第16話 アンブレラ種――母
優しくも温かな、女神の声がごみ溜めのようなコンビニ店内に響き渡る。
「はいはい、真緒ちゃん。ママはもうお買い物終わったから、お兄さんとのお喋りはおしまいよー。さ、行きましょうねー。ちゃんとバイバイして」
女神の正体は、藤野が応対する隣のレジの女性。
どうやらこの人が、魔王こと真緒ちゃんの母親のようだ。
真緒ちゃんっていうのか……。
……そうか、真緒と魔王で響きが似てるから、勇者じゃなくてこっちを気に入っちゃったんだろうな。
魔王が焦った様子で母親に言い返す。
「ちょっ!? 待って母上!? まだ勇者と話が――!?」
しかしお母様は聞く耳持たず、強い口調でこう言い放った。
「行きますよ! お兄さんも娘のごっこ遊びに付き合って下さってありがとうございます。ご迷惑お掛けしました」
「あ、いえ、またお越し下さいませ」
いつまでも俺の前から動こうとしない魔王の腕を、お母様がガッチリと掴んで引く。
「行きますよ!」
「離せ人の女っ! 私はまだ話があるのだっ!」
この瞬間、女神の顔は鬼の形相へと変わった。
「ママに向かって人の女とはなんですか真緒ちゃん! あんまりワガママ言うと怒るわよ!?」
「うっ!? もう怒ってるではないかぁ……」
「今日のお風呂のアイスは無しだからねっ!」
「やだぁぁぁアイスたべりゅぅぅ!?」
やはり魔王と言えども、母親という偉大な存在には逆らえないものらしい。
後はもう、完全にお母様のペースだった。
「ほら! バイバイは!?」
そう促された魔王は、ポーズだけの嫌々と言った風にだが、はっきりとした口調で言う。
「……ごめんなさい。お兄さん、バイバイ……」
「はい、バイバイ」
ハッハッハ!
なんといい気味だろうか!
二度と来るな魔王め!
そんな気持ちを込め、俺はいつもより丁寧に幼女を送り出してやった。
「ありがとうございましたー! バイバーイ!」
……ふう。
これで奴ももう、俺に手出しは出来まい。
母は強し……だ。




