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一話 神殺し

「神殺し、ですか?」


 出勤早々に上司に呼びされた私は、そんな単語を上司である観桜絢音から聞かされた。彼女も私もこの日本に住まう神々を管理する組織の一員であり、私こと御守綾瀬はその中でも神に仇名し国益に反する存在を処理するという後ろ暗い役目についている。


「ええ」


 上司は頷くと話しを続ける。


「殺されたのはとある地方の小さな町に加護を与えていた神です…………調べによるとあまり素行の良い神ではなかったようですね。年に数件程度ですが原因不明の事故が必ず起こっています。死者が出るようなものは滅多になかったようですけどね」


 なかったと滅多になかったとでは大きく意味合いが違う。滅多になかったというのは数は少なくてもあったという事だ。神は必ずしも人に好意を持っているとは限らず寧ろ嫌悪を持っている神の方が多い。


 そしてその中には人と神の間で結ばれた約定の違反にならない範囲で害をもたらす神もいるのだ。


「それに気づいて恨みを持った人間がいたと」

「そういう事ですね」


 残念ながらその手の類の人間は少なくないのだ…………全く。そして忌々しいことに私達の組織は本来なら被害者である彼らを狩り、加害者を守らなくてはならない。


「で、下手人はやっぱり神殺しの一族ですか?」

「それがどうも違うようです」

「…………違う?」


 首を振る上司に私は怪訝な表情を浮かべる。神は人とは比べられないほどに強大な力を持った存在だ。それを殺せるのは神殺しの一族と呼ばれる特別な血を引く存在だけである。私も他人とは違う才能を持ってはいるがそれも神に通用するようなものではない。


「小さな町に加護を与える程度の力しかないとはいえ神は神でしょう? それを神殺しの一族でもない人間が殺したというんですか?」


 私にはその事実が信じられなかった。


「残念ながらそういう事のようです」


 しかし上司はそれが事実であると肯定する。


「まあ、過去に例のないことではありませんしね。人間は確かに神に比べれば脆弱な存在ですがあなたのように特異な才能を持つものも稀に生まれます…………そういった人間の中に神を殺せる才能を持つものがいることもあるでしょう」


 超常の力は何も神の専売特許ではない。極僅かではあるがそういった才能を持って生まれる人間は存在する。もちろんそれは神の持つ力にはとても及ばないような弱い力であることがほとんだが…………その中のさらに僅かな人間が神に通用する力を持って生まれてくる可能性はゼロではない。


「で、私の仕事ですか」

「そうなります」


 予想していたという私の言葉に上司は躊躇うことなく頷く。


「かの神は善き存在ではありませんでしたが、それでもその損害は許容の範囲であり国益に適う存在でした…………それを滅する行為は国益に反します。しかし神の存在が秘匿されている以上は表だってそれを成した人間を罰することはできません」

「全ては闇から闇へ、ですか」

「ええ、慣れた仕事でしょう?」

「…………おかげさまで」


 さすがに私も眉間に皺を寄せて表情を歪めた。


「人を害する悪しき神を保護しそれを倒した英雄の方を殺す…………我ながらひどい仕事についてますね」


 それがれっきとした政府の組織なのだから実に笑えない。


「気が乗らないなら拒否しても構いませんよ。あなたの立場的に本来の任務外の仕事を多少拒否したところで影響はありませんし」


 適材であるから仕事を振ってはいるが別に強制ではないのだ。


「やらないとは言ってませんよ」


 けれど私はその提案を跳ね除ける。


「それが国益に適うというのなら私は自身の力を振るいますから」


 それが私の定めたルールであるが故に。


「わかりました」


 上司は頷く。


「しかしさっきはああ言いましたが必ずしも対象を殺害する必要はありません。強い力を持たない神だったとはいえそれを滅するほどの力を持った人間は有用です。こちらの事情を理解し今後の協力を誓うのなら今回の件は目を瞑っても構いません」


 つまりはスカウトできるのならそれでもいいという事らしい…………だが。


「正直それ殺すより難しくないですか?」


 殺した当人の事情が分からないから断言はできないが、もしさっき例えたような英雄であるのならその真逆の仕事をしろ誘うわけなのだ。


「比較するものが間違ってます」

「それは…………そうですが」


 私にとって人を殺す事はひどく簡単なことだ。それと比べればどんなことだって難しいと言えてしまう。


「…………詭弁ですよね」


 比較対象は確かに間違っていたがそれで元の難易度が変わるわけではない。


「ええ」


 上司は頷く。


「ですから、別に簡単な方でも構わないんですよ?」


 だからこそ最初にその方法を告げなかったのだから。


                ◇


「ひなびた街ですねえ」


 上司から任務の内容を告げられてその翌日にはすでに件の町へと私は到着していた。上司曰く力の弱い神が加護を与えていただけあってその規模は小さい。

 一応は一番大きな駅に降りたはずなのだが目の前に見える街の風景は御世辞にも発展しているとは言い難かった。人の通りはまばらだし建ち並ぶ建造物も低くしかもどことなく年季を感じさせる。


 遠くを見やればその低いビルの向こうに緑の濃い山々が頭をのぞかせていた。


「さて、迎えがいるはずですが」


 上司の話によれば対象の監視役として派遣されている職員が私の到着をここで待っているはずだ。派遣されているのは見知った顔であったので見ればわかるはずだ。


「あ、先輩!」


 私が彼を見つけるのと向こうがこちらを見つけるのは同時だった。叫びながら手を振ってこちらに走って来るスーツ姿の男を見て私は顔を顰める。


「隠密行動ではないとはえいあまり目立つなと教えられてるはずでしょう」

「…………う、すみません」


 第一声にまずたしなめると彼、大橋はしゅんと身体を委縮させた。この後輩はやる気と活力があるのはいいのだがどうにも新人気分が抜けないというか頼りない。しかし能力的にはそれを補って余りある才能を持っているから有用ではあるのだ。


「まあ、いいです。あなたも一人でこんな僻地に飛ばされて大変だったでしょうしね」

「ええと、それはまあ…………ここなにもありませんし」


 少し疲れたように大橋が頷く。彼の才能を考えれば任務自体にはそれほど労力を使う事は無い。そうすると後はいかに時間を潰すかになって来るが、何もない街ではホテルでテレビを見ていることくらいしかできないだろう…………それも長く続けば苦痛だ。


「それで、対象の動向はつかめてますか?」

「はい」


 大橋は頷く。


「対象は今もこの地の神を葬ったと思われる山間部の神社に居ます」


 まるで今もその現場を見ているような確信をもって彼は言う。


「相変わらず便利な能力ですね」

「これだけが取り柄ですから」


 自信を持った笑みを大橋は浮かべる。彼の才能を簡単に説明してしまえばそれは人間レーダーだ。一定の範囲内ならば対象となった相手の位置をリアルタイムで把握できる。


 監視や捜索にはこれ以上ないほどに便利な才能であり、その使い勝手から彼は様々な任務で日本中を飛びまわらされている。立場で言えば私も似たようなものだが、その頻度で言えば彼と私では比べものにならないだろう。


「監視をしていて何か気付いたことはありますか?」

「あ、あります!」

「…………声が大きい」


 私はやれやれと息を吐きながら周囲を見渡してベンチを探す。電話ボックスの隣にちょうどいいベンチがあったので私は大橋を引き連れてそこに場所を移した。幸い周囲には人の姿も全く無いようだ。


「それで?」


 促すと大橋はさっきのように返事をしようと口を開け…………すぐにはっとして閉じて小さく頷いた。これが続いてくれれば私も気が楽になるのだが、すでに同じ注意を何度したか私はもう覚えていないほどだ。


「…………ええと、ですね。神殺しが発覚してすぐに僕はここに派遣されてそれからずっと対象の動向を把握しています。その結果わかったことは対象が神を葬った神社から頑なに動こうとしないという事です。日に一回だけ水と食料を仕入れに街に降りますがその時間も最小限に済ませてすぐに神社に戻っています」

「なるほど…………何か儀式のようなものを行っている様子は?」

「ありません。日がな神社の境内で瞑想するようにずっと座っているだけです。日が暮れて周囲が完全に暗闇になると社の中に入って夕食をとった後に眠っているようです」


 何をするでもなくただ頑なにその場所で時間を潰しているだけということらしい。何か儀式めいたことをしているのなら殺した神の復活の芽を潰している可能性もあったが、何もしていないのであればそれはつまり…………。


「何かを待っている、ですか」

「はい、僕もそう思います」


 私の言葉に大橋も頷く。


「これは推測になってしまいますがおそらく対象は自分が監視されている事にも気づいています。それでも今のまま動こうとしていないのは、監視しているであろう相手からの接触を待っているからではないでしょうか」


 そう考えると対象が動かずに神社に居続ける理由にも納得できる。


「…………だとすると面倒な相手ですね」

「面倒、ですか?」

「わざわざこちらを待ち受けているという事は自分の置かれている状況をしっかりと把握しているという事ですからね」


 さらに付け加えるなら何がやって来ても対処が出来るという自信の表れでもある。


「神を殺せたことに舞い上がって呆けている馬鹿なら楽だったんですが」


 ふう、と私は息を吐く。


「えっと、どうするんですか?」

「…………神社はあちらの方角ですか?」


 答えず私は尋ねて適当に山の方を見やる。


「ちょっと違いますね、あっちです」


 私の見る方向から少し右にずれたところを大橋は指さす。ちょうどビルの谷間から薄っすらと神社のようなものが山の中腹にあるのが見えた。


「ふむ」


 頷くと私は懐に手を入れ、そこに納まっていたものを抜き出してその方向へと構えた。


「ちょ、御守先輩っ!?」


 それに大橋が驚いた声を上げる…………全く。少しは学習能力を働かせて欲しい。たかだか私が懐の拳銃を取り出して構えた程度の事じゃないですか。


「騒がないでください。普通にしてれば誰も本物だとは思いません」

「えっ、でも!?」


 そわそわとした態度で大橋は周囲を見回す。


「いいから落ち着きなさい。仮に警察沙汰になったとしてもどうにでもなります」


 公表されていない部署であるとは言え私達の組織は紛れもない国家機関だ。しかもこの国の根幹にかかわる事柄を扱っているので組織としての力は非常に大きい。それこそ銃刀法違反の事件そのものどころか関わった人間の記憶すらなかったことにしてしまえるレベルだ。


 濫用が許されるわけではないが必要と認められることならば問題ない。


「で、でもそもそもそんな拳銃であんなところ狙えるんですか?」

「狙えるわけないでしょう」


 呆れるように私は大橋を見た。私が使っているのは一般の警察に支給されているようなリボルバータイプの拳銃だ。小型で重量もそれほどなく取り回し安いが威力も小さく当然射程も短い。


 とてもじゃないが遠くに見える山にぼんやりと見えるような場所を狙える物じゃないし…………そもそもそこに人が居るかどうかすら私には見えないのだ。


「あなたも私の能力の概要くらい知っているでしょう」


 私の才能は人殺しだ。私が殺すと定めて行動すればその相手は必ず死という結果に陥る事になる。そしてそれは必ずしも私の行動が相手の死に直接結びついているわけではない。


 極端な言い方をすれば私が拳銃を撃ってもそれが必中になるわけではない…………しかし相手は心臓発作で死ぬかもしれないし、他の要因で死ぬこともあるだろう。とにかく死ぬ。


「それは…………知ってますけど」


 別に弾丸が当たる必要はない。殺意をもって行動したという事実だけが重要なのだ。


「予想が当たっていれば対象は非常に厄介な相手です。こちらを待っているというのなら正面からぶつかるのは得策とは言えませんし、相手の認知の外から狙うのが一番手っ取り早いでしょう」


 いかに強者であっても実力を発揮できない状態で殺してしまえば問題はないのだから。


「あの、でも御守先輩はまだ対象の顔すら見てないですよね。それでも御守先輩の力って発揮されるものなんですか?」

「…………ふむ」


 深く考えず自然とやろうとしていたが言われてみれば確かにそうだ。見も知らぬ相手を殺そうと思って殺せるものか試したことはない。それはつまり今が絶好の試すチャンスであるという事だが…………正直な話殺せてしまった方が嫌ではある。


 見も知らぬ相手を印象だけで殺せるという事は私の能力の範囲が広がるということだ。それは私が想定した最悪の未来に繋がる可能性を高くする行為でもある。


「それに適当に撃って誰かに当たったら危なくないですか?」


 拳銃では山の神社までは届かない。届かないという事はどこかに落ちるという事だ。そして威力は距離で減衰されてもそれで全く怪我をしなくなるわけでもない。


「…………それもそうですね」


 確かにその可能性を鑑みていないのは軽率だった。私の能力の範囲外で事故が起こりうる可能性は皆無ではない。


「大橋、意見に感謝します」

「い、いえ」

「それによくよく考えれば一応説得もOKだと言われていました」


 成功する可能性は限りなく低いが、試すことなく殺しにかかるのもよくはない…………今さらではあるが。


「そ、そうだったんですか…………」

「ええ、排除した方が簡単なのは間違いないんですが」


 思い出してしまったからには無視することもできない。


「ではその神社まで案内してもらえますか?」


 それでも、結果は恐らく変わらないのだろうが。

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