第17話 悪い子には鉄拳
一段落し、額の汗を拭った俺はその時になってようやく、こちらを監視するようなジトリとした視線に気付いた。
……しまった。
藤野のことすっかり忘れてたー!?
……まずいな。
一連の大人げないやり取りの全てを見られてしまった!?
軽蔑か呆れか、はたまた同情か。
俺は恐る恐る、藤野の表情を確認する。
しかし意外にも彼女の顔は、俺が予想したそのどれでもなかった。
……どういうことだ?
そう不可解に思っていると、藤野が感心した様子で語り出す。
「……青砥さんって、子供の相手上手なんですね」
「そ、そう?」
「勇者とか魔王とか、何かのアニメですか?」
「そ、そうなんだよねー!? 前シーズンの人気アニメだよ! 子供も大人も楽しめる作品だったなーあれは!」
チラッと藤野の顔を盗み見る。
どうやら納得してくれたようだ。
なんか上手い具合に勘違いしてくれてる!?
よし、このまま勘違いしておいて貰おう!
幼女にもてあそばれた挙げ句、土下座させられそうになった大間抜けな大学生男子なんて最初から存在しないんだ!
「私にはああいう感じで、子供の相手はできないですね。尊敬しますよ」
「そ、そう? 簡単だよ?」
「え、勇者とか恥ずかしくて無理です」
そっちかぁ……。
だよなぁ、そっちに決まってるよなぁ……。
……にしても、厄介な幼女だったぜ……。
これ以上、何か面倒なことにならなきゃいいけど……。
だが、そんな俺の願いは数日後には儚くも崩れさる。
後日、この店でかつて無かった事件が起こってしまう。
◇
……なぜだ。
さっき手が空いた時に商品のフェイスアップやらラベル出しをしたはずなのに……。
店内の見回りをした際、棚の菓子類は取り出しにくい奥の方まで突っ込まれ、ペットボトルジュースもお客様にわかりやすいよう表に向けていたラベルが、真後ろを向いてしまっていることに気付く。
なんだこれ……。
悪意しか感じねぇ……。
もしかして、これは妖怪か何かの仕業か?
そんなことを考えていた時だ。
「……んっ?」
俺はこれらのイタズラに共通する、とある法則に気付いた。
このジュースもお菓子も、小さな子供の背丈くらいの高さまでしかイタズラされていないな……。
まさか……。
急いで店の中を確認すると、そこにはやはりというか、商品にイタズラしている真っ最中の――魔王が居た。
妖怪じゃなくて、そっちかぁ……。
小さな背中に忍び寄り、声掛けをする。
「……お前か」
幼女魔王はビクリと小さな肩を跳ね上げ、こちらを振り返るなり渋い表情を見せたが、すぐに居直って失笑した。
「クックック。予想よりも早く気付いたな? さすがは勇者とでも言おうか。残念だがバレてしまっては仕方ない。今日のイタズラはここまでにしておこう」
「こんのクソガキ!金輪際イタズラするんじゃない!」
「どうだこの私の手際の良さは!? 驚いたろう!?」
俺は拳に「ハア」っと聖なる息を吐きかけ、魔王の脳天に怒りの一撃を喰らわせた。
ゴチンッ!
「――ぁいだっ!? な、何をすりぅぅっ!?」
「……イタズラした罰だ。お前のお母さんからは、娘がまたイタズラしたら遠慮なくやってくれと言われている」
俺がそう言ってやると、魔王が涙目になる。
「あの人間の女めぇ……!?」