00 百合の間に挟まるな!
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私立百合ヶ峰学園高等学校。
元々は伝統ある女子校であったが、昨年度をもって共学化したばかりの名門校だ。学生としてその名を刻めた特別感は、門をくぐる前から味わえる。
学び舎までずらっと連なる、満開の桜並木。通学路という世界を覆うほどの桜は、まさに圧巻。新しい環境へ不安を抱き、俯きそうになる生徒もこの光景には心を奪われ、自然と顔を上向きにするのだ。
そんな美しい桜に心を掴まされた生徒たちですら、つい奪われ息を飲むほどの、美しい花が道中に咲いていた。それこそ小指の先くらいにしか見えないほどに遠く離れていても、その白い花は存在感を放っていた。
「うわ、あの人すごい綺麗……」
「どこのクラスの子だろう?」
「ああ、あの人ね。二年の真白百合さんよ」
「ほんと、綺麗な花みたい……」
「なんか近寄りがたいよね」
名前の通り白い百合のように下を見ながら、ポツンとひとり咲いている美しい少女。それに目を奪われた女子生徒たちが、憧れを滲ませた声を上げている。彼女を通り過ぎてなお、見納めを惜しむように振り返っているものもいる。
「俺、ワンチャン狙って声かけてみようかな」
「やめとけやめとけ一年よ。彼女がなんて呼ばれてたのか知らんのか。誰の特別にもならない高嶺の白百合。俺たちみたいな男には縁のない存在だ」
「呼ばれてた? 過去形っすか」
「あの高嶺の白百合も、今じゃ神様の特別になっちまったからな」
「神様っすか?」
憧れに手を伸ばそうとするものと、それを無謀と止めるもの。そんな風に語る男子たちが、俺の斜め前を歩いていた。
横切るように歩いていくと、背中から話の続きが聞こえてくる。
「おっと、話をしてたらなんとやらだ。あの人は守純愛彦。おまえも世話になる日が来るかもしれないから、名前とあの顔はよく覚えておけ」
かつて俺が救った男が、一年にそう説いていた。
大げさだ。俺なんて顔を覚えてもらうほどの男ではない。困っている人を見捨てられず、手を差し伸べ続けただけにすぎない。
たったそれだけのことで、男共は俺を祀り上げてしまったのだ。本当に困った話である。
そんな彼らを尻目に歩を進めていくと、ハッと彼女は俺に気づいた。
「おはようございます、愛彦くん」
「や、おはよう百合」
俺がたどり着く時間を惜しむように、百合のほうから向かってきた。
今日もその顔に咲かせる満面の笑顔は、頭上に咲くどんな花よりも美しかった。
「どうしたんだ、こんなところで立ち止まっていて?」
「この時間でしたら、そろそろ来るかなって」
「わざわざ待ってたのか。先に着いてるかもしれないのに」
「でも、待ち人はちゃんと来ましたよ、愛彦くん」
ほら、と言うように百合は俺の後ろに目をやった。
背中越しに振り返る前から、小走りで駆ける音が聞こえてきた。その音はすぐ側で立ち止まると、
「おっとっと」
と忙しない音を発しながら俺の左腕を掴んだ。
急停止した身体を支える役目に俺を使ってきたのは、亜麻色のボブカットの女子生徒。今日も眩しい爛漫な笑顔がそこには輝いていた。
「おはよう、百合、マナヒー」
「おはよう、里梨」
「ああ、おはよう」
「今日も百合は可愛いなー。うりうりー!」
朝の挨拶も皮切りに、里梨は抱きつくように百合に絡んでいる。それに「もー、里梨ったら」と困ったような声こそ出すが、その顔はとても幸せそうだ。
可愛い女の子たちが、元気に朝からきゃっきゃとはしゃぐ様は、まさに心の栄養が満たされていくようだ。それが学園の三大美人のふたりがこうしているなら、なおさらである。きっと外から眺めている男たちも微笑ましそうに、できればその間に挟まりたいと思っているかもしれない。
そんな行動に移そうとする不届き者が出たら、彼女たちの前にまず俺が許さないが。
男たちが欲望の眼差しを彼女たちに向けているのなら、俺には羨望の眼差しが送られている。
あいつは果たして、彼女たちのどっちを選ぶんだ? と。
最近の学園は、そんな話題で持ち切りらしい。
その疑問に俺はこう答えよう。
俺はどちらも選ばない。
俺はどちらも同じくらいに愛している。
そして彼女たちが一番大好きな男は、なんとこの俺である。ハッキリと口にされたことがあるから間違いない。
けど勘違いしないでほしい。俺たちの間に三角関係が築かれているわけでもなければ、ハーレムが成立しているわけでもない。各々と陰でこっそり、バレないよう関係を結んでいることもない。
なぜなら俺は一番大好きな男でこそあるが、彼女たちの一番大好きな相手というわけではない。俺は精々その二番目。そこから先は望めないし、望んでもいない。
では、彼女たちの一番は誰なのか。
彼女たち、お互いである。そこには深い愛の絆が育まれている。
そう、彼女たちは百合カップルなのだ。
世間にその愛を隠しながらも、今日も手を取り合って彼女たちは前へ進んでいく。
「うん? どうしたのマナヒー」
「置いてきますよ、愛彦くん」
「あー、悪い悪い。今行く」
そんな幸せな彼女たちの背を追う俺は、では一体なんなのか。
俺はただ、美しい百合を愛でるだけのもの。
彼女たち百合カップルを推しているだけの、ただのガチ恋勢。
『百合の間に挟まるな』
この信念を貫くためなら、教師すらも学園追放に追い込んできた。百合ヶ峰の神様として祀り上げられた存在だ。
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