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第9話 大いなる風の裁き

「フラン! 大丈夫か!」

「え、ええ……大丈夫だけど……」


 俺は脇目も振らずにフランへと駆け寄る。

 頭から大量の血を流しているが、そこまで傷は深くないようだ。

 俺はホッと息を吐き、改めて後ろを振り返る。

 そこには巨大な魔物だったものが、真っ二つになって横たわっていた。


                  ◇


「ほ、本当に入るのか?」

「ええ、先に言っておくけど、絶対に離れないでね」


 帰ってこれなくなるから、と恐ろしいことを口走る彼女におののきながら、俺は目の前の森を見る。

 外見から察するに針葉樹の類であることは間違いないが、大きさが桁違いだ。

 樹の幹は大人が3人ほど手を繋いだくらいの大きさで、空の色がわからなくなるほど高くまで育っている。

 地面に生えるコケ類と思われる植物と共に真っ黒な葉を茂らせており、そこだけが真っ黒な闇に取り込まれてしまったかのようだ。

 今まで見たことのない光景に震える俺とは対照的にフランは落ち着き払っており、まるでいつものことのように森へ入っていく。

 それを見て、俺も急いで彼女を追ったのだった。


 案の定と言うべきか、森の中は真っ暗で木漏れ日1つ通さない。

 目の前のフランが持ってきてくれたカンテラの影響でなんとかある程度までは見えているものの、もし俺1人で入ってきていたらなすすべもなく迷子になっていただろう。

 口調は厳しいが、少なくとも俺を守ろうとする意志はあるようだ。

 俺は一度深呼吸をして冷静になると、そのまま彼女と歩調を合わせた。


「……着いたわ」


 俺は目の前の、ひときわ巨大な樹木のうろを見る。

 確かにとてつもない大きさだ。これほどの樹に巣を作れたのなら、さぞ大きな巣なのだろう。


「このうろはただのおとりよ。中に本物の入り口が隠されていて、そこから地下に進んでいくの」

「え、そうなのか?」

「ええ。しかも魔物は巣を作るとすぐに繁殖する。だから放ってほけないのよ」


 フランは慣れた様子でうろの中に入ると、おもむろに地面を探りだす。

 最初は平然としていたが、段々と顔に苛立ちが浮かびだす。

 どうやら難航しているようだ。


「そうだ。俺が探そうか?」

「はぁ!? 貴方にできるはずが……」

「まあ見とけって。【鑑定】」


 俺は【鑑定】で、うろの中を眺めてみた。

 地面、天井、壁……どこにもない。

 おそらく、このうろそのものがダミーなのだろう。

 それなら――と、うろの中から小高い丘を見てみる。

 ……ビンゴだ。


「入口はあっちの丘のほうみたいだ。土を丸く固めて門代わりに使っている」

「……貴方。一体何者?」

「何者でもないよ。ただの村人さ」


 フランが警戒心を強めるのがわかる。

 助けになったと思ったが、どうやら逆効果になってしまったようだ。


(まあ、後々を考えればここで足手まといになるほうが問題だ)


 とにかく、今は俺を信じてくれているだけ万々歳としよう。


 俺はフランを連れてうろを出る。

 該当の箇所をよく見てみると、土と土の間に小さなくぼみ(・・・)ができており、また4、5個ほど不規則に小さい穴が掘られている。取っ手のように使うのだろう。

 

「俺はこっちのほうを持つ、フランはそっちを持ってくれ」

「ええ、わかったわ」


 俺は向かって右手側を、フランは左手側を持ち、掛け声と同時にその土くれを持ち上げた。

 土くれは中々の重さだが、村でことあるごとに収穫を手伝わされていた俺の敵ではない。

 それはフランにとっても同じだったようで、とくに苦労することもなく、簡単に入り口を開けることができたのだった。


                  ◇


「……予想以上に複雑ね。セーレ、アタシの手を握っていなさい」


 フランが差し伸べた手を、俺は躊躇なく取る。

 ……手を取る瞬間、フランの肩が少し跳ねたように見えたが、気のせいだろうか?


 内部はなかなかしっかりとした作りになっているようで、固められている壁や天井から水が染み出す気配はない。

 フランに話を聞いてみると、このような作りになっていると、魔物の知能が高い場合も多いため注意する必要があるのだとか。

 厄介な戦い方をしてくる可能性が高いうえ、家畜化された魔物が複数潜んでいることも多いためらしい。


(……まあ、【鑑定】を使えばそこらへんは心配いらないんだけどな)


 俺は【鑑定】を使って周囲の様子を見てみる。


「……そこの曲がり角にゴブリンが隠れている。待ち伏せされているな」

「でも他に入り口も見つからなかったし、仕方ないわね……っと。終わったわ」


 フランは手慣れた様子で魔物たちを倒す。

 獲物はレイピアのようだが、その特徴をうまく生かして戦う姿は俺と同年代とは思えない。

 そのままフランに連れられるように巣の奥の方へと向かう。


「なあ、なんで奥の方に行ってるんだ?」

「魔物のコアを破壊するためよ」

「コア?」

「ええ。魔物は巣を作ると、その奥にコアを作るの。これが厄介で、コアがあると、それと繋がった魔物はいくら倒しても再生してしまう」

「再生……」

「そうよ。だから野生の魔物ならまだしも、こうやって巣を作られてしまうと冒険者やアタシ達勇者が対応しないといけなくなるのよ」

「でも俺の村には全然来なかったぞ?」

「そういえば貴方はあそこの村の出身だったわね。あの一帯は元々魔物が住み着かない土地なのよ。だから教会の一部派閥では『女神の大地』と呼ばれている」

「……そうだったのか」


 女神の大地、という言葉は知っていたが、それが具体的にどういう意味を指すのか、今までの俺は知らなかった。

 こんな時に少々不謹慎だが、これも旅の醍醐味だろう……と、突然前の方から大きな音がする。

 目の前にあるのは大きな廊下で、明かりがないのか真っ暗だ。

 剣を構えて臨戦態勢に入るフランだったが、そこに突然巨大な物体が飛び出してくる。

 フランはとっさの判断で剣を横に構え、勢いを削いだものの、やはり限界があったのか、横の壁に吹き飛ばされてしまった。


「フラン!」

「……うるさいわね、ッ……!」

「あれは……」

「……最悪。なんでこんなところに大鬼(オーク)がいるのよ」


 血管を浮きだたせた筋肉質で、俺たちの3倍はあろうかという巨大な体。

 手には岩を削って作られた原始的なハンマーを持っており、巨大な牙をむき出しにした豚そっくりの顔から、フーッフーッと荒い鼻息が聞こえてくる。

 眼前にあらわれたのは、オ-クと呼ばれる魔物だ。

 森の奥深くなど、人里離れた土地に住んでいるが、発情期になると人里に降りて街を襲うことがある。

 全身が筋肉で覆われた身体は非常に強靭で、ギルドでは危険度Bクラス――群れで街を破壊しうるレベル――に分類されているほどだ。


「『女神の土地』ほどじゃないけど、ここも強い魔物が来ない地域なの。来てもゴブリンか、せいぜいスライムくらいで……しかも発情期でもないのに」


 激痛に動けなくなっているフランに、オークがさらに追撃を仕掛ける。

 右手に持つ大きなハンマーを振り上げて――危ない!


「フラン!」


 頭で理解するよりも早く、俺はフランに駆け寄った。

 驚愕の表情でこちらを見る彼女をはじき飛ばし、オークの視界に入る。

 天高く振り上げられたハンマーが降ろされ、俺の脳天に直撃するその瞬間。

 何か、声を聞いた。


『――(Em)汝に(Vest)宣言する(Cotza)

 大地を(Voei)恥ずかしめし(Endray)敵よ(Yevjel)

 (Em)汝を(Vest)切り捨て(Dlanya)(za)大地は(Yevjel)汝の血で(Vesti Duz)覆われん(Trame)――

 ――大いなる(Btao)風の裁き(Soit)!』


 グラリ、とオークが左右非対称に揺れる姿が見える。

 次の瞬間、その強大は魔物は鮮血をまき散らし、2つに分かたれた身体がバラバラに倒れていった。


                  ◇


「ちょっと! さっきのは何よ!」

「し、知らない! いきなり声が聞こえてきて……」

「あの魔法は何年も学校で勉強してようやく使えるようになるものなのよ!? それを貴方はいきなり、しかも使いこなすなんて!」


 フランは俺の胸倉を掴み、なんとか先ほどの魔法について問い質そうとしてくる。

 だが俺にもあれがなんだったのか、さっぱりわからないので、先ほどから話は平行線のままだ。

 どう説得しようか、と内心焦っていると、急に胸の圧迫感が消え去る。フランが手を離したらしい。

 

「……と、とりあえず、今回は助かったわ…………ありがと」


 頬は真っ赤に染まり、手は恥じらうように組まれている。

 その姿は、まるで恋に落ちた乙女のようだった。

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