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横田さん

ぬりかべの世界

作者: 江本紅

横田さんシリーズの短編です。

横田さんシリーズってなんぞや?って人は、「江本紅」の作者ページから「横田さん」をえらんでぜひぜひご覧ください。

僕は、あまり自分の容姿が好きではない。現に多分いつも昼食時に横田と一緒にいるアイツには奇異な目で見られていることだろう。まあ、道を塞ぎかねない横幅の広さから「ぬりかべ」とでもよばれているんだろうか。でも、こんな風に普通に接してくれるやつがいることは恵まれているといってもいいのではないかな。


横田とは高校からの付き合いだ。横田はその頃からその容姿と芯の強さからひそかにファンクラブができていたほど人気だった。やっぱり当時も誰にでも公平で、なおかつ真摯な対応をし、月に一回告られるとまではいかなかったけど、なかなかモテてはいた。男子生徒の間では少なくとも一度は名前があがっていたんじゃないか。でも学校が終わるとすぐに帰ってたから友達はいなかったのだと思う。


自分はどうかというと、絶望的に人間関係を構築するのが下手だったと思う。友達がいなかったという点では横田と同じなのかもしれないが(多分。想像だけど)、そもそも人に話しかけられなかった。それはこの小さい頃から変わらない容姿と不愛想な表情なせいだろう。わかってはいても、直す努力をしてこなかったのは無意識に人と関わりたくなかったのかもしれない。気軽に話せる友達もいないこともあり、授業中静かに過ごしていたから教師受けは良かったはずだ。もし教職課程を取っていて教育実習の受け入れを申し込んだら、迷わず了承を得ていただろう。


そんなことはどうでもいい。今僕が話したいことは横田との出会いである。大学生になって横田とは高校時代には想像もつかないほど仲が良くなった。僕が一方的にそう思っているだけかもしれないけど、一緒にいて追い出されないから多分嫌ではないんだと思う。希望的観測である。


初めて彼女を見たのは、職員室の前だった。高校1年生の4月、初回授業のとき、その長い漆黒の髪を揺らして彼女は職員室の前にたたずんでいた。僕は人身事故が起きたせいで始業8時よりも大幅に遅れて登校した。遅延証明書を出しに職員室に行ったときに見かけたのだ。


「…先生、学級委員からおりたいです。成績がいいからといって押し付けて良いものかは疑問が残ります。」


「それはそうだけど、横田さんは部活にも入る気がないって言ってたじゃない。それにクラスのみんなから推薦されてたでしょ。」


「あれは、一種のなすりつけです。面倒な役割への。」


「でも、私にはあなたにけっこうな人望がある証拠なように見えたけど、違う?」


「いえ、その理解は間違っています。。。。」


どうやら学級委員になったことについて口論していたらしかった。僕はというと、横田が口論していた相手に用があったから、その場で聞いてるはめになったのだ。横田のうしろで気まずそうに話しが終わるのを待ってると、先生の方から声をかけてくれた。僕としてはひっそりと壁に沿って目立たないように待っていたつもりだったけど、その図体のでかさからそうは思われなかったのかもしれない。


「細島君じゃない!今日電車遅延したんだってね。お疲れ様。」


横田の話を遮るように先生は僕に焦点を当てる。お前いたのか!という感じで横田も振り返る。僕はなんか大事な話をしているときにすみません、というなんだか何も悪いことをしていないのに謝りたい気分になった。


先生は、遅延証明書を受け取ると、やっと話の区切りがついた、というようにまだ何か言いたそうにしている横田を制し、職員室の自分の席に戻っていった。


本日最大のミッション、遅延証明書を教師に提出するというものを終え、ぼけーっと立っていると、横で横田が大きなため息をついた。なんだか申し訳ない気分になった。


「…なんか、ごめん。大事な話してる途中で」


「ぜんぜん。受け入れられないのはわかっていたし。むしろあなたが今来たおかげで一番早くクラス全員の顔を覚えられたってことになるからちょっと得した気分」


どうやら僕以外は全員出席していたらしい。横田はにこっと歯を見せて笑うと、また教室で、と言い、そこをあとにした。


これが最初の出会いだったんだが、彼女のこうしたおおらかで人を傷つけない振る舞いは必然的に彼女の人気にもつながった。僕は奇跡的に彼女と3年間同じクラスだったが、文化祭、体育祭などどのイベント事においても必ずリーダー的役回りを担っていたし、3年間学級委員長もやっていた。成績がいいというだけで押し付けられた高校1年次の学級委員長だって、クラスのみんながこの人はリーダーだ、と納得しないわけにはいかないほど手腕を振るった。


中でも特に印象的な行事があった。あれはマラソン大会の時のことだった。うちの高校は、山の裏にある。その山を登って降りてくるまでをコースとし、1月の中旬ごろに開催された。大会で優勝したら何か景品がもらえるらしかったが、あいにく僕は運動が得意ではなかったから何が景品だったのか、卒業するまでわからなかった。運動が得意な友達でもいたらそんなことにはならなかっただろうが、そもそも仲が良い友達すらいなかった。


山は傾斜が浅いものの、コースとしてはなかなか距離のあるもので、途中で歩いている人も多くいた。具合が悪くなって棄権するか、歩いてでもゴールするか、どちらにせよゴールするまで返してもらえない行事だ。夜まで到着しなかった生徒がいたらしいから教師も大変だ。その行事運営に一言申し上げたのが、横田だった。


「この行事において何をスローガンにするか、という議題でしたが、その前に少しお話があります。」


行事の前の士気向上のために設けられるホームルームで、こう口火を切った。


「運動の得意不得意があるのにも関わらず、真冬のしかも山の中を走らせる行為は、学校として何を目的にしているのでしょうか。」


担任の方に体を向け、まっすぐ目線を合わせながら言う。教師は、またか、というように頭に手をやりながら、


「それはね、横田さん、今からあなたたちがこの時間を使って考えることなの。私がどうこう言うことではないの。」


「その件については、事前にアンケートを取りました。学校としては交流の意味を持っているのかもしれませんが、交流も何も危険であり、まず運動能力を問う時点で成績評価においても公平になりえないと思いますが、どうお考えですか。」


教師は黙ったままだった。その時、砂が流れ落ちるような感覚を味わった。この感じは何か。ふと、周囲を見渡す。「もう、適当に過ごせばいいじゃん」「マラソンなんてやっとけば成績もらえるしよくね。」「いちいちめんどくさいな」。横田は、何やら見えない者のために、大きな存在と戦っているのになぜ。こんなにも反応が思うようなものでない。みんなの視線は、彼女に向いていなかった。ただ、かといって僕も責められるべき立場ではない。時間が過ぎるのを待っていた僕も同じだ。


結局、横田の懸命に紡がれた言葉も無意味で、マラソン大会は開催されることには変わりはなかった。うちのクラスだけスローガンが期限内に決まらず、居残りを命じられたことで横田がクラスメイトの反感を買ったことだけが変わったことだった。


大会の前日、忘れ物をした僕は小走りに教室に向かっていた。教室のドアを開けようとしたとき、中から声が聞こえてきた。


「ゆうちゃんには、悪いことしちゃった。」


僕と同じように忘れ物をした人もいるもんだな、と思い開けようとしたが、ただならぬ雰囲気が会話から察することができた。思わず、ドアに伸ばした手を引っ込めて、息をぐっと飲みこんだ。


「いや、いいよ。私は、ただありさみたいな人が行事に楽しんで参加できるようにコースを変えてみてはどうか、って言ってただけだし。」


「でも、結局かえれなかったじゃん。みんなもゆうちゃんのこと悪く言ってるし。そんなのなんだか、不公平だよ。」


「ありさが憤りを感じるのもわかる。でも、私は私のやりたいようにやっただけで、説得できなかったのは仕方ないし、クラスの人たちを満足させられなかったのも仕方ないと思ってる」


「だから、そういうところなんだよ。。」


がたん。僕のバカ。ドアに背を向けて座っていたら急に寒気がして、身震いした拍子に音を立ててしまった。人がいるとわかるや否や会話が聞こえなくなった。諦めてドアをガラガラ開けると、ちょうど見下ろせる位置に女子がいた。ショートカットの髪を耳にかけなおし、そこ邪魔なんだけどとでもいうように僕の目をギロっとにらみつけ、ひどく大股で教室から出て行った。


取り残された僕は、なんだったんだろう、と思いながら教室の方を向き直すと、そこには横田が立っていた。1人、教室の隅に。表情は良く見えなかったが、顔を乱暴にこすっていた。


「あ、どうも」


あまり関わらない方がいいと思い、挨拶をするとさっさと自分の席に向かう。


「あのさ、」


ふいに、横田が声を発した。思わず、そちらの方を見る。思い返すと、少し鼻声だったかもしれない。


「さっきの、聞いてたでしょ。話が始まったあたりから人がいる気配がした。」


なんで?という僕の表情を察したのだろう。


「いや、君でかいから、そこの窓から見えるんだよね。すりガラスだけど。うちの学年でそんなに大きい人見たことないし。」


はあ、最初からばれていたのか。それならば仕方がない。そんなに隠してもこちらに利はない。


「実は、聞いてた。ごめん、盗み聞きするつもりはまったくなかったんだ。たまたまで。」


「そう。別に怒ってないから。むしろこっちがこんな場所でやってるのが悪いだけで。」


こういいながら、俯く。長い髪が少し肩から落ちる。夕暮れの赤い日差しが窓から入り、その髪を赤く燃やす。でも、次の瞬間には雲が太陽の前を通ったのか、その色もすぐにもとのこげ茶色に戻った。


「…もっと、肩の力を抜いてもいいんじゃない?」


かけるべき言葉に迷っていたら、これしかでてこなかった。


「えと、もっとうまくできなかったのかなって思って。横田さんて、いつもまっすぐだから憧れるけど、そんなにがんばんなくてもなんとかなるのかなって。」


自分でも何を言ってるのか、わからない。たぶん、精一杯の励ましの言葉だったと思う。普段人と関わらないせいかこんな時に気の利いた言葉一つ言えない。横田はいつの間にか、陰っていた顔を上げ、いつものまっすぐの瞳に戻っていた。


「私は、やれるときに何かやっておきたいの。で、まっすぐ言わないと伝わらないと思ってる。だから、あの時はつい感情的になってしまったけど。そうね。ちょっと考えてみる。ありがと。」


また西日が教室を明るく照らしだす。半分だけ赤く染まった顔。僕も似たようなことになっているのだろうか。もう半分は暗いまま。


「でもね、文句を正面切って言えるのは、学生の特権だと思うの。それで友達をなくしちゃったらどうしようもないけど。これからは気を付けるよ」


そう言い、さっさと自分の席に行き、荷物をまとめると、その勢いで教室を出て行った。


その日から、なんだか僕は横田と親しくなったような感じがする。親しくなったと言っても、挨拶を交わす程度のものだが、時々購買で会ったりすると雑談をするような仲にはなった。と、僕だけが思ってるかもしれないけど。なんにせよ、関わることが多くなった。


横田と話しているところを見られ、告白の手伝いをしてほしいと頼まれたこともある。逆に、こらしめる手助けをしてほしいと言われたこともある。どちらも丁重にお断りしたが、僕自身横田と関わるようになってから、横田関連の事件で軽口をたたく仲の友人もできたし、どのような形であれ彼女の恩恵を授かっていると思う。


今は、というと、よくわからない。大学に入り、入学式の日にたまたま横田を見つけ、つい嬉しくなり声をかけた結果、毎日だるがらみをすることになってしまった。なぜだかわからないが、一緒にいて落ち着く。たまに、あだ名で「ぬりかべ」と呼ばれるときもあれば、本名で呼んでくれるときもあればまちまちだ。当時の、高校時代の横田は、良くも悪くも目立っていた。陰口を叩く者もいたし、逆に神格化する者もいた。ただ、僕の世界、「ぬりかべの世界」では、あの日、夕暮れ時の真っ赤に染まった教室で見せた人間らしい表情が横田なんじゃないかな。

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