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二話 正義の味方

 案内されてやって来た山は手入れがされていないのか鬱蒼うっそうとしていた。遠くからは見えていた件の神社も間近から見上げると木々に隠れて全く見えない。その神社に続くらしき道も辛うじてわかりはするもののかなり木々や草の浸食を受けて歩きづらそうだ。


「ずいぶんと荒れてますね」


 神の住まう神域があったにしては随分と酷い。神域はともかくその山自体は整備されていないとおかしい。そうでなくては神社を設けても参拝客は訪れず、その信仰を集めることも難しくなってしまう。


「民家もあまりありませんね」


 麓はそれなりに開けているのだが人の住むような建物はまるでない。


「この山は祟りがあるからと住民が寄り付かないみたいです」


 私の呟きに大橋が答える。


「…………なるほど」


 あらかじめ聞いた以上にここの神は碌でもなかったらしい。


「では参拝客はどうしてるのですか?」

「ここから少し離れた別の山に新しく建てられた本殿があるらしいです。ですからこちらにある神社は無人で管理されていません…………まあ、くだんの神はこの山から神域を移そうとせずにずっとここに住んでいたらしいですけど」

「そうですか」


 人嫌いの神にはよくあることだ…………もっとも人好きの神の方が少ないが。


「まあ、ある意味好都合です。人が寄り付かないなら多少銃声がした程度で騒ぎになる事も無いでしょう」


 死んだ神の事など今さら考えても仕方ない。私にはやるべき仕事があるのだ。


「大橋、あなたはもう戻って構いません」

「えっ!?」

「…………何を驚いているんですか」


 私の言葉に目を丸くする大橋に呆れた表情を向ける。


「あなたの任務は対象の監視と私をここに案内する事でしょう。危険を冒して私に同行する必要はありません…………交渉はするつもりですがまず穏便にはいかないでしょうしね」

「で、ですけど……」


 それでも食い下がるように大橋が私を見る。まるで捨てられた子犬のような眼だ…………いい歳した男にそんな顔をされてもはっきり言って気持ち悪い。


「とりあえず、どうしてそこまで着いて来たいのかを聞きましょうか」


 私は聞いていないがもしかしたら追加の通達があったのかもしれない。


「いや、その…………相手は小さきとはいえ神を殺した相手なんですよね」

「そうですね」


 だからこそ私が派遣されたのだ。


「そんな相手に先輩一人じゃ危なくないのかと」

「…………はあ」


 私はため息を吐く。


「あなたは私を一体なんだと思ってるんです」

「えと…………先輩、ですけど」


 おずおずと大橋は答えた。


「私の異名くらい知っているでしょう」

「それは…………はい」

「なら心配など不要だということくらい理解しなさい」


 確かに神を屠った実績を持つ相手は脅威だ。しかもこちらに分かっている情報はそれだけで実際のところは未知数でもある。


 何らかの計略に長けているだけで純粋な力としては低い可能性も無くはないが、いずれにせよ神を討つことのできる何かを持っているというだけ充分過ぎるくらいに警戒すべき相手…………だが、私には関係ない。


「いくら相手が神を殺していようが所詮人間です」


 そう、それだけは絶対に変わらない事実だ。


「なら、私が危ない理由は何一つとしてありません」


 人が相手であれば、私が殺し損ねるはずないのだから。


                ◇


 神社に続く荒れた山道を歩きながら、もしかしたら大橋は女である私の事を気遣っていたのではないかとふと思った。私の才能の事は理解していても自分は安全なところで女性一人を危険なところにやるのが嫌だったのかもしれない…………馬鹿馬鹿しい。

 こんな仕事をしているというのに今さらそんな倫理観を気にしてどうしようというのか。それとも女性全般としてではなく私に個人的な感情を抱いているとでも?


「ないですね」


 二重の意味で私は呟く。好かれるような接し方をした覚えはないし、仮にそうであったとしても大橋に好かれた所で嬉しいとは私は思えない。こんな性格になってしまったが私にも理想とする恋愛観はある…………少なくともあんな頼りの無い相手ではない。


 と、そんなことを考えながら歩いていたら道の先に鳥居のようなものが見えてきた。遠目で見ても随分と薄汚れていて管理されていないことが良くわかる。

 

 その鳥居をくぐるとそれほど広くない敷地が一望できた。すでに枯れた水場と小さな社が一つ。社は明らかに朽ちていて崩れそうというほどではないものの立ち入りたくない印象だ…………そしてその社への昇降台に男が一人腰かけてこちらを見ていた。


「ようやく待ち人が来た」


 呟いてゆっくりと男が立ちあがる。少し泥に汚れたジーパンに無地のシャツ。その風体はどこにでもいそうな若者という感じだった。顔立ちも平凡でまだ二十代前半くらいに見える。とても少し前に神を屠った実力者であるようには思えない…………だが私は見た目がその能力に関係ないことは良く知っている。


「あなたが神殺しを成したという人ですか?」


 一応の確認の為に私は尋ねる。


「そうです。僕がこの地の神を殺しました」


 落ち着いた口調で青年は答えた。


「正直ですね」

「偽る必要が無いので」

「…………ふむ」


 私は首肯する。


「待っていたと言いましたがあなたは私が何者か知っているのですか?」


 尋ねる。


「神を管理する存在でしょう?」


 青年が答える。


「一応非公開の組織なんですがね」


 私は肩をすくめる。


「こちらの世界に通じていればそういう存在がいることくらいわかります」

「…………まあ、そうですね」


 一般に知られないようにしているとはいえ私達の組織の活動範囲は広い。職員以外の協力者も多いからどこから話が漏れてもおかしくはないのだ…………そしてさすがにそこまでは情報封鎖も難しいというかしていない。

 あくまで私達の存在は一般に知られなければいいのだ。そして一般人は特別な事情でもない限りそんな話は信じない。


 問題は信じるような人間は目の前の青年のように厄介であるのが多いことだ。


「それで何のために待っていたのか聞いても?」

「無論、問いただす為ですよ」


 青年がまっすぐに私を見据える。


「問いただす、ですか」


 その内容は容易に私には想像できた。


「あなた達は何故あんな神を野放しにしていたんですか?」

「…………あんな神、ですか」


 仕事柄聞き飽きたような言葉だ。


「かの神はこの街の住民に加護を与え災難からその命を守っていたはずですが」


 とりあえず事実を私は述べる。


「しかし時折その悪意のままに住民を死に至らしめていたはずです…………その神域であるこの山が人に祟りをもたらすと噂になってたのを知らないとでも言うつもりですか?」


 物言いは静かだったがその言葉には明らかに怒気のようなものが込められていた。


「それは数年に一人の事でしょう。それよりもあの神によって救われた命の方がはるかに多いはずです」


 私は通じぬであろう正論を口にする。


「だからあなた達はあの神の行いを見逃したと?」


 青年の目が細まる。


「それが国益に繋がりますからね」


 私は表情を変えずにその目を見返した。


「だからといって確実に犠牲となる人間の命を軽視していいはずがない」


 憤るような声に真摯な視線。そこにあったのは紛れも無く正義だろう。


「国家というものは小よりも大を守り国益を追求するものです。小を軽視するわけではありませんが国益の為に必要とあればそれを犠牲にすることも厭いません。私達が重視するのは国民全体の利益であって国民一人の利益ではないのです」


 それが私の所属する組織の理念であり私の行動基準でもある。


「そこには正義はありません」

「ええ、求めるのは正義ではなく国益ですから」


 変わらぬ声のトーンで私は答えた。


「それで、あなたは正義の為にこの地の神を殺したという事でいいんですか?」

「人を害する存在を放っておけるはずがないでしょう」


 答えるその声には一切の迷いがいない。真摯に人を害するものを許せず、人を守るために彼は神と戦ったのだろう…………それこそ正義の味方であるように。


「さて」


 とりあえず話が一区切りついたところで私は懐に手を入れる。そこにあるのは重厚な金属の感触。それに触れたままで私は青年へと再び口を開く。


「私がここに来たのは神を殺したあなたに適切な対処をするためです」

「…………それは僕を殺すという事ですか?」


 予想はしていたのだろう、青年が固い表情を浮かべる。


「それも選択肢の一つですね」


 私は偽らず答えた。


「あなたのしたことは国益を損なう行為です。神殺しを罰する法はこの国には存在しませんが我々は神を適切に管理することで国益を得るための組織ですからね…………それに反するあなたに対処する必要があります」


 手に当たる金属の感触を私は意識する。


「しかし神を殺すほどの力をもったあなたは希少な存在です。もしもあなたが今後このような真似をしないと約束し私達に協力してくれるなら、今回の事は不問にしても構わないと上司の確約もあります」


 とはいえ一応、私は話し合いで片の付く選択を提示する。上司にも見得を切ったし大橋にも選択の一つとして口にしている。さすがに問答無用で排除にかかるわけにもいかないだろう…………私の心情的にも。


「応じると思ってるんですか?」

「条件は悪くありませんよ。非公開とは言え政府直轄の組織ですから給料も安定していますし平均よりもかなりの高額です。体力を使う仕事も多いですし休日に急に仕事が入る事もありますが、その分平時は自由な時間が多く待機さえしていれば何をしていても厳しいことは言われません…………まあ、当人の能力次第では激務にもなりますが」


 眉間に皺を寄せる青年に私は見当違いと分かっている返答をする。


「…………年収はいくらくらいですか?」


 しかし意外にも青年は心動かされたようで私に尋ねる。


「平でも一千万は超えますね」

「い、いっせんまん!?」


 驚愕するように青年が叫び、苦渋するように口を閉じる。もしかして彼はお金に困窮しているのだろうかとふと思う。そう思ってみてみると彼の着ている服は量販店の安物だし、しかも長く使っているのか結構くたびれている。


 それによくよく考えてみればいつ来るかわからない相手を待ち続けるなんて、定職に就いて出来ることではない。


「…………いえ、金額の問題じゃありません。僕はあなた達の理念に納得できませんしそれに加担したいとは思わない」


 邪念を振り払うように首を振って青年が言う。


「つまり、あなたは今回と同じような事を繰り返すと?」

「やはりこの地のような神はまだたくさんいるんですね」


 私の言葉で確信を得たように青年が言う。


「知らなかったんですか?」


 神を討つだけの力を有しているというのに。


「生憎と僕は誰かに師事したり教わったりはしませんでしたので」


 青年が答える。つまりは全て我流…………それで神を討ったというのは末恐ろしい。


「僕は子供の頃から不思議な力がありましてね。すでに生業にしてはいませんでしたがどうやらうちの家系は先祖に術師がいたらしく、そういった力に関する書物が残っていました。それ見て学び研鑽はしていましたが半ば興味本位で使うつもりは特にありませんでしたよ…………偶然ここの神の話を聞くまでは」


 そして彼は神を討ったらしい。


「では知ったあなたはどうします?」

「その問いにはすでに答えたはずですよ」


 つまり彼は繰り返すのだろう。ただその心に従って人に害成す神を討ち続ける。


「確かに、この日本にはこの地の神と同じような人に害成す神が無数に存在します…………むしろ人に害をなさない神の方が少数ですね」


 それがこの日本における現実だ。


「元々古い時代には人と神は相争う関係でした。それが様々な要因によって共存関係を結ぶことになったのですがそれは人が優位に立つ形…………ですので人と神の結んだ約定を侵さない範囲で彼らは憂さを晴らすんです」

「…………憂さ晴らしで人を殺すというんですか?」

「そうですね」

「そしてそれをあなた達は見逃していると?」

「そうなりますね」


 私は偽らず答える。


「それが国益に繋がりますから」

「間違ってるっ!」

「そうですね」

「えっ!?」


 叫ぶ青年に肯定の意を返すと虚を突かれたような表情を彼は浮かべる。


「私にも感情はあります。国家としては正しいですが人の道理としては間違っていると私も思っていますよ」


 それは偽らざる私の本音だ。


「じゃあなんで!」

「私は公務においては一切の私を交えないと決めていますから」

「…………割り切れるんですか?」

「というか割り切るしかなかっただけですけどね」


 私の場合は、だが。


「だって私が感情のままに動いて人類が滅んだら嫌でしょう?」

「…………?」


 私の言葉の意味が理解できず青年は怪訝な表情を浮かべる。


「それはどういう意味……」

「これは私の個人的な意見ですが」


 ここで手の内を教える理由もないので私は彼の疑問を遮った。


「やはりあなたには私達に協力してもらいたいと思います。もちろんあなたには納得できないこともあるでしょうが、あなたが協力することで減らせる犠牲は出てくると思います」

「僕は犠牲を減らしたいんじゃない…………無くしたいんだ」

「その為に命を失う人間の数が増えてもですか?」


 確認するように私は先ほどの言葉をもう一度口にした。この地の神が害をなしていた人の数より救われていた人の数の方が多かったのは間違いない。


 つまり青年が神を討ったことによって死ぬ人間の数は増えている…………見かたによっては青年が失われるはずの無かった命を奪ったとも考えられるのだ。


「…………確かに、大きな見かたをすれば僕のしたことは正しくなかったのかもしれない」


 苦渋の表情を浮かべて青年は認める。


「ですが、それで生まれる犠牲を無視し続けていいはずがない。小の犠牲で大を守り続けるのではなく犠牲をゼロにする努力をするべきなんだ…………だから、僕は甘んじてその罪を受け入れます。例え落ちる先が地獄でも僕は人間の善性を信じたい」

「…………はあ」


 迷いを捨てまっすぐにこちらを見据える目に私はため息を吐く。目的の為に犠牲を受け入れるというのならそれはこちらと変わりないはずだ。しかし彼の行為は称賛され感謝される物であり、私達の行いは罵声を浴び唾棄されるというのは皮肉な話だ…………正しさという点ではどちらも正しいはずなのに。


 私の心情も彼寄りなのが何よりも心に来る…………まあ、だからと言って私のやる事は変わらないが。


「やはりあなたには死んでもらうしかないようですね」


 私は握っていた拳銃を取り出して青年へと向けて構える。


 結局は一番簡単な選択肢を私は選ぶ以外にないらしい。

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