第1話 人生最初で最後の入学式に、僕は【嘘】をつく
二十一世紀中期、|ザ・フォース・ウェーブ《第四の波》は訪れた。
超小型半導体の進化と共に開発が活溌に行われてきた小型電話機開発競争は一端の終わりを向かえる。
それらは現在は『デバイス』と総称を変え、用途により『眼鏡型』『電話型』、『接続端末型』などの形態に別れた。
それに加え、光りよりも早い素粒子、『アステラス』を利用した新たな超光速通信(ウルトラ・ライトスピード・トランスミッション)と世界中に配備された小型無線基地局『ⅩS』により、現代は一瞬にして繋がる『誤差』のない世界となった。
そして、極め付きが現代社会の基盤とも言えるインフラシステム、『アーティフィシャルインデリジェンス』――通称『AI』の誕生。
このAIは、僕らの生活を明確に、親密に、丁寧に寄り添うことになる。
例えば、二十一世紀に起こっていた交通事故はAIによる交通誘導や自動運転、デバイスによる自動検知警告等により、そのほとんどが未然に防がれている。
あらゆる仕事がAIによって補助され、効率化されていくことで、大人が仕事に縛られ続ける時代は終わりを迎えた。。
すべてがデータ化され、クラウド化され、僕らはどんどん身軽になっていく。
それでも、変わらないものはある。
例えばそれは、桜が舞い漂い、アスファルトに積もる季節。
暗く孤独だった中学最後の冬の試験を乗り越えて。
色と温度を取り戻した世界の中を、僕らは自らの足で一歩一歩を踏みしめる。
光る赤と金の藤の葉の校章を胸に。
まだ硬く重たい制服と、まだ知らない人の《《視線》》を受けて。
教壇一つと、複数の机と椅子が並ぶ新たな学び舎で。
「僕の名前は本多 秋良です。身長162cm。体重45kg。視力は両目共に良好。髪は少し癖があって、朝は鏡の前で左右に跳ねた髪を直すのが、僕の日課です」
僕は県内でも有数の進学校『赤藤高等学校』に入学した。
そして今は、クラスメイトが集中して見つめる中、自己紹介というものをしている。
三分間で、できる限りクラスメイトに《《自分》》を伝える――というのが担任からの最低原則ということで、僕は受験のあった二月以降ほとんど使わなかった脳を再起動し、とにかく必死だった。
「得意教科はたぶん現代文と日本史と、ちょっと偏った知識の英語? なのかな。苦手な教科は数学と化学……と、体育。特に球技が苦手で……あっ、いえ、走るのも苦手でした」
少しだけクラスに笑いが起こることにホッとする。
僕は勉強は苦手だったから、受験勉強は苦労した。
足は遅いし、運動神経もないから体育祭とかはいつも肩身が狭い。
つまり、どこの学校のクラスメイトにいる冴えない奴というのが『本多 秋良』だ。
「好きな食べ物はハヤシライスとエビチリ。苦手な食べ物は、魚の目が怖いので焼き魚」
担任より指定された三分まであと少し。頭に思いついたことを話していた僕だが、『名前で始めること』と、『最後は趣味で締めること』だけは前もって考えていた。
「趣味は――」
でも、ここで僕は言葉を詰まらせる。
クラスメイトの視線が自分に集中していることを意識し、静けさが重い教室で、最後の言葉を止めた。
「趣味は、えっと……『映画鑑賞』です」
人生でたった一度きりの――僕の高校生活のスタートは、『嘘』から始まった。