第8話 勇者との出会い
少女は訝しげに俺を見ている。
年は俺と変わらないくらいだろうか。腰まで伸ばされた髪が光を反射していて神秘的だ。
体型はスレンダーで、身長は俺より頭一つ分ほど小さい。
洗練された立ち振る舞いから察するに、上流階級の娘だろうか。
左目を前髪で隠した顔は美少女と言っても差し支えないほどに整ったものだが、神経質そうな様子が近寄りがたい印象をもたらしている。
「……とりあえず、こちらに害をなす気はなさそうね」
疑念を隠そうともせず、彼女は言う。
「アタシの名前はフランベルク・フォン・フラゲデスシーデス・ガルダ。フラゲデスシーデス男爵家の長女よ。国王から危険分子として手配された貴方を監視させてもらうわ」
「……は? いや、俺は呼ばれて城に行っただけで……」
「黙りなさい。貴方にどのような事情があったところで危険分子であることに変わりはない。それが嫌なら、言動ではなく行動で示すことね。……今日は教会で直々に対応してくださるらしいからここまでにしておいてあげるわ」
フランベルクは、そのまま教会の外へ歩いていった。
言いたいことだけを一方的に言われて呆然としていると、いつのまにか近づいてきていた青年が肩に手を置いてくる。
服装から察するに、ここの司教だろうか。
「いきなりすまなかったね。いつもはもっと聞き分けの良い子なんだけど……勇者に選ばれたからかな」
「勇者に?」
「うん、とはいってもほんの数日前なんだけどね。ほら、あの子の名前に『ガルダ』の文字があっただろう? それが証拠さ」
確かに、と俺はあの少女の名前を思い出す。
ガルダ、というのは魔法語において『英雄』という意味を持つ。
他の日常的に使われる言葉と違い、魔法語は言葉そのものに魔力を含んでおり、また取扱いも比較的容易だ。
また魔法を使う際、魔法語で決まった文言を使うことで魔法を扱いやすくし、威力をより上げることができる。
実践的に魔法を使うにはあまりにも時間を食うということで、一定以上の魔術師はあまり呪文を使わないが、それでも速度よりコストや効果が重要視される場ではよく用いられ、また初心者に教えるときは魔法の暴発などを抑えやすいという長所があるためか、魔法関係で魔法語を聞く機会は非常に多い。
逆に人名にはあまり使われない。名前が魔力を持つことで思わぬ事態が起きるのを防ぐためだ。
しかし、時折称賛の意図や、その者の性質を縛ったり、逆に祝福する目的で人名に使うこともある。
ガルダはその中でも勇者に使われることが多く、実際に、この国が産まれてからあらわれたすべての勇者に、ガルダという文字が加えられていた。
さて、それでは勇者とは何者なのかというと、世界の秩序の守護者だ。
かつては魔族の中から生まれた『魔王』の討伐を行った者を指した言葉だったそうだが、魔族との共存を選んだ現代では、優れた才能を持つものに贈る称号、兼職務となっている。
その優れた才能に期待して勇者の称号を授かる人間と、それまでの功績を称える目的で授けられるものの2種類がいるらしいが、おそらく彼女は前者だろう。
有事の際は国を越えて協力する勇者だが、同時に国に従う存在でもある。彼女に国王から命令が下されていたのもそういった事情に違いない。
「……彼女は国王については?」
「評判が悪いことは知っているだろうけど、それ以外は何も。……ああ、でも『アタシが頑張って陛下を改心させてやるわ!』って意気込んでたかな」
こっちだ、と廊下へ向かう司教に従う。
(『改心させてやる』か……)
司教からの話を聞くに、彼女は正義感の強い性格をしているのだろう。
だからこそ勇者として功績を積み、国王を諫めようとしているのだ。
そして、そうなれば俺に対して当たりが強かったのも納得だ。
俺は危険分子として警戒されており、それを矯正……あるいは討伐することが出来れば、確かな実績としてアピールできるのだから。
しかし、実際に会った俺だからこそわかる。あいつを改心させるなんてことは不可能だと。
確かに俺はそれまで奴と会ったことさえなかった。しかし、一度会った相手が思っていたスキルを持っていなかっただけで当たり散らす性格、そいつを追い込もうとする悪辣さ、そしてあの品のなさ……それだけあれば十分だ。
あの国王はとてつもない無能だ。改心させるのではなく、引きずり下ろす他に方法はない。
(だとしても、俺の話を聞いてくれるかどうか……)
俺は明日に待ち受けているであろう苦難にげんなりとしながら、案内された部屋で眠りにつくのだった。
◇
「起きなさい! セーレ!」
横から聞こえた声に反応し、俺は目を開けた。
「……なんでフランがここにいるんだ」
「フランベルク! 人の名前くらいはちゃんと覚えなさい!」
「いいだろ長いんだから……」
横で烈火のごとく怒り狂っている少女はフランベルクだ。
なぜここに? とは聞きこそしたが、おおよそ予想はつく。
監視役である以上、眠りについているかどうかも含めて監視しなければいけないのだろう。
しかし、わざわざ起こす必要は……?
「……アタシは監視役だから、貴方がちゃんと寝ているかどうかを確認するためよ」
「いや、だとしても起こす必要はないんじゃないか?」
「うぐっ……そ、そうだけど! 監視役たるもの、そこも含めて監視しないといけないじゃない!」
なるほど、自主的なものだったらしい。
「と、とにかく! とっとと行くわよ!」
荒っぽく俺の手を取ったフランに引きずられるように、俺は教会の外に出た。
「おーい、いったいどこに……」
フランは頭がいっぱいなのか、俺の話を聞いてくれない。
少し困った状況だが、同時に好都合でもある。
俺は彼女のうなじに向かって【鑑定】スキルを発動させた。
・対象:フランベルク・フォン・フラゲデスシーデス・ガルダ
・スキル:
SSR【剣神Lv10】:この世の全ての剣術を操れる
SSR【女神の加護Lv8】:女神の加護を受け、頑強な肉体を持つ
SSR【軍神の加護Lv7】:軍神の加護を受け、優れた戦術眼を持つ
R【癒しの手】:回復魔法を使うことができる
ほう、と俺は気付かれないように息を吐く。
どれもこれも一級品のスキルと言っていい。
【剣神】と【軍神の加護】が重なることによって大半の相手を剣一つで落とすことができる上に、【女神の加護】のおかげで万が一のことがあっても生き残りやすい。
さらに【癒しの手】を持つことによって回復魔法がつかえるため、それだけで生存確率が上がる。
若くして勇者に選ばれたのも納得のスキル群だ。
ぜひとも彼女を仲間にしたいが――と考える俺の視線を、ある項目が横切る。
・好物:かわいいもの
「……は?」
「何? 何かあったのかしら?」
「いや、なんでもない……ところで、いったいどこに行くつもりなんだ?」
「ああ、それなら近くの森に向かう予定よ」
かわいいもの……かわいいものってなんだ?
いや、その意味はわかる……だがいくら鑑定とはいえ相手の趣味嗜好まで判別できるなんて……。
「……セーレ?」
ジッ、と呆れたような、諫めるような視線でフランに見られ、俺はすこし飛び上がってしまう。
……そうだ。今はそんな事に気を捕らわれている場合ではない。
逆に考えるのだ。これを使えば、きっと言葉の真偽や性格さえもつかめるのだと。
それを最大限活用することで彼女を懐柔し、ゆくゆくは国王の命令を止めさせなければ。
そのためには彼女の信頼を得る必要があるだろう。
先ほど彼女は「近くの森に向かう」と言っていた。そこでうまく活躍できれば、利用価値があると認められるはずだ。
……頭の隅に、さきほどの文字がちらつく。
かわいいもの、か。あまり期待はできないが、一応何か買っておいてもいいかもしれない。
少なくとも、損になる可能性は低いだろう。
それはさておき、利用価値を認めてもらうためには、まずは目的を聞く必要がある。
できないことを無理にでもしようとして足手まといになってしまっては本末転倒であるし、そもそも彼女の言動からしてあまり助けを求める性格とは思えない。
手を貸してもいい内容か否か、それを見極めるためにもしっかりと細かい内容を教えてもらわなければ。
「なんのためにその森に行くんだ?」
「最近魔物が住み着きはじめて、荷物に被害が出てきているのよ。今は荷物で住んでるけど、その内人間を狙い始めるかもしれないから、今のうちに退治しておくの」
「なるほど」
「……あ、言っておくけど、助けは必要ないわ」
俺の内心を読み取ったかのように、フランが釘を刺してくる。
俺は飛び上がりそうになる足を気合で抑え、何でもないような顔で「ああ、わかっている」と返した。
フランと共に街を出てしばらくすると、彼女がふと足を止める。
「着いたわ。ここが目的地の森よ」
目の前には、まるで日の光を通さないと言わんばかりにうっそうと生い茂る針葉樹林が立ちはだかっていた。