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御守綾瀬のこれじゃない人生  作者: 火海坂猫


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六話 新人

「新人、ですか?」


 出勤早々に私は上司に呼び出されてそんな単語を聞かされた。反射的に面倒くさそうな表情を浮かべる私を上司は楽しそうに見る…………何が楽しいのか。ただでさえ私はストレスの溜まる仕事を回されるのに余計な心労を増やさせないで欲しいのだが。


「私の記憶が確かなら大橋を預かってからまだ半年と経っていないんですが」


 同じように呼び出されて彼の新人教育を任されたのはまだ記憶に新しい。私から見る大橋は未だに新人気分が抜けきれておらず危なっかしいままだ。


「彼はもう一人前…………とは言いませんが、実質独り立ちしてるようなものですよね?」

「それは上の都合で便利に使ってるからでしょうに」


 大橋は対象を離れた場所から監視するには非常に適した力を持っている。かなり距離を置いての監視が可能だから気づかれる危険もほぼなく、相手が対応できる異能持ちでもない限りは見失う可能性もほぼない。


 この仕事というか表に出ない裏仕事では実に使い勝手のいい能力であり、うちの部署以外からも頼まれて貸し出すことも多々ある…………一応新人教育の担当は私だが共に行動したのは本当に初期の頃だけで後は偶に仕事現場で会うくらいになってしまっていた。


「労働時間に配慮していますし、精神的にもそれほど負担にはなっていないようですよ?」

「…………それはそうでしょうね」


 大橋の力は無意識的に維持できるものらしく、かなりの距離を離れられることもあって自身はリラックスできる場所で監視することが多いようだ。ホテルや漫画喫茶などに滞在するのなど可愛いもので、先日会った時には備品としてキャンピングカーを申請したなどとのたまっていた。


 さらに付け加えるなら大橋の仕事は監視や調査がメインであり、その先の仕事まで要求されることはほとんどない。新人教育の名の下に私が何度か同行させたことはあるが、基本的には上も貴重な能力者を危険にさらすまいと荒仕事からは遠ざけているようだ…………当然それならば精神的な負担も小さくはなる。


「それなら私にも配慮して欲しいところです」

「もちろん、と言いたいところですがあなたは彼以上に便利ですから」

「ちっ」


 ニコニコと言い放つ上司に私は露骨に顔をしかめて舌打ちする。


「いつか痛い目に遭いますよ」

「その時は人類社会と心中でしょうしそれほど寂しくありませんよ」

「…………」


 こういうことを平然と口にするから私はこの上司が苦手なのだ。


「と、少しばかり無駄話になりましたがこれは決定事項です」

「わかってますよ」


 宮仕えは上の決定には逆らえない…………そもそも逆らうつもりもない。ただ精神安定上不満くらいは口にしておきたかっただけだ。


「それで、私が面倒を見る厄介者は誰ですか」

「厄介者だなんてとんでもない、期待の新人ですよ」

「期待…………つまりこちら側の用途の新人という事ですか」


 大橋のようなサポート要員ではなく、私のように直接的な手段を実行する為の要員。


「あなたも知っての通り我々の仕事の離職率は非常に高いです」

「…………そうでしょうとも」


 神と言う名の外道どもを守るために無辜の民を排除する仕事なのだから。


「そして不思議なことに退職者が出ると殆どの場合で仕事が一つ増えます」

「…………」


 それは単純に人手が減ったという話ではない。神に仇なそうとする存在を排除するという仕事がその退職者の数だけ増えるという話だ。もちろん仕事を辞めたからと言って排除対象になるというわけではなく、単純にそれくらい神という存在がクソッたれだというだけの話だ。


「それと私に何の関係が?」

「あなたに教育を任せた新人の離職率は低いからですよ」

「…………」


 それは別に私の教え方がうまいとかいう話ではない…………単純に、私の身近に過ごすことでその力を目の当たりにするからだ。裏切ればそれが自分に向けられるという事を理解して反旗を翻せるような人間は少ないに決まっている。


「恐怖による抑制はいずれ破綻しますよ」

「ええ、我々人間がそれは一番よく知っています」


 苦笑して上司は肩を竦める。


「ですが手っ取り早い方法なのも事実です…………そして我々の組織には他の方法を選んでいられる余裕もない」

「まあ、うちは人材面でかつかつですしね」


 就職には特殊な才能が求められるのに離職率が高いのだから当然の話ではある。単純に出ていく人間に対して補充が追い付いていないし、離職した人間が代わりの利かない才能を持っていることだってざらだ。


 例えば大橋がこの仕事を辞めたとしても、代わりの利く才能を持った人間なんてそう簡単には見つかるまい。


「そういうわけであなたには有望な新人を繋ぎ止めて貰いたいのです…………出来れば優しく」

「別に冷たくなんてしてませんよ」


 そんなことをするメリットが私にはない。


「ただ、現実は早めに見せることにしてますけどね」


 続けるも辞めるも、結局はそれが大きな要因なのだから。


                ◇


 上司は新人との顔合わせの為に小会議室を抑えたようだった…………まあ、話す内容を考えれば余人がいない場所の方が都合はいいが、少し大袈裟のような気もする。小会議室といっても十五、六人は入れる部屋に二人は寂しい。


 正直このままふけてしまいたい気分だが、そんな部屋に一人でいさせるのも不憫ではある。


「入りますよ」


 声を掛けてから私は扉を開けた。するとすぐに手近な椅子に姿勢よく腰かける新人の姿が目に入る。高校を出たばかりと聞いていたが確かに若く見える。短く切りそろえた髪におろしたてのスーツ。姿勢を崩さずこちらを見る仕草からも気真面目そうな雰囲気が感じられた。


「私はあなたの新人教育を任された御守綾瀬です」

「私は切沼奏多きりぬまかなたと申します! ご指導のほどよろしくお願いします!」


 奏多と名乗った彼女はすらっと立ち上がり勢いよく頭を下げる。一連の動作には淀みがなく武道をやっていた人間の動きに見えた…………私と同じく才能を評価されたと聞いていたが元々嗜んでいたのだろうか。


「とりあえず座り直して楽にしていいですよ、少し長い話になりますしね」

「はい!」


 自分の分の椅子を引きながら着席を勧めると、奏多はすぐに座り直して姿勢を正した。


「さて、これから私はあなたに業務内容や今後の実務の予定などを説明するわけですが…………まず我々の組織についてどの程度の説明をされてます?」


 私達が所属するのは国営の機関ではあるが、公にされている組織ではない。そのため組織に所属していない一般人に事情を全て明らかにすることは難しく、かと言って碌な説明も無しに引き入れて話が違うと言われても困る…………その可能性が高い業務内容ゆえに。


 そんな事情もあって組織や業務内容についてどこまで説明するかはスカウト役の裁量に任されている…………話過ぎた上に断られたなんてことになれば口封じが必要な可能性すら出て来るのでスカウト役はかなりの重責と聞いたことがある。少なくとも私はやりたくない。


「えっと、神様をお守りする仕事だって言うのは聞きました」

「まあ、事実ではありますね」


 守るべき神がクソ野郎とだという肝心の部分が抜けている事実ではあるが。


「それだけの説明であなたはこの仕事を承諾したんですか?」


 だとすれば奏多も愚かだしスカウト役にも問題がある。これで説明後に彼女がやっぱりやりたくないと言い出したらスカウトした人間にも相応のペナルティが必要だろう。


「えっと、その…………報酬に、釣られたと言いますか」


 口にしづらそうに言い淀みながら奏多は答える。頬もわずかに赤くなっていて自分でもそのことを恥じているという様子だった。


「まあ、確かにこの仕事の金銭面での報酬はいいですが

 私もであるがこの仕事に学歴はあまり関係ない。高卒どころか中学を上がってすぐに働く職員もいるくらいだが、それでも一般的な年収を大きく超える報酬が約束されている。


 それは精神的な負担が大きい仕事なのでせめて待遇面でもという上層部の配慮だ…………もちろん、死ぬ危険も含む仕事であるせいもあるが。


「その、報酬といってもお金とかじゃなくてですね…………」

「ではなんです?」


 私は首を傾げる。ぶっちゃけた話だが金以外にこの仕事で良い報酬と言えるようなものは無い。国家に尽くす仕事と言えば聞こえはいいが、尽くす相手が大きすぎるせいで自分の仕事が役立っているという実感も覚えにくい。


 この仕事にやりがいを感じる奴がいたら精神科に掛かる事をお勧めする。


「えっと、ですね…………人を、たくさん斬れると聞いて」


 恥ずかしそうに、けれど隠していた趣味を明かす程度の気軽さで奏多は口にする。


「なるほど」


 そういう手合いですかと私は納得する。それであれば確認しておくべきことがある。


「あなた、人を殺すのは好きですか?」


 奏多がただの殺人鬼であるのならこの仕事には適していない…………国益を損ねる前に早々に排除しておくべきだろう。この答え次第で彼女の命を終わらせることを私は決めていた。


「えっ、嫌いに決まってますけど」


 なんでそんな当然のことを聞くのか、奏多に浮かんでいたのはそういう表情だった。


「ですが人は斬りたいんですよね」

「はい!」


 頷くその表情には迷いがなく期待に満ちている。


「相手が死なない程度に斬るんですか?」

「いえ、出来れば両断とかしたいです」

「ふむ」


 私は顎に手をやって奏多を見やる。その雰囲気は最初から変わっていない…………彼女は真面目に私の質問に答えている。


「両断すれば人は死にますね」

「…………はい、わかっています」


 そこで初めて奏多は沈痛そうな表情を浮かべた。


「人殺しはいけないことで、本来なら絶対にしてはいけない事です…………もしも相手を斬り殺したら私は喜びながら吐くと思いますし、もしかしたらそのまま落ち込んで立ち直れないかもしれないです」

「まあ、そればっかりは殺してみないとわかりませんね」


 この仕事では誰もが最初に通る道だ。そこで見せる反応いかんで今後もこの仕事を続けられるかを見定められる。


「私は人を殺したくはないです」

「でも、斬りたいんですね?」

「…………はい」


 それが生まれ持っての性か呪いの類かは知らないが、奏多は一般的な良識を持ち合わせた上で人を斬るためにこの仕事を選んだらしい。


「なるほど、確かに期待の新人です」

 

 そんな矛盾を孕んだ人間の方が、私達の仕事には向いているのだから。


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