八話 嫌われ者
「さて、必要な説明は終わりましたし後は具体的な仕事の説明ですかね」
「えと、悪い神様を守るために敵対者を排除するのでは?」
私がそう告げると奏多が首を傾げる。確かにそれは今しがた説明した通りの事だ。
「ああ、少しいい方が悪かったですね。つまりは勤務形態の話です」
私が言いたかったのはその仕事が具体的にどう行われていくのかという話だ。
「この仕事は形式上日勤となっていますが実務…………つまりは神を守る仕事というのは基本的に不定期に入って来る仕事です」
通常の仕事のように決まった時間に行えるようなものではない。
「それは確かにそうですね」
奏多が頷く。
「ですので基本的には仕事が割り振られるまでは待機です。その間なにをしていても自由ですし、そもそも出勤せずに自宅で待機していても構いません…………もちろん連絡だけはいつでも受けられるようにしておく必要はありますが」
もちろん待機していても給料は発生する。その代わり立て続けに仕事が続いても給料が割り増しになることは無いが、元々高額の給与ではあるし連続するような仕事は滅多にない。
「極端な話ですが仕事を割り振られていないのなら旅行に行っていても構いません…………流石にすぐ戻れないような海外だと事前に申請が必要ですけどね」
「それ、お仕事としていいんですか?」
「むしろ推奨してるくらいですよ」
奏多の疑問はもっともだが実情としては逆なのだ。
「なにぶん仕事で特大のストレスを溜めることになりますからね、待機中は全力でストレスを解消することが求められますからその辺りの補助は手厚いですよ…………例えば旅行中に仕事が入って中断になってもその費用は全て補償されますし、申請すれば経費として認められることも多い」
「はー」
驚くような呆れるような表情を奏多は浮かべる。
「言っておきますが高待遇と思わないことです」
それだけやってもなお離職率は高いのだから。
「そう、ですよね…………私としてはお仕事たくさんの方が嬉しいですし」
「…………そういう意味ではないのですが」
逸材過ぎて本当に不安になる娘だと思う…………とはいえそれもまずは初仕事をさせてみないことにはわからない。散々気勢を吐いた上に初仕事で仕事を止めることになったなんて例は枚挙に厭わないのだ。
「いずれにせよあなたにはまず近いうちに仕事を一つこなしてもらいます…………ちょうどいいものがないか室長に尋ねてみることにしましょう」
「はい!」
元気よく頷く奏多に、私は溜息を吐いた。
◇
「それでしたらちょうどいい仕事がありますよ」
上司の下にやって来ると用意していたように彼女はファイルを差し出してくる…………というか用意していたのだろう。初仕事でのショックは新人の通過儀礼だがそれが最低限であるに越したことはない。差し迫った内容でもない限りはちょうどいい仕事を奏多の為に取っておくことは可能だろう。
「確かにちょうど良さそうな案件ですね」
ファイルの中身にざっと目を通して私も同意する。排除対象は何の力も持たない一般人で時間的な猶予もそこそこあった。居住は集落から外れた僻地で目撃者に気を遣う必要も無く、日のほとんどは家に居るようだから時間も好きに選べる…………そして人付き合いに難はあるものの清廉潔白な善人にしてまごうことなき神の犠牲者。
「飛行機の手配はしておきますから明日にでも現地へ飛んでください。その後の行動はあなたに任せますが後始末の連絡はいつも通り早めにお願いしますよ」
「わかりました」
私は上司に頷くと奏多へと視線を向ける。
「そういうことですから今日中に出張の準備をしておいてください。荷物はそうですね…………とりあえずは一泊する程度で構いません」
滞在期間が延びるようなら足りないものはその都度購入すればいいだけだ。
「あ、はい。それじゃあこの後は?」
「帰って準備で構いませんよ」
最初に説明した通りこの仕事に実務以外の業務は無い。もちろん実務を終えた後なら報告書の提出などの事務作業もあるが、現状実務を行っていない奏多にはすることがない…………というより仕事の予定が入ったのなら今はその準備期間と考えるべきであり、家に戻ってその準備を行うのも立派な業務だ。
「あの、でも準備ってそんなに時間が掛からないです」
「まあ、そうですね」
まだ昼前というにも早い時間だ。今から帰って出張の準備をしたところで昼前には終わる事だろう。空いた時間は好きに過ごせばいいと言いたいところだが、初出勤と気張ってやって来てみたら少し話を聞いただけで帰っていいと言われれば戸惑う気持ちもわかる。
「地下には訓練場がありますから自主訓練でもしていきますか?」
私は使ったことがないが彼女であれば何か斬ることで気晴らしにはなるだろう。訓練場は様々な力の使い手に対応できるよう中々凝った作りになっていたはずだ。
「えと、それは興味ありますけど…………」
言い淀む奏多に私は眉をひそめる。
「他に時間を潰せそうなのは資料室くらいですが」
「あの、そういうのじゃなくてですね」
「なんです?」
「他の職員の方の紹介とかはしてもらえないんですか?」
「…………ああ」
確かにこれが普通の会社であれば朝礼などで皆に紹介することもあるだろう。しかし今のところ奏多が知っているのは私と上司くらいのものだ。ちらりと上司に視線を向けると彼女は肩を竦めて今しがた私達のやって来た小会議室のある方を指さす。
「わかりました、ちょっと戻りましょう」
私は溜息を吐いて奏多を促し、小会議室へと足を向けた。
◇
「さて奏多、この仕事は基本的に人手不足です」
先ほどまでいた部屋に戻って早々に私は口を開いた。
「その理由は言うまでもないですが、単純にこの仕事に適性のある人間が少ないのと離職率が非常に高いからです」
人員の補充そのものが難しいうえに、補充した端から職員が辞めていくのでは人手が足りるはずもない。
「つまり必要がない限り仕事に当たる人員は必要最低限です」
今回のように新人研修を兼ねている場合か、単独では困難と判断されない限りは基本的に一人で仕事を終わらせる必要がある。
「しばらくは奏多にも私が付き添いますが、一人前と判断されれば仕事には単独で挑むことになります」
「それはわかりましたけど…………」
奏多は納得しきれない表情を浮かべていた。
「それって私を他の皆さんに紹介しない理由にはなってませんよね?」
「まあ、そうですね」
現場で一緒になる事が少なくとも省内での待機や訓練場で顔を合わせる機会はある。むしろ仕事で一緒になる機会が少ないからこそ待機中に交流を持っておくことが望ましい。少ないとはいえ協力して仕事に当たることはあるわけで、連携をうまくやる事を考えれば初対面でない方がいいに決まっているのだ。
「…………出来ればもう少し慣れてから教えたかったのですが」
初出勤で早々に奏多を帰そうとした私ではあるが、全く配慮してないわけではない。それでも本人が知りたがっている以上は黙っている理由もないだろう。
「奏多、私は他の職員からは嫌われています」
「えっ」
いきなりそんな告白をされると思わなかったのか奏多が困惑の表情を浮かべる。
「念のために言っておきますが私の性格が悪いからとかそういう話ではないですよ」
人に好かれる性格であるとも私は思っていないが。
「それなら、なんで…………」
「私がここの職員…………正確には元職員を一番殺しているからです」
元とはいえ同僚を殺し、さらには自分を殺すかもしれない相手を嫌わない理由は無い。
「理由が、あるんですよね?」
「当然です」
そうでなければ私はただの殺人鬼だ。
「先ほども説明しましたがこの仕事の離職率は高い…………ですがただ辞めるだけなら問題は無いんです。守秘義務と引き換えにそれなりに高額な退職金が出ますからそれで新しい人生を謳歌してくれればいい…………しかし離職した職員は結構な割合で私達の仕事の対象になります」
つまりは神に仇名す存在となる。
「まあ、その理由なんて明白で全ては神がクソであるせいなんですが」
離職するのもその後に義憤で行動を起こすのも全てはそれが理由だ。
「とはいえどんな理由があっても神に仇名す存在を討つのが私達の仕事です。問題はその対象が元職員である場合は一般人より遥かに難易度が高くなることです」
この仕事に就いている人間は概ね特異な力を持っていることが多い。その上こちらの内情を知っているので追い詰めるのも容易くないし、見知った職員であれば殺害には躊躇する…………なにせ一般的な大義名分があるのは元職員のほうだ。
「その点私であれば排除は確実ですし躊躇もありませんから」
必然的にその仕事が回って来るというわけだ。上司もその事には苦慮しているようには感じられるが、元職員の反逆は可能な限り早く潰す必要がある…………そうなると結局は私に任せるしかなくなるのだ。
「そしてその役割があなたにも求められている…………私が教育係に選ばれたのはそれが理由の一つですよ」
基本的に私にあてがわれる新人は概ねそういった手合いだ。大橋の場合も直接的な殺傷能力はなくとも反逆した元職員を追跡する役割を担うのはほぼ確定だったので、私に新人教育が回って来たわけである。
「つまり私もすでに同じ目で見られてるという事ですか?」
「まあ、そういう事です」
いつか自分を殺す役割を担うかもしれない相手と仲良くしたいと思う人間は少ない。
「あの、一つ疑問なんですけど」
「なんですか」
「その、離職される職員の方が多いのって…………その人たちが良心の呵責に耐えられなかったり義憤に駆られたりするからってことですよね?」
「その通りです」
あえて口にする必要もないかと思って省いたことだが、尋ねられたので私は頷く。
「ええと、私が言うのもなんですけど…………そう言った普通の感性を持った人じゃなくて元々人を殺すのが好きな人たちとかを雇うわけにはいかなかったんですか?」
一般的な常識と感性を持ち合わせているから心を病んだり義憤に駆られる…………それは実にもっともな意見だし正しい疑問だろう。
「つまりは快楽殺人者などを雇えと?」
「そう…………なるんでしょうか」
しかし具体的な例を出されると旭も言い淀む。非公開とは言え国家組織にそんな犯罪者を雇うのもどうかと思ってしまったのだろう…………実際やっている事だけを見れば私達も違わないが、一般的な常識や感性を持ち合わせていないというのは容易に必要以上の殺しを行い暴走する可能性も秘めている。
「まあ、今のは極端な例ですね…………現実的なラインだと人殺しを完全にビジネスとして扱える傭兵などを雇うという手はあります」
報酬を支払っている間は雇い主に忠実であり必要以上の仕事はしない。もちろんそれは傭兵という括りで見ても理想的な例だろうが探せばいないわけではないだろう。
「それなら」
「ですがそれでは駄目なんですよ」
そう、駄目なのだ…………機械的に神の敵を排除するだけでは。
「なんでですか?」
「それをこの場で説明するのは簡単ですが」
私はその先を今話すつもりは無かった。
「それはあなたが初仕事を終えた後に話すとしましょう」
その方が、きっと彼方の心には深く刻み込まれるであろうがゆえに。




