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プロローグ

 幼い頃の自分は何でもできた。何かを始めれば他より上達は早かったし、すぐに習熟することが出来た。それは学力だけでなく運動も含めた全般の事で、そんな幼い私を周囲はこぞって神童だと持てはやした。


 それが違うと気付いたのは中学に上がった頃だろうか。相変わらず私は何事もそつなくこなすことが出来たが、そのどれもが一定のレベルを超えることのないことに私は気づいてしまったのだ。


 私は大抵の事を常人よりうまくこなすことが出来る…………けれどそれに特化した天才たちを超えるだけの能力は無い。つまるところ私は器用貧乏であって天才ではなかった。私の才能はどれも天才と呼べるほど飛び抜けた場所には届かないのだ。


 それに気づいた最初は少し絶望もした。けれどすぐに考えを改めた。別に天才でなくとも幸せになる事は出来る。好きこそものの上手なれ。別に才能がなくとも好きなことを突き詰めてやっていけばいいのだ…………そうすれば時にはそれが才能を上回る事もあるだろう。


 幸いにして自分にはいかなる物事に対しても下地となるだけの才能はある。好きなことはこれから探していけばいいのだと希望を持つことにした。


 再び私が絶望したのは高校も三年になった頃だった。もう将来の進路を決めなくてはいけない頃合いになっても私は自分の好きなものなりたいものが浮かばないでいた。相変わらず私は何でもそつなくこなせたが…………そのせいでそのどれにも差が付かなかった。


 思い入れというのは概ね他のものとの差が生まれることからできる。得意なものが好きなものとイコールであることが多い要因だろう。時には出来ないからこそむきになってのめり込むという事だってある…………つまるところ数年前に決意した私の考えが甘かったのだ。


 そんな私を救ったのは友人の何気ない一言だった。


「綾瀬って人にもの教えるの上手だよね」


 彼女にとっては軽いお世辞だったのだろうが私には大きな転機だった。確かに私は人に物事を教えるのが得意だ。器用貧乏な私はその分色々な角度から物事を見るごとができ、それを噛み砕いて説明することに長けていた。


 確かに私には天才と呼べるほどの才能はない。しかし誰かの才能を導き伸ばすに足る能力はある…………そして私ならどんな分野の生徒にだって対応できる。


 私は結局自分の好きなものを見つけることはできなかった。相変わらず何をしてもそつなくこなせるが飛び抜けた才能は見つからない…………だからその代わりに才能ある子供達の才能を伸ばし、好きなものを見つける手伝いをする。


 自分が出来なかったことの代替行為と言えばそれまでだろう。


 だけどそれは多分悪くない選択肢のように私には思えたのだ。


                ◇


 幸いにして急に決めた進路でもそれを選択できるだけの学力が自分にはあった。まずは身の丈に合った大学に入って教職の道へ進む。小中高のどの教師になるかはまだ決めていなかったがそれはゆっくりと決めればいいことだ。


 けれどまずはその門出、大学の合格を確認したその帰りに…………最悪の転機はやって来た。


「どうも初めまして、わたくし政府職員をしております観桜絢音みざくらあやねと申します」


 彼女が現れたのは親や友人への合格の報告も済ませて帰ろうとしていたところだった。発表場所の喧騒から遠く離れた塀の向こうの小道、そこで待ち受けるようにおっとりとした女性が立っていたのだ。


 政府職員。そう名乗った割にはスーツも着ておらず何故だか着物を羽織っている。確かにそのほうが女性のその長い黒髪には似合ってはいるが、その職業の持つイメージとしては全く合っていない。


 そもそも政府職員と言うのもざっくばらん過ぎだ。政府機関のどこを生業としてるのかそれではイメージが湧かない。


「えっと、私に何か御用ですか?」


 だから私の態度に自然と警戒が浮かんでいたのは無理ないことだと思う。膝も僅かに緩ませていつでも走り出せるような体勢を取る…………大学も合格してこれからだと言うのに人生台無しになるようなことがあっても困る。


「あ、警戒しないでください。怪しい者ではありませんから」


 温和な笑みを浮かべて女性が微笑む。その手のセリフは自分で口にしても意味がないのだが目の前の女性はそれをわかっているのだろうかと思う。


「本日はあなたをスカウトに参りました」

「…………はあ?」


 続けて女性の口にした言葉に思わず怪訝な声が出る。


「それ、どういうことですか?」


 目の前の女性は芸能事務所ではなく政府職員を名乗ったはずだ。なんの仕事かはわからないが政府関係であるというのなら公務員だろう。公務員なら相応の試験があるはずでそれをスカウトするなんていう話はおかしいように思える。


「どういう事も何も言葉通りのスカウトです」


 女性は答えになってない言葉を返す。


「何の、ですか?」


 まずはっきりさせるべきはそこだ。


「それに答える前に一つテストをさせてください」

「…………テスト?」


 頼んでもないのにスカウトに来たと現れて、さらには人を試そうなんてさすがに理不尽ではないだろうか。


「すぐすみますよ」


 にっこりと女性が微笑む。


「あの、私帰りますから」


 さすがに付き合っていられない。今日は大学の合格を喜び家族や友人から祝われる良い一日になるはずだったのだ…………その出鼻を潰された感じで気分が悪い。


「まあそう言わずに」

「!?」


 帰ろうとした足を思わず止めてしまったのは引き止めた女性の手にいつの間にか拳銃が握られていたからだ。ここは日本だ。本物であるはずがないと思う…………けれどそうでなかったらという可能性は完全に消えては無くならない。


 そして無くならない以上それは仮に偽物であるとしても今は本物と変わらない威圧感を持っている。


「逃げるなら撃ちます」


 そして女性は言葉でその効果をさらに高める。


「何が、目的ですか?」

「だからスカウトとそのテストですよ」

「…………」


 銃という凶器を突き付けながらも女性の口調は一定して平坦だ。それは仮にこの女性が狂人であっても冷静であることを伝えてきて、逃げる隙を見出すことが出来そうもない。女性の真意が何であれ今は従うしかなさそうだ。


「ではテストです」


 沈黙を納得と判断したのか女性が告げる。


「あなたは今、私を殺せますか?」

「…………は?」

 この人は何を言っているのだろうと私は思った。状況的に圧倒的な優位に目の前の女性はいる。私が何をしようとしたところでその引き金を引く方が圧倒的に早い。そんなことは聞くまでもないほど明らかな事だった…………だがどうなのだろう?


 生来の生真面目な気質からなのか私は反射的にそれが可能かどうかを思索していた。そしてその答えは驚くほど簡単に心に浮かび出る。


「どうですか?」

「殺せます、けど」


 促されて私は思わず浮かんだ答えを口にしていた。


「え?」


 そして自分でその答えに驚いてしまう。しかし一度出たその答えは驚くほどしっくりと胸の中に染みわたる…………殺せる。例え現状で拳銃という凶器が相手にあり状況が限りなく不利であっても、私がそうと決めたなら相手の女性を殺せるだろう。


「合格です」


 戸惑う私に女性はそう告げて拳銃をしまった。


「あなたには人殺しの才能が有りますよ」


 そして女性は温和に私に微笑みながら今しがた明らかになった事実を口にする。


 それは私が過去に最も望んだものでありながら…………今はまるで嬉しくない代物だった。

過去に刊行して頂いた拙作を書く際にキャラの設定を膨らませようと個人的に書いた短編が元ネタです。拙作を呼んでなくても問題ない内容だけどこの話だけだと続き書いてても救いが出て来ねえ(´・ω・`)

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