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プロローグ(2)

 私が今まで知らなかった真実として神様という存在は実在するらしい。そして観桜絢音みざくらあやねと名乗った彼女はそれに関わる政府の仕事を行っているのだと私に説明し、その上で改めて私にその職に就く気はないかと求めてきた。


 正直に言えばふざけるなと罵倒しても良かっただろう。けれど私は最悪な事に彼女に知らしめられてしまっていたのだ…………自身の才能を。それは自覚したが最後もはや忘れることなど出来そうもない代物で、それ以前に私が抱いていたささやかな未来への展望なんて簡単に打ち壊されてしまった。


 だから私に選択肢は無かったのだ。神に関わるその仕事とやらに知ってしまったその才能の何が役に立つかわからない…………けれどそこにしか私の居場所はないと思えた。


 そうでなかったら私にできることは多分世界を滅ぼすことくらいだっただろう。


「…………はあ」


 空いた時間にぼんやりと過去の事を想いかえして私はため息を吐いた。あの日以来私は人が変わったと周囲から言われるようになった。自分ではそんなつもりは無かったが指摘されれば納得してしまう材料はあった。


 少なくともあの日以来私の世界に対するものの見方は大きく変わってしまったのだ…………それが何の影響も与えないなんてありはしない。


「そろそろ、ですよね?」


 隣に立っていた同僚の男がどこか不安げな声で尋ねてくる。ここらは開けているとはいえ周囲は夜の闇に包まれた深い森だ。これからの仕事を考えれば明かりをつけるわけにもいかないから自分たちのいる場所も深い闇に包まれている。


 それは原始的な恐怖を呼び起こさせるには充分だが、彼の口調にじみ出ている不安はそれが原因ではないだろう。


「情報通りならもうすぐ来るはずです」


 答えながら私は懐から拳銃を取り出して握りしめる。すでに手に馴染んだそれは手元すらほとんど見えないような暗闇の中でもしっかりと感じられた。その動作だけでも同僚には伝わったのか息を呑むような反応が感じられる…………続けて同じように銃を握る音。


 確か彼が持っているのは私のような拳銃ではなくオートマチックのサブマシンガンだったはずだ。この暗闇の中では命中精度など普通は期待できないので悪い選択ではない。その分弾切れは冗談のように速いが…………予備の弾薬は十分だし、相手はそれほど物量のいる数でもない。


「あの、御守先輩」

「…………なんですか?」


 その口調だけですでに彼が尋ねようとしていることに察しはついていた。まだこの仕事について間もない彼には躊躇いがあるのだろう。答えるのも面倒だとは思うがそれは当然の事で彼を責めるようなことでもない…………そうと決めたら最初から割り切れた私の方がおかしいのだ。


「本当に殺す必要があるんでしょうか?」

「あります」


 予想通りの質問に私は即答した。


「確かにここに住まう神は最低のクソ野郎です」


 その点に関しては一切の弁護の余地はないし私にもするつもりはない。なぜならこの地に住まう神は人を殺す…………それも政府が許容するギリギリの人数を狙って、だ。


 しかしその被害がもたらす利益から許容できる範囲を超えない限り政府はその存在を許容するしかなく、かの神はそれをわかった上でやっているのだからクソ野郎以外に表現しようはない。


 しかもさらに最悪な事にこの神は自身が殺した人々の身内が復讐に来ると私達政府に対処させるのだ…………自衛の為ならその力を振るう事が許されているにも関わらず、だ。


 人間の同士討ちを上から目線で眺めて楽しんでいるのだから性根はとことん腐っている…………恐らくはその為に自分の所業に関する情報も流しているはずだ。そうでなくては公式には事故死とされているはずの犠牲者たちの身内がその神に殺されたと思うはずがない。


「ですが私達の仕事は国民を守る事ではありません…………国益を得ることです」


 国民を守るのは警察や自衛隊の仕事であって私達ではない。あくまで私達の仕事は神を適切に管理し国益を得ることだ。その点で言えばいかにここの神がクソ野郎であってそれを守る事は国益に適う…………そしてそれを害そうとする存在は紛れもない敵だ。例えそれが一般的に被害者遺族と呼ばれる同情すべき人達であったとしても、だ。


「ですので約定に従って私達は彼らを殺します。例え説得したところで彼らは考えを改めることは無いでしょうしね…………それが最良です」


 記憶処理という手段もあるがそれほど強い記憶に対しては確実とは言えない。だから確実を期すためにその命を奪う。それが正しいとは私は思わない。しかし大きな目で見た時にどちらにより利があるかだけははっきりしていた。


「俺達は地獄に落ちますね」

「でしょうね」


 善人を殺して悪逆な神を生かすのだから。しかしそのこと自体に後悔はない。そんな後悔を抱くようなら最初からこんな仕事を選びはしないのだから…………そしてそれは同僚であるこの後輩も同じだ。故に罪悪感を覚えながらもこの場を離れようとはしない。


「さて、来たようですね」


 私は視線を先の暗闇へと向ける。


 せめて速やかにその命を奪うとしよう。


                ◇


 観桜絢音から教えられた私の人殺しの才能は技術的なものではない。身体能力で言えば相変わらず私は常人以上で天才を超えない程度のものでしかなかった。なぜならその才能は運動能力に起因するものではなく超常の力によるものであるからだ。


 だがそれは別に手から炎が出せるとか空を飛べるとかそういうものではない。単に私が殺すと決めて行動すると相手が死ぬ…………それだけだ。相手がいかに防御を固めていようと関係は無い。

 いかなる状況下であっても私は相手の死という結果に辿り着くことが出来る。


 だから


 パンッ


 先の暗闇へと無造作に拳銃の引き金を引く。暗闇で狙いのつけようもない。その中で無数の木々は天然の防壁となって銃弾を遮るだろう…………だが私には確信があった。私の放った銃弾は確実にその向こうの相手の急所を撃ち抜いているだろう。


「大橋」


 名前を呼びながらさらに三発ほど暗闇に銃弾を叩きこむ。


「3時の方向に全弾ばら撒け。狙いはつけなくていい」

「は、はいっ!」


 緊張の籠った返事と共に彼はすぐにその指示を実行する。パラパラと豆をばら撒くような軽い音が連続して鳴り響く。その連発数に比例して口径の小さなサブマシンガンはその一発の殺傷力は低く、適当にばら撒いたところで皆殺しは難しい…………だが恐らく命中したその弾丸は急所を綺麗に撃ち抜いて相手を殺していることだろう。

 なぜなら彼の行った銃撃も私の指示という行動の結果によるものだからだ。


 そこに私の殺意が絡んでいるなら相手は死ぬ。


「…………止まりましたね」


 今ので襲撃者の半分以上は殺しただろう。相手もまさか森から姿を現す前にそんな被害が出るとは思っていなかったはずだ。


 普通に考えれば待ち伏せる側も相手が遮蔽物のある森から出るまでは待つ…………つまりは襲撃者側に開戦のタイミングを決める優位があるわけで、それがまさかこんな形で機先を潰されるなど想像できるはずもない。


「どう、しますか?」


 おずおずと大橋が尋ねてくる、どうするも何も殺すに決まっている…………しかし先ほどと状況が変わったのも確かだ。ここでさらに意気地を潰せば全員を仕留める前に逃げ出してしまうだろう。


「仕方ないですね…………こちらから突っ込みます」

「え!?」


 私の答えに大橋が驚いた声を上げる。わざわざ不利な状況に向かうと提案しているのだからそれも無理はない。


「心配しなくても行くのは私だけです。あなたは後詰めをお願いします」

「…………いいんですか?」


 不安げな返答には僅かな安堵が含まれていた。


「構いません、さすがにあなただと死ぬ可能性がありますしね」


 それは事実だ。


「それに人間相手に私が殺されることはないですし」


 だから私は躊躇い無く森へと足を踏み出した。


                ◇


 森に踏み入った瞬間に感じた気配は動揺だった。相手からすれば不意を突かれる危険の高い森にわざわざやって来るとは思っていなかったのだろう。しばらくは身を潜めて再度進撃するか退却するかを考える時間を得るつもりだったはずだ。


「この辺でしょうか」


 動揺する息遣いを感じた方向へと適当に銃弾を撃ち放つ。銃声に遅れて誰かが倒れるような音。確認はできないがする必要もなく死んでいるはずだ。


「ち、ちくしょうっ!」


 潜んでいても危険だと気付いたのか叫び声と共に何かを振りかぶる音。しかし私はその声に視線を向けることなく拳銃を握った手だけを向ける。引き金を引くと蛙が潰れたような呻き声と共にまた人が倒れる音が聞こえた。


「今度はこっちですかね」


 さらに足音の聞こえた方向へ銃弾を放つ。一発。二発。弾数と同じだけの人が倒れる音が聞こえた。


「えーっと…………こっちですかね」


 呟きながら次の銃弾を放とうと引き金を引く…………が、カチリと音がしただけで銃声はしない。当然銃弾も発射はされなかった。


「あら、弾切れですね」


 数えていなかったから気づかなかった。せめて森に入る前に残弾くらい確かめておくべきだったかと思う。仕方ないので私は予備の弾を取り出そうと懐を探った。


「う、動くなっ!」


 声と共に僅かな金属音。見やれば暗闇の中にぼんやりと壮年の男が見える。構えているのは猟銃のように見えた…………どうやら相手の方にも銃を持っている人間が居たらしい。


 それなのに今まで一発も撃てていないのは男に度胸が無かったからだろう…………まあ、人間相手にいきなり銃を撃てる方がおかしいとも言えるのだけど。


「撃ちたければどうぞ」


 私はつまらなさそうに男を見ながら懐から予備の銃弾を取り出した。私が使っているのは警官が持っているのと同じリボルバータイプだから一発ずつ装填しなくてはならない。その行動は間違いなく男を刺激するだろうが私は全く気にしなかった。


「動くなって言ってるんだっ!?」

「なら私は撃っていいと言っていますよ」


 怒鳴る男に溜め息を吐いて答える。


「お、俺はお前達とは違うっ! 簡単に人を殺すつもりはない!」

「そうですか」


 別に男の言い分に私は興味ない。冷静に拳銃に弾を込めていく。


「俺の目的は妻を殺したあの神をぶっ殺す事だけだっ!」


 なるほど妻の仇か。それならそれを邪魔して同士を殺した私も同じ対象として殺してしまってもいいだろうに…………半端に甘いのは目的達成に障害でしかないと言うのに。


「奇遇ですね、私もあのクソ神は殺してやりたいと思ってますよ」


 けれどそれに関しては本心なので同意する。許可と殺せるだけの力が自分にあれば間違いなく私はあの神を殺しているだろう。


「な、ならなんでお前はあの神を守ろうとするんだ!」

「仕事だからです」


 同僚に答えたのと同じ言葉を男にも返す。


「ふ、ふざけるなっ!」


 男が激昂する。


「別にふざけていませんよ」


 私は肩をすくめた。


「私は自分の才能を自分の意思では使わないと決めているんです」


 この言葉の意味は男にはわからないだろう。けれど私にとってそれは重要なことで、才能を見出されてしまった日から揺らぐ事の無い決意でもある。


 私は己の為にこの人殺しの才能を決して利用はしない。それを使う時には私は誰かの道具であることを自身に定めた。


 道具は使用者の命令に逆らう事などしない…………ただ淡々と目的を果たすだけだ。


「自分の為に使うとその内世界を滅ぼしちゃいそうですからね」


 くすりと私は微笑む。


「だから私は仕事としてあなたを殺します」


 言葉と共に装填の終えた拳銃を男へと向ける。


「っ!?」


 それに男は構えた猟銃の引き金を反射的に引いた。殺しへの忌避も命の危険に比べれば小さくなる。人の本能とはそういうものだ…………だが弾は発射されなかった。


 代わりに猟銃は暴発して銃口を破裂させ、無数の破片を男へと突き刺した。


「ぎゃあっ!?」


 悲鳴を上げて男が銃を手放し、顔を覆う。その手も多分血みどろになっているだろう。その光景を私は当然のことのように見つめていた。


 別に私が何かしたと言うわけではない。だが私は男を殺すことを決めている。それなのに私が死んだら男が死ぬことは無くなってしまう…………だから私も死ぬことがないというそれだけの話だ。

 それが今回のように暴発するのか、それとも単に銃弾が逸れるのか別の要素が働くのかまでは知らないが。


 パンッ


 苦しむ男に向けて銃弾を一発。それですぐに男は動かなくなった。


「ふう」


 私はため息を吐く。


「嫌な仕事ですね」


 それは心の底から本心だった。


 けれどこの仕事を変えるつもりは全くない。

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