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四話 人類種の天敵

 私の力は人を殺すものだが、ゲームの即死呪文のように唐突に死ぬ様なものではない。だから場合によっては防ぐこともできるのだが、それでも私の殺意から二度も生き残るのは並大抵のことではない。

 

 これが血筋ではない生まれの才能による神殺しかと驚嘆する。


 恐らく人を殺すしか能のない私と違って彼の力は多岐に応用の利くものなのだろう…………彼自身の思想を鑑みれば今後多くの人を救うに違いない。


 だが、殺す


 それが私の定めたルールだ。一度定めた以上はそのルールを覆すつもりは私にない。


「では、三度目です」


 再び銃口を彼へと向ける。


「っ!?」


 その瞬間、何かがぶち当たったように私の手が弾かれる。衝撃に負けて上がった私の手から拳銃が離れて宙を舞う…………そこにさらに何かが追撃して拳銃はバラバラに砕け散った。


「…………ふむ」


 私はそれにそれほど驚きはしなかった。相手は神殺しを行った異能者なのだからそれくらいのことはできるだろう。私が気になるのはなぜそれほどの実力のある相手が私の銃だけを狙ったかだ。


 銃が特別だと思ったのか、それとも私が力を使うには銃が必要であると判断したのだろうか…………違う。私は彼の表情を注視する。そこにあるのは動揺と困惑。少なくとも彼は確固たる意志をもって私の銃を狙ったわけではない。

 咄嗟に、それが無意味だとわかっていながら反応してしまったという表情だ。


 つまり、彼は私の力がどういう物か理解できていない…………しかも焦っている。ならば私のとるべき選択肢は一つだ。取り敢えず石でも拾って銃の代わりにするとしよう。銃で撃たなくても殺意を持って投げれば彼は死ぬ…………今度こそは。


「ま、待った!?」


 しかし私が石を拾い上げたところでそれを止めるように彼が叫ぶ。


「あ、あなたは…………なんだ?」


 多分にそれは彼の一番の疑問であろうが、時間稼ぎであるように思えた。


「政府職員ですが?」


 けれど私はそれに付き合いつつ、けれど意地悪く答えを返す。


「そ、その力は…………なんなんですか?」


 すると彼は質問の言葉を変える。


「別に答える必要はないと思うんですけどね」


 殺す相手にわざわざ手の内をさらす必要はない。そんなことをすれば対策を練られて殺すことができなくなるかもしれないではないか。


「…………」


 それは当たり前のことで彼は自分の質問の愚かさに今気づいたように唇を噛む。それくらい彼は私の力に戸惑っていたのだろう。


「まあ、私は教えますけど」

「!?」


 そして続けた私の言葉に彼は目を丸くした。まあ、それは当然の反応だろう。前言を即座に翻しているうえに常識的に考えれば教えるわけがないのだから。


「私の才能は人殺しです」


 そう前置きして私は具体的な説明を始める。殺意をもって行動すればそれが相手の死という結果になる……それが私の才能。その行動自体が直接相手の死につながっている必要はなくとにかく行動すればいい。そうするだけで殺すと決めた相手は何かしらが原因となって死ぬ。


 銃で撃てばそれで相手が死ぬ可能性が高くなるが、別に届かないとわかりつつ石を投げたら相手が心臓麻痺で死ぬことだってある。


「お役に立ちましたか?」


 私が尋ねると彼の表情は堅い表情で必死に何かをぶつぶつと何かを呟いている。聞こえてくるのはあり得ないとか、そんなはずはとかといった単語だ。どうやら神を殺せるほどの彼にしても私の力はそんな困惑を与えてしまうものらしい。


「…………なんで」


 しばらくして彼は口を開いた。


「何で僕に自分の力を説明したんですか?」


 そしてそんなことを尋ねて来る。


「そうですね」


 私は少し首を傾げるようにして彼を見る。


「強いて言うなら貴方なら私の才能をどうにかできるかもしれないと思ったからですかね」

「どうにかって…………」

「無効化とか封印とかそういうことです」

「…………」


 彼はその理由を問うように私を見る。


「私はね、普通の人間です」


 淡々とした声色で私はその理由を口にする。


「こんな才能を持っていながらなんだと思うかもしれませんけどね、学校では優等生でしたし人付き合いも悪くありませんでした。それなりに善行も積みましたし魔が刺して少し悪いことをしたこともあります…………そんなどこにでもいるような普通の人間が私でした」


 で、と私が続ける。


「そんな人間が簡単に人を殺せる力を手に入れたらどうなると思います?」


 多分最初は使わないように心がけるだろう。しかし人生とは理不尽な思いをすることも多々ある…………そんな時にその力を使わないでいられるだろうか?


 強盗や通り魔に遭遇することもあるかもしれない。

 もちろんそれらを殺すことは正当化できるだろう。


 しかし一度使えばそれに対する敷居は下がる。敷居が下がればちょっとしたことでも相手を殺すようになる。それに相手が犯罪者でなくとも殺したいくらいに憎んでしまうことだってあるはずだ。


 もちろん普通なら憎んでも殺人は実行しないが、手軽に証拠も残さず行える力があったらその誘惑は大きいはずだ…………そして普通の人間はその誘惑に耐えられない。


 もしも私が誘惑のままに才能を行使するようになれば…………きっといつかその精神は破綻する。そうなった時に私は人類そのものの死を願うかもしれない。


 もっとも私の力が集団にも通用するのかを試したことはない。しかしもし通じるのであれば私はいずれ人類を滅ぼす可能性すらあることになってしまう…………それは実に最悪な事だろう。


「だから私はこの才能を知らされた時に決めました…………これから一切この力を自分のためには使わないと」

「それで政府に…………?」

「ええ、個人の正義は人によって千差万別ですが国家の正義は国益という一点においては一貫しています。もちろん国家が必ずしも正義であると言えないのは身をもって知っていますが、それでも大局から見れば救われる人間の方が多いはずです」

「…………」


 私の言葉を理解しつつも、彼は納得しきれない表情を浮かべていた。


「使わずに、いられはしなかったんですか?」

「無理です」


 即答する。


「誰しもあなたのように志高くはいられないんですよ。少なくとも私はこうして国家にでも管理されないと破綻していたと思います…………それに今の組織なら最悪私が暴走してもどうにかしてくれますしね。あくまで私の才能の対象は人間ですから」


 もし私の心が壊れて人類すべての死を望んだとしても、その対象に含まれない神であればそれを防ぐことはできるかもしれない。そしていざとなれば神によって私を処分できると判断されているからこそ、危険視されながらも私は生かして使われている。


「本当は自殺するのが一番いいんでしょうが…………私も死にたくはないので」


 そういう意味でも私は普通の人間だったのだ。自分の才能に恐れ戦き、それでも自分で命を断つ勇気はなかった。


「それで、どうにかできそうですか?」


 半ばすでに彼の表情から予想できているが、それでもあえて私は尋ねる。


「…………無理、です」


 そしてその予想通りの答えを彼は返した。


「僕もあなたも技術と才能という違いはあっても使っている力の根源は同じです。どちらも世界そのものに繋がってそれに干渉する力だ…………それを封じるのは難しい。もちろん不可能ではないですが、あなたの力の場合は封印そのものに干渉してしまう可能性が高い」

「ふむ、そうですか」


 なぜ干渉とやらが起こるのかは自身の力の仕組みも理解してない私にはわからない。だが神を殺せるほどの人間が言うのだから恐らくそれは正しいのだろう。


「ではやはり、私はあなたを殺すしかないですね」


 この才能がどうにもならないのであれば私は己の定めたルールを守るしかない。


「あなたも、もうさっきのように私を無力化して場を収めようなどと考えないことです。私を殺せばこれから国益の犠牲になって死ぬ人は減りますし…………人類の脅威の可能性が一つ潰せます。それは貴方の正義感にも沿うことでしょう?」


 さっき言った通り私に自殺するつもりはない。だから全力で抗いはするが、彼のような人間に討たれるのならそれは仕方ないことだとも思ってはいるのだ。


「それは…………できません」


 けれど私の言葉に彼は首を振る。


「同情ですか?」

「それもないとは言いません…………それに僕は人を殺したくない」


 それはごく普通の倫理観。それも彼のような正義の人なら尚更のことだろう。


「それに…………懸念もあります」

「懸念?」

「貴方が死ぬその瞬間にこの世界を呪わないという保証はありますか?」

「…………」


 それは私にとっても意表を突かれた質問だった。


「なるほど、可能性は高いかもしれません」


 死に間際にこんな才能を与えられた理不尽への八つ当たりとして人類全ての死を願わないという自信は確かにない。その影響は最終的には神によって抑えられるかもしれないが、それまでにどれだけの被害が出るかは私も知らない。


 まあ私の能力が集団に通用するのかを試したことはないから、何も起こらない可能性もあるとは思うが。


「ですがそれだとあなたは死ぬしかなくりますよ?」


 私は彼を殺そうとするが、彼にはその逆はできないことになるのだから。


「ええ、ですから…………逃げます」

「!?」


 瞬間、霞のように彼の姿が掻き消えた。


                ◇


 透は慢心でなく自分のことを天才だと思っていたが世の中にはそれ以上の才能を持った人間もいるのだと思い知らされた…………それも最悪の才能だ。救いはその才能を持った人間が良識のある存在だったが、今の透の立場からすれば最悪であるのは変わりない。


 綾瀬の説明と体験から透はその力の詳細についておおよそ予測はできた。彼女は漠然と人殺す力だと認識していたが、彼の予測する限りその力は非常にえげつない。正確に言えば彼女の力は人を殺す力ではない…………殺すと決めた相手が死ぬように世界を改竄する力だ。


 彼女の力は波のように世界に広がっていき少しずつ世界に変化を与えていく。それらの変化は一つ一つは小さいがそのどれもが対象の死へと繋がる。

 それは例えば外れるはずの弾丸の軌道が修正されたり、堪えきれるはずの痛みが数倍に倍加されたりといった小さなもの。虚空に炎や雷を発生させるような力に比べれば些細ではある…………しかしそれは非常に省エネであるということだ。


 一つ一つは些細だから消耗は少ない。だからこそその影響力は簡単には消えずに相手が死ぬまで残り続ける。その証拠に透を取り巻く殺意の波は未だに消えずに障壁の外を覆いつくそうしていた。


 彼女を殺すことは透にはできない…………しかし殺さずに無力化するには時間が掛かる。そしてその時間で透を覆うこの殺意の波は重なってより濃く、より強くなってしまうだろう。

 そうなればその波の影響は些細な変化ではなく、もっと大きな変化を世界へともたらして彼を殺そうとするに違いない。


 だからこの場は逃げるしかない、そう透は判断した。

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