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御守綾瀬のこれじゃない人生  作者: 火海坂猫


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七話 神々

「とりあえずあなたの立ち位置はわかりました。もう一つ確認することはありますがそれは業務内容を説明してからの方がいいでしょう」

「はい」


 私の言葉に奏多は素直に頷く。一般的な感性を持った狂人。私自身も含めてだが一体どうやってこんな人間をピンポイントで見つけて来るのだろうか。


「さて、ではまずは神について説明するとしましょうか」


 全てはそこからだ。


「あなたは神についてどのくらい聞いていますか?」

「えっと、神様が実在することくらいしか」

「なるほど」


 ほぼ説明されていないらしい…………まあ、あれを様付けしている時点で予想していた事ではあるが。


「ではまず神とはなんであるかから話しましょう…………神とは世界そのものの分身のような物です」

「分身、ですか?」

「ええ、遠い昔…………というか、今でも起こり得る事らしいですが私達の見ている物理的な側面ではないその裏側、世界を構成するシステムとでもいうべきものからその一部が剥がれ落ちる事があるらしいです」

「はあ」


 呆けたように奏多が相槌を打つ。納得できないというよりはいきなり話が壮大になって実感が湧かないという表情だった…………正直この辺りの話は私も実感があるわけではない。しかし神は確かに存在しているのだからそういうものだと納得するしかない。


「しかし剥がれ落ちたそれはそのままでは莫大な力の塊でしかなく、放っておけばいずれ消散して世界に還元されるだけのものでした」


 なので私はそのまま話を続ける。


「それを人が観測し、力の方向性を与えたことで形作られたのが神という存在です」

「えっ」


 驚いたように奏多が私を見る。


「神様って人間が生み出したってことですか?」

「生み出したわけではなく生まれるきっかけを与えたというところですね」


 かつて降り注ぐ雷雨の中で怯えて空を見上げた人の内の誰かがそこに巨大な人の影を見出した。それはただそこに存在するだけで雷雨を誘発した莫大な力の塊に方向性を与え、やがてそれは見出された影に見合った形を持った雷神となった…………それが例えば火山の噴火の中で見出されたものであれば火の神とでもなったことだろう。


「そんな風に遠い昔に人は様々な場所で神を見出したようです」


 全く面倒な事をしてくれたものだと現代の私は思う。彼らが神なんて存在を観測しなかったなら私もこんな仕事をしなくて済んだことだろうに。


「それで今しがた話した通り神は世界の一部から生まれたものであり莫大な力の塊です。見出された方向性によって使える力の制限はあるようですが、概ね神と聞いて想像するような力を彼らは持っています」


 神々にとって世界を動かすのは自分の手足を動かすようなものだ。人が長い年月をかけて発展させた技術を駆使してようやく引き起こせるような現象を、彼らは何の労力もかけずに引き起こす。


「そんな圧倒的な力を持つ神々に私達の先祖はすぐに支配されることになったわけです」

「え、支配…………ですか? 導くとかじゃなくて」


 まあ、一般的な神のイメージを持っているならそう思うことだろう。


「支配です、それも恐怖によるね」

「な、なんでですか!?」

「それが手っ取り早かったからでしょう」


 実際のところは神当人に聞いてみないとわからないが、概ねその解釈で間違いないと私は思っている。圧倒的な力を持つ強者が見知らぬ弱者に配慮する必要などどこにもないのだ。


「先ほど話した通り神は人の観測によって生まれた存在です。それは我々のように肉体という器を持って生まれた存在ではないということ…………つまり肉体という確固とした拠り所のない不安定な存在なんです」


 肉体があるというのは実はそれだけでその存在を確かなものにしている。対して神というのは元々が実体のなかった存在だ。世界から剥がれ落ちた力の塊が人の観測によって神という形の殻を手に入れた存在でしかない。


「そんなわけで神と言う存在は人からの観測…………言い換えるなら信仰が途絶えて忘れ去れるとやがて形を失って消散します。つまり彼らは神としての存在を保つために私たち人間から信仰を集める必要がありました」

「それなら別に恐怖じゃなくても…………」

「言ったでしょう、手っ取り早いって」


 結局はそれなのだ。


「切沼さん」

「あ、奏多でいいです!」

「では奏多、あなたが初対面の相手に一生忘れられない印象を抱かせなくてはならないとしたらどうしますか?」

「初対面で、ですか?」

「ええ、それも出来るだけ短い時間で」

「と、とりあえず話します」


 無難で面白みも無く確実性もまるでない答えを奏多は口にする。確かにまあ可能性はゼロではないがそれには相手の心の深い部分を引き出すよっぽどの話術が必要だろう。少なくとも目の前の彼女にそんな話術があるようには見えない。


「それで相手は一生あなたを忘れませんか?」

「…………無理だと思います」


 流石に奏多も自分なら出来るとは言わなかった。正直でよろしい…………では答え合わせとしましょう。


「正攻法で考えるから駄目なんですよ…………私ならそうですね、とりあえず相手の右腕を斬り落とします」

「!?」


 驚きに奏多が目を丸くする。


「そ、それは楽しそうですけどいいんですか!?」

「自分の右腕を斬り落とした相手のことは一生忘れられないでしょう? 別に右腕じゃなくても目とか足とかでもいいですけどね…………なんなら家族を目の前で殺すとかでも構いません」


 相手が自分を強く認識し続けるならそれでいいのだから。


「人を良い方向へ導くというのは確かに理想的でしょうが、時間はかかるし必ずしも強い印象を抱かれるとは限りません…………人間というものは恩恵を受け続けるとそれが当たり前となって感謝を忘れる生き物ですしね」


 その点恐怖というのはわかりやすくて強烈だ。痛めつけて恐怖の対象になるだけで信頼を築くよりも簡単に相手の意識へとその存在が刻み込まれる。


「付け加えるなら強大な力を持った神は初手から人間を見下していました…………自分が見下している相手の機嫌を取ろうなんて普通考えないでしょう?」

「それは…………はい」


 諦めたように奏多も頷く。


「まあ、そんな理由もあって遠い昔に生まれた神々に人類は恐怖によって支配されるようなりました…………そしてその恐怖は厄介なことに加速していきました」


 最初は恐怖でも共に過ごすうちに神が人に思い入れを抱くようになればもっとマシな未来があっただろう…………だが残念ながらそうはならなかった。


「先ほど説明した通り神は人の観測によって形作られた存在です…………つまり人の認識による影響を受けやすい」

「それって…………」

「ええ、人から恐れられることによって神はより恐れられる存在へと変わっていきました」


 つまりはより冷酷でより残忍に、人を更に苦しめて恐怖を与える存在へと変わっていったのだ…………それは最悪の悪循環。膨れ上がった恐怖はさらに神を邪悪へと変貌させる。


「そしてまあそんなことが続けば流石に人間も反旗を翻します」


 もちろんそれは勝算の無い反乱だっただろう。現在ならともかく当時の文明レベルでは精々鉄の剣を鍛えられる程度…………そんなもので神に抗えるわけもない。


 しかしそれでも戦いを挑むしか当時の人間には選択肢が無かったのだ。座して確実な破滅を待つよりも動いて新たな可能性が生まれることに当時の人々は賭けたのだろう。


「しかし当然ですが人間は蹂躙されます」


 元より敵う存在ではないのだ。


「けれどある時人間の中から神殺しと呼ばれる一族が生まれます。彼らは神を殺すことのできる力を持っており劣勢に立たされていた状況を一気に巻き返します」

「おお!」


 ようやく話に希望が出てきて奏多が目を輝かせる。しかし悲しいかなその希望は私達の取り締まる対象でもあったりする…………まあ、今は関係ない話だが。


「そのままこれまでの恨みを晴らせとばかりに神殺しと人々は神を討伐していきますが、次第に世界そのものに異変が起こるようになりました。神というのは世界の一部であり分身のようなものと最初に説明しましたが、それを殺すというのは世界そのものを損なう行為だったわけです」


 実を言えばただ倒すだけなら神は消散して世界に還元されるだけのはずだった。しかし神の存在を許さぬ神殺しの力は世界への還元すら許さず消し去ってしまう。その力は間違いなく人類にとって希望ではあったが…………いささかオーバーキル過ぎたらしい。


「神を殺し過ぎると世界のバランスが崩れて崩壊の危機を招く…………それに気づいた時点でもはや世界は天変地異がそこら中で起こるような状況で、これ以上神との戦いを続けるわけにはいかなくなってしまいました」


 とはいえそれで困るのは神も同じ…………世界が崩壊すれば神も滅ぶ。けれどそれを盾にして神が支配しようとすれば人間は自滅も厭わず神を滅ぼすくらいには覚悟があった。


「結果として人は神と和平を結ぶことになりました。神は世界のバランスを維持し人に加護をもたらす代わりに、人は神を祀りその存在を維持する契約を結んだわけです…………と、ここまで聞いて神に対する印象はどうです?」


 話に区切りがついたところで私は尋ねる。


「えっと、私たち人間に対していい印象は抱いてなさそうだなって」

「その百倍は人間を恨んでると思ってください」

「え」

「信仰が続く限り神は不滅の存在ですからね。時間が全てを解決するどころか自分達の待遇に不満を抱き続けて昔以上に人間を嫌ってますよ」


 人間は時間とともに感情は色褪せる事が多いが、神は不滅であるがゆえに過去に抱いた恨みを鮮明なままに抱き続ける…………そこに現状の不満が積み重なっていくのだ。


「契約の範囲内で神は人に加護を与えますが、契約に反しない限りは全力で人を害そうとするのが神という存在です」


 そして残念ながら人と神の結んだ契約は完全に人の死を防ぐものではない。


「つまり私達の保護対象である神は人間に対して悪意を持ったクソ野郎共です…………そしてあなたが斬るのはそんな神の被害者となった身内や友人の仇を討とうとする人々になるわけです」


 だが結果としてそれが国益をもたらす…………神は契約に基づいて確実にその犠牲者以上の人々を救ってはいるのだから。


「一般的な観念からすれば悪しきを守り、善意を挫くというのがこの仕事です」


 つまるところ一般的には悪と取られるような仕事だ。国家の運営が万人の正義ではないことを図らずとも象徴する仕事も言える。


「先ほど話した神殺しの一族など要注意の監視対象ですよ」


 神と人との戦争を終わらせた英雄ではあるが、彼らが義憤に駆られて神を殺せば契約違反になるし世界のバランスが再び崩れる危険もある。


「とまあ、私達の仕事の成り立ちと内容の概ねはこんなところです」


 もちろん細かい話はいくらでもあるが概要としては大を生かすために悪神を守り小である無辜の人々を切り捨てる仕事で相違ない…………結局はそれを受け入れられるかどうかであり受け入れられないならそこまでの話だ。


「引き返すなら今の内ですよ」


 短期であれば記憶を消す力を持った人間も組織にはいる。長期でも消せないことは無いらしいがその場合は人格やその他の記憶に甚大な影響が出る可能性もあるらしい…………だから穏便にこちらと縁を斬れるのは今が最後のチャンスだった。


「あの、先輩」

「なんです?」

「神殺しっていうのは、斬りごたえがあるのでしょうか?」


 彼女には引き返すという選択肢は無く、ただそれだけが気になったらしい。


「本当に、逸材ですね」


 忌々しいほどに。


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