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三話 攻防

 雨宮透は術師である。陰陽師でも魔術師でもなく単に術士と自分で呼んでいる。その理由は簡単で透にとって陰陽師だろうが魔術師だろうが根本は同じものだと思っているからだ。


一応力の使い方を学んだのは陰陽師の術の書かれた本だ。しかし後に魔術書と呼ばれる物を見た限りではどちらも結果に辿り着く手順が違うだけで結局は同じ力を使っている。それならば単純に術師と呼んだ方が彼にはしっくり来るという話だった。


 そして術師である透が使うのは術式。それは即ち式であり技術だ。扱うものは一般的に超常の力と呼ばれる物ではあるがそれをある種の論理で利用するのである。


 そういう観点で言えばそれは科学と何も変わらないと透は思っている。技術として確立しているからこそ安定した結果を導き出せる。その培った術式で彼はこの地の神を討ったのだ。


 そしてその際に神の命乞いの言葉から神を管理する存在を知り、その真意を知るために彼はこの場でその登場を待つことにした。


 それは慢心ではなかったはずだ。やって来るであろう相手と敵対する可能性はもちろん透も想定していた…………そうなった時に相手を殺さずに無力化できる自信があったからこそ、彼は待ち構えることにしたのだから。


 確かに透は我流であり師もいなかったから神にまつわる世界の事を知らない。しかし実際に神と相対しその神の言葉から判断して自分が優れた術師であることを理解していた。だから何が起こっても問題はないと思っていた…………女性が拳銃を取り出した時にはほっとしたくらいだ。そんなものに頼るような相手なら思った以上に事を荒立てずに納められると。


 すぐに透はそれが間違いだったと知る事になる。


                ◇


 拳銃を突きつけた瞬間に青年がほっとした表情を見せた。神を殺せるほどの力を持った彼にとって拳銃なんて玩具のようなものなのだろう…………だから自分を殺せる実力を持つのかと警戒していた相手が銃に頼る程度と知って安堵したのだ。


 油断、ではないだろう。青年の話が確かなら彼は全て自己流のまま初陣でこの地の神を討っている。それは驚嘆すべきことではあるが実戦経験の少ない事実は揺るがない。


 そして実戦経験の少なさは今のような遭遇戦で差となって現れる…………例えば銃を見ただけで相手が道具を使わなければいけない程度の実力だと勘違いするように。


「…………やれやれ、ですね」


 小さく呟く。しかしそれを指摘するつもりもない…………できれば青年を殺したくないと告げた言葉は嘘ではなかった。しかし公僕として彼を殺さなくてはならない以上その難易度を上げる理由もない。


 死んでください


 殺意を込めて引き金を引く。その意思とその為の行為が重要なのであってそれが銃であるかどうかは私の才能にはそれほど関係はない。


 極端な話銃弾が外れても相手が心臓麻痺で死ぬというのが私の才能だ。必要なのは殺意だけであって、その行動に関してはそれが相手が死ぬ結果として収束しやすい程度の話だ。


 バンッ


 火薬が炸裂し弾丸が放たれる。向かうのは真っ直ぐ青年の胸元。それは私の才能関係なしに青年の命を奪うのではないかと思える…………何の障害もなければ。


 銃弾はその直前で何かにぶち当たったように軌道を変えた。そのせいで青年の心臓を打ち抜くはずだった弾丸は逸れてその肩を掠めるに留める。


「…………おや?」


 それを見て私は思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。弾丸が外れたそれ自体は不思議ではない。神殺しをなした青年とは力の差はあるにせよ、彼のような力を持った相手とやりあったことは私には何度もある。


 その中には弾丸を防ぐような相手もいたが、先にも言った通り私の才能は別に銃弾が命中したかどうかは関係ない。銃弾を止めても別の要因で相手は死んだ。

 けれど青年にはその兆候が見えなかった…………だからこそ私は思わず怪訝な表情を浮かべてしまったのだ。


 とはいえ当然ながら私の驚きよりも青年の方が大きいようだった。


 その表情だけは、最初の予想通りに虚を突かれた驚愕に満ちていたのだから。


                ◇


 彼の知る術式を用いれば銃弾を防ぐことくらい容易いことのはずだった。念の為に綾瀬の姿を見たその瞬間には自分の周囲を包むように不可視の障壁を展開していたのだ。


 その障壁は銃弾のみならず彼に対するあらゆる害への防壁となる…………実際に彼が殺した神の力を防いだという実績もあったのだ。


 そして透の見た限り綾瀬はその障壁のことに気づいてはいなかった。だからこそ彼は綾瀬が自分のような術者ではないと判断した…………そして彼女が拳銃を取り出したことでその確信を深めたのだ。


 バンッ


 しかし銃弾が放たれた次の瞬間にその確信は崩れ去った。銃弾はその軌道こそを僅かに変えたものの障壁を貫いて透の肩を僅かに抉り…………それだけで信じられないような激痛が走った。


「がっ………ぐ!?」


 半ば反射的に術式を発動させて苦痛を和らげる。そうでなかったらその痛みでショック死すらしていたかもしれない。改めて傷を確認するがそれは僅かに肉を抉った程度の軽症でしかなかった…………まるでその痛みだけを何十倍にも増幅されたようだ。


 落ち着け


 透は自らに言い聞かせる。動揺は判断を曇らせる。確かに障壁を破られたことは驚いたが自分はまだ生きている…………それに綾瀬もそのことに驚いているのが透には見えた。


 つまり彼女が術者ではないという予想が間違っていたわけではない。けれど何かしらの異能は持っていて、それが知らずとも自分の障壁を貫くものであったというだけだ。


「…………ふう」


 息を吐き、それと同時に治癒の術式を発動させて肩の傷を治癒させる。放っておいても死ぬような傷ではないが先ほどの痛みを考えると念のために治しておいた方がいいと思えた。


 何事もなく術式は発動して一瞬で傷口が消える。しかしそれを確認すると同時に綾瀬が傾げていた首を戻してこちらに再び銃口を向けるのが見えた…………それに恐怖は感じない。


 先ほど確かに障壁は撃ち抜かれたがそれでも銃弾の軌道を変えることはできていた。それはつまり障壁は彼女の力に対して有効であるということだ。


 なら、より強い障壁で迎え撃てばいいだけのこと。


                ◇


 驚愕の表情はほんのわずかな時間で落ち着いてしまったようだ…………さすがは神殺しをなした相手ということなのだろう。


 彼の言が確かなら力はあっても神殺しが初戦のはず、それでよく動揺を僅かに抑えられたものだと称賛する…………まあ、私にとっては面倒になっただけだが。


「ふむ」


 見たところ彼には銃弾で負った傷以外には影響はない様だ。これからさらに彼を致命に至らせる現象が起こりそうな予兆もない…………つまるところ私の力は完全に防がれたということらしい。


「面倒ですね」


 別に私は彼に恨みがあるわけではないし、むしろその意思には好意すら覚えている。だからできるなら苦しまさずに一撃で終わらせたかったがそう都合よくはいかないらしい。彼は人の身でありながら神殺しをなした英雄で、私の才能にも抵抗しうる能力を持っている。


 とはいえ私のやることは変わらない。説得に失敗した以上彼は国益に反する存在であり私の排除すべき対象だ。それを見逃すというのは私が己に課した制約に反する行為でもある。

 だから


 死んで


 より強い殺意を込めて引き金を引く


 結局のところ私にできるのはそれだけなのだから。


                ◇


 術式によって強化された透の反射神経は、綾瀬が引き金を引くその瞬間をはっきりと捉えていた。刹那の時間で状況を分析する…………術式の要となるのは意思の力だ。人には銃弾が発射されてからそれを躱す身体能力はないが、意思による術式なら対応は可能だ。


 ゆえにまずは見定める…………そして驚きが浮かんだ。


 透は綾瀬の力は何らかの力場を銃弾に纏わせるものだと予想していた…………けれど違った。綾瀬が銃弾を放つと同時に彼女の全身から見えない何かが放射されたのだ。

 それは彼女を起点とした波のように透の方へと広がっていき、そのうちのいくらかは銃弾に収束するように見えた。


「っ!?」


 その波が障壁に触れた瞬間、強度が大きく下がったのを透は感じた。そしてそれを証明するように弾かれるはずの銃弾が障壁を貫き、障壁の穴から銃弾と共に波が入り込んで来るのを感覚は伝えていた。


 銃弾よりも何よりもその波こそがやばいと透は直感した。


 即座に障壁を修復しそれ以上の波の侵入を防ぐ。同時に銃弾を術式で強化した身体能力で躱そうとする…………しかし体の動きが本来より鈍い。さらには銃弾がカーブでもかかっていたように彼を追って曲がって来る。


「ぐっ!?」


 避けきれなかった弾丸が今度はしっかりと肩にめり込む。その瞬間に凄まじい激痛が走って透の心臓が大きく跳ねた…………術式を起動。弾丸を摘出し傷を治癒、ショックで停止した心臓を再鼓動させる。さっき軽く同じ目に合っていなければ即座に対処できずに死んでいたかもしれない。


「ぜっ、はあ…………!」


 息を吐く。しかし障壁の維持だけは気を緩めてはいけない。警戒もかねて全方向に展開していたこの障壁こそが綾瀬の力を防ぐ要だと透は完全に理解していた。この障壁がなかったらあの波の影響をもろに受けてしまっていただろう…………問題は、根本的な解決になっていない可能性が高いということだが。


「驚きました」


 そんな透を綾瀬が本当に驚いたように見ている。


「まさか二度も生き残る相手がいるとは思いもよりませんでした」

「…………それはどうも」


 眉を僅かにひそませながら透は答える。


 生き残る、その言葉にまだ届いていないという事実に彼の額を一筋の汗が垂れた。

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