1-4話
「本気・・・なの?」
ミラが驚いたようにそう聞いてきた。当然だよね。今まで魔獣の危険性について話していたのに、それでも街の外に出ようというのだから。
「うん。もしわたしに魔獣と戦えるような力があるのなら、そうしたい」
「緑青さん・・・」
「わたしね、桃香っていうミラよりも小さい妹がいるの。体が弱くてね、よく入院するの。母さんたちは過保護すぎるっていうけれど、わたしはあの子のことが心配なの。今こうしてる間にも寂しがってるんじゃないかって。だからわたしは一刻も早く地球に、日本に帰りたい。委員長はそうじゃないの?」
委員長は私と違いここで暮らすことを前向きに考えているようだった。だから聞いてみたかった。わたし一人思いをぶちまけてしまって気まずくなったというのもあるが、彼女の考えを知りたかった。
「私は・・・私は家には帰りたくない・・・・かな」
「え?」
「それって・・・」
「うん、私はここで暮らしたい。できればずっと」
ミラもわたしも驚いていた。てっきりあくまで長期滞在を見据えての治安の確認だとばかり思っていた。しかし彼女は家には帰りたくないと、ここでずっと暮らしたいと言った。
「私の両親が厳しい人たちでね、昔からクラスの子たちと遊ぶのも制限されてたの」
ある時期から委員長は放課後クラスメイトをさけるようにそそくさと帰るようになっていた。おそらくその両親の影響なのだろう。わたしが彼女に声をかけにくくなった理由のひとつでもある。
「ねえ、緑青さん。わたしたち小さいころよく遊んだの覚えてる?」
「・・・もちろん、よく魔法少女の話とかしてたよね」
「よかった、覚えててくれて」
そう言って笑みをこぼす委員長
「いつからだったか遊ぶこともおしゃべりすることも無くなっちゃって、距離ができちゃいましたね」
「小学校に上がった頃だったかな、正直さけられてるような気がしてたけど、それってもしかして・・・」
ここまでの話を聞いてなんとなく察しは付いた。あの頃からクラスメイトとの交友を制限されてたのだろう
「緑青さんとあそぶのはやめなさいって」
「は!?」
間の抜けた声が出てしまった。委員長の両親が厳しい人たちというのは知ってはいたが、まさか名指しで禁止されてるとは思わなかった。
「えっと・・」
「後から聞いた話なんだけど、あの頃の緑青さんって活動的で男の子と混じって遊んでたじゃない、私もその影響をうけるんじゃないかって心配だったみたい」
これがドラマだったら、教育熱心なお母さんと娘とその友達の話として客観的にみれたんだろうけど、まさか自分が関わってくると心にダメージがある。正直きつい。
「中学になった頃からかな、私の両親がすこしやりすぎだと思い出したのは。本当は高校を出たら家を離れようって考えたの、だからこの世界に来れてよかったって思ってるんです。」
「緑青さん、私はもう一度あの頃のような友達に戻りたいって思ってるんです。ここにずっと住もうなんて言いません。でもせめて帰る方法が見つかるまではこの街で暮らしませんか?」
委員長、京ちゃんがまっすぐとわたしを見つめてくる。幼馴染のまっすぐな眼差しがわたしの胸を刺した。でも
「たしかにノーラさん達は良い人だと思うよ、ここでの生活も悪くなさそうって、でも」
「でも?」
「今日会ったばかりの人を、そこまで信頼はできない・・・かな、国どころか違う世界の人間の面倒を見るなんて、メリットの無さそう事を無償でしてくれるとはどうしても思えないの、これからもきっと、もっと時間が掛かるんじゃないかって」
「待って!!」
わたしの言葉を遮るように、ミラが声を荒げた。しかしその後の言葉に詰まっていた。言いにくいことなのだろうか、さっきまで明るかった彼女の顔が次第に曇っていった。
「いいよミラ、俺から話すから」
声の方を見ると気まずそうに頭を掻きながらミラさんが現れた。
「ごめんね、黙っていた方がいいかなって思ってたから隠してたんだけど、信用してもらおうって思ったら言うべきだったね」
そう言うとノーラさんは頭を下げた。
「俺も日本人なんだよ」
顔を上げたノーラさんは、そう私たちに告げた。しかし今それを言われても、とても信じられる話でもなかった。信用を得るために、嘘を言っている可能性だってあるだろう。
「なんで隠してたんですか?」
自分でも強い口調になってしまったのが分かった。それでもノーラさんは落ち着いて話を続けてくれた。
「さっきも話したけど、渡人がこの国にいるってことは内緒にしておきたいことだからね、君たちが街を出て、情報が外に漏れないようにするためだよ。」
「でもミラちゃんは紹介してくれたじゃないですか」
「同じ渡人でも軍に所属しているか、街でひっそりと暮らしているかだとその危険性は変わってくるからね、もちろんミラの事は秘密にしてもらうつもりだったよ」
強い力を持つ可能性がある渡人が軍にいる、それは抑止力になることもあるが、それと同時に危険性のある国とみられるだろう、それを防ぐためなんだろう。しかも相手は〈異世界人を召喚しているかも〉という存在するのかもどうか分からない相手だ、対策としては異世界人など知らぬ存ぜぬで済ますしかないのだろう。
「ノーラさんはなんでヴォルニア・シートに入ったんですか?」
もしわたし達と同じ日本人なら、わざわざ命の危険のあるかもしれないところに就職するだろうか、地球にはない魔術にテンション上がって、ヒャッハーしたということもあるだろうが、この人を見る限り中二病をこじらせているようには見えない。平和な日本で暮らしている人間がそんな所にはいるのだろうか。
「日本に帰るための情報が一番集まるだろうって思ったからだよ。それに・・・」
ノーラさんは途中で口を閉ざす、今何かを隠そうとしたのは誰でもわかる。
「話してよ」
言いたくない事かもしれない、聞かないほうが良いことかもしれない、でもここで隠し事をされると、この先この人を信頼できなくなるかもしれない。わたしはまっすぐノーラさんの目を見据えていた。目は口ほどになんとやら、ノーラさんは観念して口を開いた
「殺したい奴らがいるんだ」
日本で平和に暮らしていた人間が言ったとは思いたくない言葉がきこえた。
「だから戦い方を憶える必要があったんだ」
どういうことか聞こうとしたがそれはできなかった。
ガンッ!!
と鈍い音が部屋に響いて、ノーラさんが床に倒れた
「女の子になんて話をきかせてるんだい!!」
まったく気づかなかったが、ノーラさんの背後に年配の女性が、フライパンをもって仁王立ちしていた。
「女将!?」
「やぁミラ、おかえり。今回は荷物が多くなってわるかったね、いつも助かってるよ」
「い、いえ、平気です」
突然のことでぽかんとしてると
「ようこそお二人さん、あたしはここヴォルニア・ベルジュで女将をしているマドルってもんだ、よろしく頼むよ」
「えっと、茜っていいます」
「京華と申します」
「うんうん、挨拶さえできれば、どの世界でもやっていけるって、安心しな」
そう言ってマドルさんは豪快に笑っていた。