BAR『迷宮(ラビリンス)』
(5)
今夜の「居場所」
そこは立体駐車場の側にある円階段を上がらなければならない。
其処は実に不思議だ。
それは何故か。
何故ならそこには自分にとって事実と虚無が混じり合った空間だからだ。
――その空間とは
自分にとって偶然だった。
夏の或る日、一駅歩こうと北浜駅へ向かった時、夜の灯りが無ければきっと見落としていただろう、そんな分からない都会の立体駐車場の側で見つけたのだ。
恐る恐る顔を出して円階段を覗き込んだ時、看板が見えた。
――バー「迷宮」
まさに、と美恵子は思った。
そして美恵子は何かに引き寄せられる様に円階段を昇りドアを開けた。
覗く様に視線を向けた先に見えたのは…
店中は落ち着いた空間を醸し出す薄暗いオレンジ色のランプの灯り。人の顔は席ごとに置かれた小さな蝋燭でやっと分かる様な、まるで西洋のレンブラントが描くほのかな明かりの中に浮かぶ表情だけが、仮面の様に浮かぶ室内。
(…迷宮)
そう呟いた美恵子の心の一言が聞こえたのか分からないが、
――どうぞ、
と言う声が聞こえた。
いや気がしただけかもしれない。
しかし美恵子はその日からこのバーに足を踏み入れ、やがて週末の馴染みとなって五年が過ぎた。
自分の「居場所」にランクをつけるとすれば、此処は恵美子にとって最高ランクに当たる。
そして今夜もまた恵美子は円階段を上がり、そしてドアに手を掛けた。
――「迷宮」に迷い込んだ客として