここに居るんだよ!」
「なるほど、一理ありますね。でも、お客様を虫に例えるのは止めときましょうね?」
「ああ、ごめん。取り乱して、つい……」
「わかればいいんですよ」
これで、この話は終わりかに思えた。
思えたのだが……。
ウィーガタッ!
ウィーガタンッ!
ウィーガタン!
ガコンガコン!
ガタンッ!
開いては閉じ、閉じては開き、閉じようとして開き、今度こそ閉じるかと思いきや開くといった調子で、完全に自動ドアがどうにかなってしまったのだ。
「ひえぇぇぇっ!? 怒ってる! お化けが超怒ってらっしゃるぅぅっ!? あうぅぅぅ……」
情けない声を上げ、失神しかける五味。
自動ドアはなおも五味を弄ぶよう、激しく動き続けた。
まるで、意思でも持ってしまったかのように――。
ギュウウと胸を押し付けるようにして、俺の足へとしがみついてきた彼女が、涙目で懇願する。
「お、お願い青砥っち! 出入口のマットがドアに引っ掛かってないか見てきてっ!? お化けの仕業じゃないって証明してウチのこと安心させてぇっ!?」
「わ、わかりましたよ! 見てくればいいんでしょ!?」
意外にも大きな胸の感触が名残惜しくはあったが、俺は五味を引き剥がし、まだ柔らかく温かな感触が残った足で自動ドアへと向かった。
このままじゃ五味がますます使い物にならないしな……。
どれどれ、入り口のマットはどうなって……ん?
……あれ?
……何も……何も引っ掛かってない……だと……?
残念ながら、自動ドアのレールには何も引っ掛かってはいなかった。
それを報告するなり、五味は「ブクブク」と泡を噴き、ついには失神した。
壊れてしまった五味はさておき、俺は改めて思考を巡らせる。
これは一体、どういうことだ?
風が強い日など、飛ばされてきたゴミや葉っぱに自動ドアのセンサーが反応することは稀にあった。
だが今は少なくとも無風。
それはありえない。
じゃあ本当に、お化けの仕業だとでもいうのか?
そんなことを考えながら、ふと自動ドア上部にあるセンサーを見上げた時だ。
「あっ」
……俺は見付けてしまった。
センサーに蜘蛛の巣が張っているのを……。
なんとこの怪奇現象は、全て蜘蛛のせいだったのだ。
まったく、人騒がせな……。
事実を伝えるべく事務所に戻ると、そこには元気にスマホで動画を視聴する五味の姿が。
「あっ」
結局彼女は、何かにかこつけてサボりたいだけだったようである。
「この時給泥棒め……」




