第17話 導火線に【火】が付くように
「結局、あれ以来チャンスもなくなって今日はノルマ達成ならず――か。そんなんで俺らの仲間になれると思ってんのか?」
川崎先輩がため息をつく。
練習を再開はしたが、二度目の三角跳びなんて通用するわけもなく、結局は放課後の下校時刻というタイムリミットが先に来てしまった。
「わかったことはあるわ。本多君は決定的なときに、常に自分の背後、いいえ……一番無防備な部分に意識が入ってる。それが大切なときに躊躇を生み、結果が出てないようね」
鈴木先輩は僕の負けを冷静に分析する。
どうやら僕がわざと手を抜いていたり、やる気がないということはわかってもらえているようだが、ことはそれ以上に深刻だった。
「これは本多君の決定的な弱点になりかねないわ。早めに直したほうがいいんだけど――」
こんな癖は聞いたことがないし、どうしてそうなってしまったのかもよくわからない。
僕の指導役を買って出てくれた鈴木先輩の想定範囲外のことだろう。
「何とかします。だから、少しだけ時間をください」
僕は俯き、ただそう言うことしかできなかった。
ただでさえ、鈴木先輩の個人練習やチーム連携の時間を削っているんだ。これ以上世話も迷惑もかけられない。
「世界大会の最初の予選があるゴールデンウィークまで、もう時間がねぇぞ」
サーバー室のカレンダーには予選開始日には赤丸がついてある。――あとおよそ五日。
「最初の予選は比較的簡単だし、私たちはチームで挑むわけだから、カバーはしてあげられるけど……」
それでは僕が入った意味が無い。
そもそも、十億人が参加するゲームでお荷物を抱えて優勝なんてできるわけがない。
このままじゃダメだ……このままじゃ……。
「それじゃあ、私たちは先に帰るわ」
僕は居残りで今日の自分のプレイを見直すことにした。
「彼は僕が見ているから大丈夫だよ」
鈴木先輩と川崎先輩は先に上がり、山葉部長が僕に付き合ってくれることになった。
こうして観戦モードで外から見てもはっきりわかる。僕は決定的なとき、別の何かに意識を囚われている。
こんなの僕と同じ初心者だって仕留められない。熟練者なら確実に僕を仕留め返すだろう。
「あまり気にしすぎるな、本多君。君は確かに成長しているさ」
山葉部長が優しい言葉をかけてくれるが、今の僕はその言葉に甘えるわけにはいかない。
「上手く動けないんです。プレイ中に何かの視線を感じるし、訳のわからない感覚に襲われるんです。――鈴木先輩の言う通り変な癖ができているのかも……」
これが壁――スポーツ漫画やアニメで聞くスランプやイップスというものなのだろうか。
「いいや、まだまだ君が癖やスランプに陥るには早いさ」
そうだ。こんなの本当は壁でもなんでもないのかもしれない。
単純に、僕がおかしいんだ。
「そう卑下するなよ。セイグリッド・ウォーは今までにはない新感覚・新操作であり、あまりに精巧すぎるゲームだ。その世界の中で、君はいま新たな感覚に気づき始めているのかもしれない」
新たな感覚?
「これは勝負の鉄則だけどね――勝利には必ず勝因に結びつく過程がある。つまり、結果には必ず原因がある」
山葉部長は僕を真っ直ぐ見つめる。
その目に吸い込まれるように、僕はその目を離せない。
「そうすれば、そうなるべくして、そうなる」
まるで何かの格言でもいうかのように、山葉部長はそう言った。
それは、これから幾度となく聞くことになる、信念でもあった。
「いいかい? 偶然なんてものはない。すべては必然だ。だから、キミが負けるのには理由があり、キミが勝つときは、必ず理由がある」
山葉部長の切りそろえられた整った髪が揺れる。
大きな目がより大きな者を捉え、黒い瞳が僕の姿を飲み込んだ。
「だから、まずはその仕組みを見つけろ。プロと呼ばれる人には、必ず自分の中に『勝つための方程式』が存在する」
そして、山葉部長は一つの動画をモニターに移す。
それはセイグリッド・ウォーのリプレイでも、他のゲームの試合でもない。
今もなお色あせることなく残されている、日本中のファンを魅了し、興奮を与え続けるメジャースポーツのワンシーンの数々だ。
「例えば、日本球界で破ることは不可能と言われた旧イーグルホークのエースピッチャーであり、メジャーリーガーだった中田大将。日本では、一シーズンで一度も負け投手にならなかった彼は、当時『スプリット』という唯一無二の武器をもっていた」
その選手のことは僕ももちろん知っている。
伝説的な記録を持つピッチャーで、不滅の記録を打ち立てた。野球ゲームでもレジェンドと呼ばれ、彼の記録を残した会館もある。
そんな選手の代名詞とも呼ばれるのが、そのスプリットというストレートとほとんど変わらないスピードで、バッターの目の前で急激に落ち、空振りを奪う変化球だ。
「そのキレと落差、球速からそれを打てるバッターは数少なかったが、もちろん、中田選手はそれだけを試合で投げ続けたわけじゃない。大きく曲がるスローカーブで打者の体勢を崩したり、ストレートと同じ割合で投げるスライダーに、カットボール、ツーシームで的を絞らせず、打者を追い込んだ後もスプリット以外にもチェンジアップも決め球にしていた」
中田投手のことは知っていても、彼の投球術については考えたこともなかった。凄い武器を持っている人でも、それだけを頼りにしているわけじゃないんだ。
「伝家の宝刀――自分の最大の武器を基準に、時に大きく意識させ、時にバッターの心理の裏をかく投球をし続け、三振の山を築き、ファンを魅了し続けた。自分の武器を活かすために、他の武器を持つ。それが更に自分の武器に磨きをかけ、唯一無二となる」
そうか! スプリットで三振を取るために、それが最大限活かされる追いつめ方を中田投手はしていたんだ。
だから他の変化球も覚え、打者に的を絞らせず、時にはそのスプリットでさえも餌にして三振を奪う。
「こんな風に、間違いなく彼は彼にしかない勝利の方程式を持っていた。プロと呼ばれる人たちには、ストライカーにも、ボクサーにも、ゴルファーにも、自分だけの武器があり、それを活かすための――勝利のための方程式を持っている。ならば、『eスポーツ』とよばれる競技にも、必ずその方程式がある」
そうか。ゲームだって現代ではスポーツで、プロと呼ばれる人がいて、勝ち続けるには理由があるんだ。
たぶん、先輩達にも勝つための方程式がある。
その式の一番最初に当てはまる数字――僕の武器。
「だからこそ君は、まず気づけ。『自分だけの武器』を――」
◇
夜の帰路。街灯の下を歩く僕は、山葉部長から貰った言葉を歩きながら、一つ一つ、一歩一歩、思い出す。
「自分だけの武器……か」
山葉先輩は相手の心理を読み切る能力がある。それを使って鈴木先輩や川崎先輩に適切な指示をして誘導し、罠に嵌め、勝利する――だからそれが兵科の中で唯一、通信装備を持っている指揮官兵を常に選んでいる。
川崎先輩は、おそらくあの精密な一ドットもズレない精密操作。それを武器にするために狙撃兵と普通なら扱えないレベルの長距離レンジのスナイパーライフルを選び、山葉部長と鈴木先輩から敵の位置情報を受け取り、先手を打つ。敵は混乱し、反撃も出来ないから動かなくても一方的に勝つことが出来る。
鈴木先輩の武器はRTAで培った無駄のない動きと、集中力と、その持続力。常に戦場をペースを落とさず駈け回り、指揮官や狙撃兵に情報を渡しつつ、敵の威力偵察、時には自分で判断して攻める。自分が仕留めなくても、仲間のキルポイントに相手を追いつめたり、引っ張ったりできるし、支援兵科を選べば回復などのサポートもできる。そのいろんな状況に対応する万能さが勝利に繋がるんだ。
そうだ。武器だ。僕にも先輩たちみたいな武器があればいいんだ。
「だけど……僕の武器ってなんだ?」
練習して実戦した壁蹴りを駆使した位置取りは有効だったが、二度目は通用しなかった。
それも仕方が無いことだ。奇襲には使えるが、逆に知られてしまえば、空中で身動きが自由に出来ない僕はただの的――簡単に対処されてしまう。
それに遊撃兵のメリットである耐久力と攻撃力だけど、壁蹴りとはマッチしない。広場なんかではまったく役に立たない。
兵科を変えるか? 壁蹴りを駆使するなら閉鎖空間や密接戦闘を得意とする『シノビ』や『剣士』なんてものもある。
(――いや、違う。この『壁蹴り』はたぶん僕だけの武器じゃない。スキルの能力だけで見れば、鈴木先輩にも簡単にできる。できるけどやらない、またはやる必要がないんだ)
わからない。そもそも武器なんて僕に本当にそんなものあるのか?
予選までもう時間がないのに……それをみつけなきゃいけないのに……。
『――ゾクリ』
夜の薄暗い街路時、不意に春風が通り、同時にあの寒気が走る。
「だ、誰っ!?」
誰かに見られているようなあの感覚――そんな、ここはセイグリッド・ウォーのプレイ中じゃないのに……どうして……。
「…………」
振り向いたが誰もいるようには見えない。
また幻覚か? 遂にリアルげもそんなものを見るようになってしまったのか?
「何か……おかしい……」
でも、今の感覚には少し違和感があった。
プレイ中には刃物のような冷たさと恐怖があったけど、今のは全然違った。
むしろ、ちょっと柔らかいような――
「……ごめん、ごめん」
街灯の柱の影から影が飛び出る。小さな影だ。
それは死神なんてものでは決してなく、むしろその逆だ。
「ま、松田さん?」
それは僕と同じ制服の友達だ。
「……帰り道こっちだったんだね。俯いてる本多君の背中が見えたから、こっそり忍び寄って脅かそうと思ったんだけど――先にみつかっちゃった」
街灯の光りに当てられた松田さんが笑いながら『手の平』を見せながら振った。背中には大きな白とピンクのラケットケースを背負っている。
僕はそれを見てから少し驚いて、そのあとホッと無出を撫で下ろし、大きく深呼吸した。
「お、驚いたよ。心臓が口から飛び出るかと思った」
そこから僕と松田さんは一緒に帰ることになった。
松田さんは先輩に頼まれて一人で片付けをしていたらしく、帰りがいつもより遅くなったそうだ。
「今ね、地方大会が近いから、レギュラー争いで先輩達もピリピリしてるんだぁ。私もね、先輩とダブルス組むんだけど、まだまだミスが多くってさ。足引っ張ってばっかりなんだ……」
そして、片付けが終わった帰り道に僕の背中をみてついイタズラがしたくなったそうだ。
「私、六丁目に住んでるんだけど、本多君はどの辺に住んでるの?」
「僕は二丁目だよ」
結構近所だったんだな……あれ? 六丁目ってことは、僕と第三小学校のはずだ。でも、松田さんの名前にも顔にもまったく見覚えがない。
「私、途中からこっちに越してきたし、小学校と中学校は私立だったから」
そういえば、松田さんは落ち着いてるし、授業中も受け答えがしっかりして同世代なのに気品というか礼儀がある。
それに六丁目っていえば団地じゃなくて一戸建の地区だったっけ。
「ねぇ、そういえば駅前にコロッケ屋さんがあったと思うんだけど、どこだったか覚えてない?」
もしかしたら、松田さんをお嬢様なんて思っていたから、そんなコロッケなんて庶民的な言葉に面食らう。
「えっと……あぁ! 『ハナカツ』は閉店して、今はクリーニング屋さんになったんだよ」
「……そ、そうなんだ、知らなかった」
少し松田さんの顔が曇る。僕は『ハナカツ』がどうかしたのかと聞こうとしたが、またいつもの松田さんに戻って
「あそこって不思議なところだったよね! おばちゃんもチリチリの紫の髪しててさ!」
たしかに、『ハナカツ』のおばちゃんは変わり者だった。
「コロッケ屋さんなのに子供が多いからってオモチャやお菓子も売ってたよね。しかも、結構マニアックなやつ」
「そうそう! 飴なのに中にガム入ってるやつとか! 私あれ好きで今でもAMANOGAWAで買ってるんだ~」
あぁ、たしか商品名は『キノミガム』だ。小さな袋がクジにもなっていて、アタリがでるともう一つ貰えるんだっけ。
他にも、発泡スチロールで出来たペラペラの紙飛行機戦闘機なんかもあったし、ベーゴマやチューペッツなんかも売ってたよな。今思えば、コロッケ屋というより駄菓子屋に近かった。
「わぁ、懐かしいね……そういえば、机の中に当たり券があったような……」
あれ? でもあれはいつのアタリ券なんだっけ? 何かあって取っていたような……。
「ホ、ホントに!? 私も昔買ったのを持ってるの! こりゃあ、ハナカツ仲間だねぇ」
こんな風な話をする松田さんもいるんだ。
学校でのおしとやかで優しい松田さんもいれば、こんな無邪気で子供っぽい松田さんもいる。
「そうなんだ……それだったら、僕たち、もしかしたらそこで出会ってたかもね」
こんな人ともっと早くに出会って友達になれていたら、僕の小中学校も違っていたのかな。
「……そうだね。そうだと、なんだか運命みたいで――嬉しいね」
◇
たぶん、今日も僕がログインすれば、特機兵が僕を率先してキルしにくるだろう。
「強い人はみんな……自分だけの武器を持っている」
山葉先輩の言葉通りならば――この人にもあるのかもしれない。
僕にはまだこの人が強い理由がわからない。
川崎先輩のような精密射撃で長距離から襲ってくるわけでもないし、鈴木先輩のように粘り強く追いかけてきて追い詰められるわけでもない。どちらかと言えば山葉部長の戦術に近いけど、山葉部長は僕の行動を予測して罠を張る。つまり、僕のアクションに対して、その意味を考察する。
でも、この人は違う――僕が動いても動かなくても、僕の行動を予見し、僕の居場所を誰よりも早く見つけ出してくる。
これはまさに、『理不尽』な強さだ。これでは僕は不利な状況で勝負をして、勝つほどの圧倒的で明確な差の『技術』が必要になる。
「ダメ元でショートメッセージを送ってみたけど、当然無視される。そりゃそうだ。自分の武器を簡単に教えてくれるわけないよな」
正直、無言でずっとつきまとわれ、狙われ、殺され続けるのはきついし、ちっとも面白くはない。
――だけど、後ろ向きになるな。
逆に考えれば、こんなにキルできるってことは、それだけ僕が『弱い』ってことだし、あの先輩達以外にも、まだまだ『勝つための武器』があるってことだ。
「そうすれば、そうなるべくして、そうなる……か」
山葉部長の言葉を思い出す。
僕が武器をみつけそれを活かすことができれば、つまり僕が勝つべくして、勝てる。
「何にしても、僕は武器を手に入れなきゃダメだ。それがなきゃ、この世界では生き残れない。優勝なんてできない」
そして、今いるあの居場所も失う。
また、あの日々に戻る。
「……そうか。これが僕が避け続けてきた……僕の歩む道を邪魔する『壁』か」
いろんな人が、僕の周りにいる人がぶつかり、乗り越えてきたもの。勉強でも、部活でも、趣味でも……みんなはこういうのを超えて成長してきたんだ。
「今日帰り道で見た松田さんの手……また少しマメができてた。あんなにバドミントンが上手いのに、こんなに遅くまで――片付けなんて誤魔化していたけど、きっと、一人で残って練習してたんだ」
先輩達だってそうだ。いつも遅くまで残って練習している。だけど、それを決して表に出したりなんてしない。キツいだとか、苦しいだとか、そんなのはもう当たり前なんだ。
「なら……僕があの人達の場所にいたいなら……弱音なんて吐いてられない」
僕だって負けていられない。僕はたぶん、まだ先輩たちのいる場所にすら立ってないんだろうけど。松田さんと友達だなんて……おこがましいのかもしれないけど。
「これが僕がずっと避け続け、逃げ続けてきた僕だけの最初の課題なら」
松田さんのように笑って挑み続けてやる。
「越えて見せる! それができれば、やっとそこで『証明』できるんだ」
僕の中に、心に、また火が点いた。




