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空と蛍

作者: 銅座 陽助

からとほたる

 真っ白な。地平の果てまで真っ白な空間に、二人の人間が居る。


 一人は白い人。一糸纏わぬ裸体を地面に投げ出し、長い白髪を網の様に散らしている。

 一人は黄色い人。茶色いコートを着込んで、頭上には円環。何よりその眼は一つきり。


 ぼんやりとして、自我があるのかも定かではない白に、黄色が語り掛ける。

 「おはよう。魔王様」

 白は答えない。その代わりに、焦点の定まらぬ虚ろな眼を黄色に向けた。純粋無垢ともとれるその姿は、泣き叫んでこそいないが、今まさに産まれたばかりの赤子の様であるようにも感じられた。

 黄色は白のその様子を見て、満足そうに頷くと、笑顔で言葉を紡ぎ始めた。それは幼子に語り掛けるような、よくある御伽噺のような、そんな物語だった。


 「旅の果て。勇者らは助言者に従い、伝説の武器を手にした」

 黄色が一瞥する。そこには己を改変し続ける何かが在った。


 「勇者らが魔王の城に乗り込もうとしたその時、魔王の腹心が行く手を阻む」

 黄色が一瞥する。そこには玉虫色に泡立つ時空間が在った。


 「助言者は自ら足止め役を名乗り出で、勇者らは遂に魔王の居城に至る」

 黄色が一瞥する。そこには断ち切られた縄と扉とが在った。


 「玉座にて対峙した魔王へと、一振りの刃が突き立てられる」

 黄色が一瞥する。そこには異様な存在感を放つ刃が在った。


 「斯くして魔王は討たれ、世界は平和になりました」

 黄色が白を見る。白は項垂れたまま、黙ってそれを聴いている。


 「人々は絶え間ない争い、終わらない闘いから解放され、平和に暮らしましたとさ」

 そこまで、黄色が言った。なおも白は動かない。


 ……しばしの、沈黙があった。

 黄色は笑顔を顔に張り付けたまま、白の目の前にしゃがみ込むと、侮蔑を込めた声でこう言った。


 「嗚呼! 嗚呼! 全く素晴らしいエンターテイメントじゃあないか!」


 「魔王を殺してハッピーエンド! なにもかもが元通り!」


 「空っぽの玉座に座るものも、くたびれた城に居つくものも居ない!」


 「おめでとう人間! 邪悪は打ち倒されました! これでもう、悲劇は此処に起こらない!」


 なおも、白は動かない。

 その様子を見て黄色は表情を消し、立ち上がると踵を返し数歩歩いて、止まった。


 「なぁ魔王。君は知らないだろうが」

 黄色は先程とは違い、再度言って聞かせるような声で語り始め、一度口を噤む。そうして、何かを諦めたかのような表情をすると、優しく、それでいて間断なく言葉を発する。

 「いや、知ってはいるだろうが、ただそれは()()()()()()()だろう。世界には、蛍という生き物が居る。なぁに、この地球に幾千幾万幾億と居る生命体の一つだ。」「蛍の雄は生殖のため、或いは外敵に対抗するため、その身の一部を光らせる機能を有している」「あの町が、緋紗町があるのは、日本という国だったか。その文化圏の人間には、その蛍の光る様子をみて愉しむ、という娯楽がある」「面白いだろう」「蛍にとってはまさしく生命の為で、自分の為で、種族の為だというのに。全く関係のない別生物は、その様子を見て娯楽として消費する」「何も蛍に限ったことではない。そのほかの生き物も、人間にとっては多くが娯楽と興味との対象だ」「その生き物がどうしてそうしているのか。それを求めるものも一定数居るが、大多数にとっては興味が無い」「そしてそれも好奇心によるものでしかない」「多くの人間にとって、他の生き物というのは、自らの好奇心や嗜虐心、独占欲に庇護欲、金銭欲を満たす道具に過ぎない」「他の生き物といったが、別に人間以外でなくとも、また同じ人間を含むこともある」


要は。そこで黄色は白の方を振り返った。

「生き物ってのは、物質的にしろ精神的にしろ、自分以外を消費しているというわけだ」


 もう一度、黄色は白に歩み寄る。今度は屈みこまない。立ったままの黄色が、這いつくばったままの白を、真上から見下す形になる。

 「つまり、そういう意味であらゆる生命は娯楽なのだから、今更我々全員が被造物で、他者にとっての娯楽で。その言行に、思考に、我々を娯楽として消費する上位存在の意思が介入しているとしても、何も問題はない。とも言える」

 白が顔を上げ、動こうとして、崩れた。その様子は、まるで新しい機械の操縦に慣れていないような、酷くたどたどしい動きであるが故の遅滞によるものに見えた。黄色が続ける。


 「君は人間の上位者だった。これから君は、存在を一つ落とすことになる。人の上に君が居たように、君の上に僕が置かれたように、僕の上に僕らの創造主が居るように、またその上にも、更にその上にも同様の者が居るように。その段階が一つ下がるだけだ」

 白はその身体を操るのに苦戦しているようだった。口が開き、声とはとても取れないような、ただ息が漏れる音が鳴る。


 「下位の存在は上位によって定義され、上位はさらに上位によって定義される。例外こそあれ、それが基本構造だ」

 白の口から漏れ出る息が、徐々に声の体裁を成していく。


 「その例外というのは、例えば君たちの上位に置かれるよう、僕らの創造主の代行者として生み出された僕であったり」

 或いは、と、黄色は()()()を見る。


 「僕らの創造主の代弁者としての役割と名前を背負わされた、哀れな小説家崩れの人間であったり、なわけだけれど」

 黄色は再度、白を見る。

 白は震える脚でもって、片方ずつ、立ち上がっていく。


 「此処で肝心なのは」

 白は遂に立ち上がり、黄色を見据えた。

 心情の読み取れぬ単眼と、虚ろな双眸が交錯する。


 「魔王、君の存在定義は、君の上位者たる僕が行えるということだ」

 瞬間、白が立っていた床が崩れた。顕わになった藤色の奔流の中へ、白が堕ちていく。


 床の淵で、ただ深く落下していく白に、黄色が呼びかける。


 「だからこそ、僕は君を定義しよう。君に呪い(プレゼント)を、存在(新しい命)を贈ろう」

 堕ちていく白の鼓膜に、不思議とその声がはっきりと届く。


 「報復の花言葉、無色透明たる君に、名前を」

 視界と思考が紫に塗り潰される刹那、それは定められた。


 「誕生日おめでとう(ハッピーバースデイ)阿左美(あざみ) (とおる)

 



 白は紫色(しいろ)に融解し、影も見えない穴の淵。

 黄色は独り、虚空にぽつりと呟いた。

 ――それじゃあ魔王様、良き「人生」を。

 ――空虚な町の只中で、その運命の輝かんことを。


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