エピローグ 進む先に救いがあれば
元々拙作の前日端的に描いた話だったのでそちらの本編に繋がる形のエピローグであり最終回となります。つまり読み飛ばしても問題ないです。この話はまだ続きますが最終回はここです。つまり後は最低限矛盾しないように好きに書きます。
私が所属している政府機関は神霊省と呼ばれている。もっともその名前を知るもの自体もそれほど多いわけではなく、職員の務めるオフィスも表向きの名前が別に掲げられている。
見た目もごく普通でどこにでもあるような業務用の机と椅子の並んでいた…………ただそこに座る職員の数は少ない。
「長期の出向ですか?」
「ええ、期間が特に決まっていませんが一年以上は出てもらうと思います」
先日の仕事の報告書を手渡すと上司である御桜絢音からそんなことを申しつけられた。出向自体は珍しい物ではない。実際に所属している職員の半数以上は常にどこかへ出向しているような状態なのだ。私だって先日新幹線に乗って神戸まで出向いて来たばかりである。
そしてそれが長期というのも珍しい話ではない。神霊省の仕事は実在する神の管理だ。日本に点在する神それぞれに担当する職員が配置され現地に滞在する。職務上それは長期となり数年単位になる事も珍しくはない。
「私が、ですか?」
けれど私は思わずそれを確認する。確かに神霊省で長期出向する職員は珍しくない。しかしそうでない職員も私を筆頭として存在する。
それは言うなれば荒事担当とも呼ぶべき職員たちで必要に応じて日本全国を飛び回るので、とてもじゃないが一柱の神を担当して滞在するような余裕はない…………ましてや私の場合は自分で言うのもなんだが特別だ。
「疑問はあると思いますがまずは説明を聞いてもらえますか?」
「…………そうですね」
今考えたところでそれを聞かなくては意味がない。
「では出向の目的ですが……」
私が納得したのを確認して上司は話し始めた。聞いていくうちに私の眉がどんどんと顰められていく。簡潔にまとめてしまえば上司の話は出向する土地の神とある人間の婚姻を結ばせて来いというものだった。
詳しい事情はまだ聞かされていないがしかもその相手は神の天敵であるはずの神殺しだという。
「どう考えても私の仕事じゃないと思うんですが」
確かにそれは神霊省の仕事の範疇ではあるだろう。話によればその神の精神は不安定であるらしくその婚姻が成功すればそれが収まる可能性が高いようだ。それは神を管理することで国に国益をもたらす事を神霊省の目的には適う…………だが私の仕事ではない。
「私は神殺しへの切り札としてスカウトされたんじゃなかったですか?」
神霊省への入省を決めた私に目の前の上司はそう教えたはずだった。
「それはもちろんその通りです」
そして上司のその考えは変わってはいないようだ。
「ですがまあ、私にも罪悪感はあるんですよ」
言葉とは裏腹に上司は穏やかに微笑んでいる。
「必要な事だったとは言え私はあなたの知りたくなかったものを引きずり出しましたからね」
「…………」
それは事実だった。目の前の女性が現れなければ私は恐らく自身の才能に気づくことなく平凡な人生を送ることが出来ただろう。
人類の天敵。私はそう呼ばれている。それはその言葉通りで私の人殺しの才能は人類の種を揺るがしかねない類のものなのだ。
私が殺意を持って行動すればそれは必ず相手の死という結果に繋がる。
そんな私が仮に大多数への殺意を抱いて行動すればその結果はどうなるだろうか…………何らかの作用が働いてテロなり戦争なりが引き起こされる可能性はゼロではない。
そんな才能を自覚してしまうという事は恐ろしいことだ。例えそれが社会であるとしてもその根本に人が動いている以上私はそれを殺すことが出来る。言うなれば私は人という世界の頂点に立ってしまったようなものなのだ…………私は自分の欲望のままに行動することが出来て邪魔する存在はすべて排除することが出来る。
もちろん私はそんなことは望まない…………だが何かの拍子でそれを望んでしまうのではと考えてしまうことがある。もしも一度タガが外れれば欲望のままに私は自分の才能を使ってしまうかもしれない。
だから私はその才能を自覚した時に神霊省へ入るしかなかった。公僕として私心を捨てて国益の為にのみその才能を振るう…………そしてもし間違いが起これば私は神によってその身を討たれることが出来る。いかに人の天敵とて神を相手にはどうしようもないのだから。
「それで私にこんな仕事を?」
確かに話を聞いた限りでは私が才能を振るう機会はなさそうだ。殺伐としない環境で心の疲れを落として来いということなのだろうか。
「ああ、それは違います」
しかし上司の意図は別であるようで否定の言葉が返った。
「この仕事うまく運べば何事も無いですが最悪の結果大災害が起こります」
「…………ええまあ」
対象となる神は神々の中でも有数の力を持った存在だ。最悪のケースではその神が怒りか悲嘆でその力を暴走させる危険もありそうなれば上司の言葉通りの事態になるだろう。
「つまり仕事の結果如何で、あなたは死ぬことが出来るという事です」
にこやか笑みを絶やさぬまま上司はそう告げた。確かに周囲一帯を壊滅させるような神の暴走に巻き込まれれば私の生き残る確率はゼロに近い。
「別に私は死にたくはないんですが」
今の生活が楽しいとは言わないが、死にたいならさっさと自分の手でやっている。
「あらそうですか」
意外そうな声。
「でもまあここらで終わらせておいた方があなたの為だとは思いますよ?」
しかし上司は考えを変えるつもりはないらしい。
「そんなに私に死んで欲しいんですか?」
「そんなわけないじゃないですか」
屈託のない笑みで上司は答える。
「ですがまあ、あなたの人生を狂わせた人間としてこの選択肢は提示しておくべきかと思いまして…………結構苦労したんですよ? 上にあなたの出向を通すの」
「…………そうですか」
ありがた迷惑とはこのことだ。
「まあ、あなたがどう思おうと出向は決定事項です。死ぬのが嫌なら別に確定事項でもないですし仕事を真面目にこなせばいいだけです…………まあ、息抜きだとでも思って行って来てください」
「分かりました」
既に決まっていることと上司が言うなら抵抗しても無駄だろう。承諾して私は自分のデスクへとさっさと戻る事にした。
「息抜き、ですか」
椅子に腰かけて上司の告げた言葉を呟く。言われてみればこの仕事についてからそう思えるようなことを一切してない気がする…………ならばいっそこの仕事は自分の好きなようにやってみるのもいいかもしれない。そう考えると不思議なものだ。どうせ失敗しても死ぬだけなのだと考えることが出来た。
私はなんだか気分が浮き上がってきた気がして出向先で出会う彼らの事を思い描いた。確か名前は蒼媛乃大神と神来奏多だっただろうか。
「楽しみですね」
どうおちょくってやろうかと私は笑みを浮かべた。