第29話 バチバチ
藤野に一部始終を見られてしまったー!?
やばい、ちょっと今はあいつの方を見れねぇ……。
一体どんな顔で一連のやり取りを見ていたのやら……。
想像するのも恐ろしい。
俺は恐怖から、藤野から意図的に顔を背け続けた。
だが不自然にならぬよう、変わりに鈴を見ておく。
ジッと見ておく。
すると鈴はうっすらと頬を染めながら、少しだけ上擦ったような声でこう言った。
「……確かに、あんな子供相手に先程の私は大人げなかったな」
「だろ?」
「相手をしてしまった私がバカだった。以後気を付けよう」
「わかってくれてよかったよ」
「だが……」
「ん? どうした?」
俺の肩越しに、鈴が何かを見詰めてから言う。
「……どうやら私には、先程の幼女魔王なんかよりも、強力な敵が出来たようだ?」
「は?」
なんのことだ?
俺がそれについて考えるより早く、鈴が告げた。
「帰る」
「お、おう、気を付けて帰れよ。道はわかるか?」
「私を誰だと思っている?」
……引きこもりのコミュ障?
「じゃあな歩。バイトがんばれよ」
「お、おう」
去り行く鈴を見ながら思う。
……ま、あいつのことだ。
さっき言った強力な敵とは、大方最近アリオンで実装された新たなボスのことだろう。
……そんなことより。
ビシビシと刺さるような視線を、俺はもうずっと背中に感じていた。
それをこのまま無視し続けるわけにもいかず、意を決して振り返る。
するとそこには、予想に反してにこやかな表情の藤野が居た。
そう、予想に反してだ。
笑ってますよ……。
その笑顔から、俺は予想以上の悪い予感を覚える。
「ええと、藤野さん……?」
にこやかな表情のまま、どこか棘のある口調で藤野は言った。
「……青砥さんに、あんな可愛いらしい女の子の友達が居たんですね」
「女の子!? いや、ああ見えて藤野より歳上の、大学一年だぞ? それに友達というか何と言うか、幼馴染みなんだよ……」
「ふーん、幼馴染みですか。そうですか」
え、そこ引っ掛かるようなところか?
なぜ端的に関係を説明しただけなのに、そんな不満げな態度を取られるんだ??
「なんだか、ただの幼馴染みとは思えないくらい、ずいぶんと仲がいいんですねぇ? 仕事もサボって、ずーっとお話ししちゃうくらいに」
「あ、それは、わ、悪かったよ……。あとなんだ……あいつは人付き合いが苦手で、その、俺を介さないと何もできないから、なつかれてるというか……」
「あれあれ? 何を動揺してるんですか? あっ、もしかして私、都合の悪いところばかり指摘しちゃいましたか?」
その通りですぅ……。
思い切り動揺しながらも、俺は言い返す。
「って、ててていうかさ、なぜ俺は藤野に言い訳をしてるんだ!? なんなんだよ!?」
「知りませんよ、勝手に言い訳を始めたのは青砥さんなんですから」
墓穴掘ったー!?
「……」
……気まずい。
この後も、明らかに藤野の機嫌が悪いままバイトは続いていく。
だが、なぜ藤野の機嫌が悪くなったのかはわからない。




