第6話 旅立ち
「ほう? なぜじゃ?」
「まだ俺は、この力をどのように使うべきなのか、どうやって使いたいのか、はっきりとした目標を手に入れていません。しかし、世界を旅して周り、俺の知らないことについて多くを知ることで、その目標を見つけることができるのではないかと、そう思うのです」
「……ふむ」
俺の言い分を聞いた村長が押し黙る。
……どうだ?
「……良いじゃろう、これからお主は旅をせよ。手助けはできんが、不便のないように最低限の物資はこちらで手配しよう。……じゃが、旅をするということは助けをかりぬということ、何かあったとしても己の力のみで対応せねばならぬということじゃ。わかっておるな?」
「はい」
「……分かった。お主はこれから旅に出る。見聞を広め、村や国だけではない世界の常識を知り、己が糧とする。それがどのような答えになるのか、楽しみにしておるぞ」
村長は息をつくと、先ほどまでの厳格な雰囲気から一変して孫を見るような顔になり、俺の頭を乱暴に撫でた。
彼からすればいつまでも子どもにしか見えないのだろうが、すでに大人になった気分の俺としては恥ずかしくて落ち着かない。
「いつごろに村を発つ予定じゃ?」
「早ければ、明日の朝までには」
「そうか、ならばすぐに寝床に入らねばならんな」
これまで、俺は村の一員として生きてきた。
もちろん、これまでが悪かったとは思わない。
しかし、村の中で生まれ、育ち、老いて死ぬ。そう生きることが正解なのか、俺はおぼろげながらも疑問に思っていたのだ。
そして今回王都に出たことによって、これまではぼんやりとした感覚だったものが、一気にはっきりとした疑念へと成長した。
これまでは少し優秀なだけのただの人間で、できることには限りがあったが今は違う。
この稀少なスキルを、いや、他のスキルだってうまく使えば、俺はきっと何者にでもなれる。
自分の望む未来を掴むことができる。そう感じたのだ。
目の前に可能性が広がっていると知って、ぐずぐずすることなんてできなかった。
少しでも早く、少しでも多くを知りたい。
俺の内心を汲み取ってくれたのか、村長とエリザベスは何も言わなかった。
ただ、俺を優しい目で見つめるだけだ。
その視線にどこか気恥ずかしさを感じた俺は、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
かえって子どもっぽく見えるだろうと理解していたが、どうしても抑えきれなかった。
村長が今度は優しい手つきで俺の頭をひと撫でする。
とうとう耐えられなくなった俺は、エリザベスと共に村長の屋敷を逃げるように出たのだった。
◇
「魔物には気をつけるんだよー!」
「怪我しないようにねー!」
「さびしくなったら帰ってこいよー!」
夜の宣言通り、俺は次の日の朝に村を出た。
後ろから村人たちの声が次々と聞こえる。
どれもこれも俺を心配する内容ばかりだ。
あいかわらずの様子に少し呆れながらも、それぞれ思うところもあったろうに応援してくれる彼らの優しさに、俺は感謝していた。
「ほんとうに良かったのかい?」
「ああ、むしろエリザベスこそ良かったのか? もう少し滞在してもバチはあたらなかったろうに」
そう、俺の傍らではエリザベスが眠たげにあくびをしながら歩いていた。
俺が旅に出ると聞いて、俺の護衛を申し出たのである。
とはいっても彼女は商人、売り物だってあるだろうし、村に来たということはそれなりに滞在する予定もあっただろう。
そう考えた俺は必死に反対したが、彼女は「問題ない」と言うばかりだった。
結局、俺は彼女に押し負けてしまい、近くの街まで護衛をしてもらうことになったのだった。
「さて、だ」
エリザベスが口を開く。
「旅に出るって決めたわけだけど、まずはどうするつもりだい?」
「とりあえずは街に行って、そこで冒険者として依頼を受けようと考えている」
冒険者。元々は文字通り「冒険をするもの」という意味だったそうだが、今は違う。
冒険者ギルドから依頼を受け、その出来によって報酬をもらう、ある種の便利屋となっているのが現在の冒険者だ。
一般的にギルドか、そうでなければ酒場がギルドの業務を引き受けていることが多いので、そこで依頼を受けるのが一般的だ。
とはいえなるために資格が必要な職業というわけではないので、職にあぶれたものから時代が違えば英雄と呼ばれたであろう天才まで、さまざまな人間が集う場にもなっている。
俺のいた村は珍しく魔物が少ない地域だったためそこまでではなかったが、とくに魔物の多い地域に暮らす人々にとってはなくてはならない存在となっている。
「まったく甘いねえ」
「え?」
「今のアンタじゃ、ギルドの依頼は一生受けられないだろうよ」
「……は?」
一体どういうことか。
冒険者ギルドは基本的に人によって差別しない。
あまりにも幼い場合などは例外だが、俺の年齢くらいなら問題ないはずだ。
「アンタ、あの王様に嫌われたんだろう? アイツはバカだからねえ、今ごろ全ギルドのブラックリスト行きだろうよ」
俺は唖然とした。
そんなもの、国の私物化そのものじゃないか。
たしかに横暴そうな国王だとは思っていたが、まさかそんなことまでするとは……。
「少なくとも、ウチのギルドじゃアンタにモノを売ったり買ったりはできない。残念だがね」
「な……!」
「明晩ギルドのほうから通達が来たんだ。『セーレ・アンデルセンに対する一切の売買を禁ず』って勅令がね。ご丁寧に案外似てる似顔絵つきだったよ、見てみるかい?」
「なんでそんなことを! 俺は別になにもしてないじゃないか!?」
「あの王様にとっちゃそうじゃないのさ。自分が不快に思った、それだけでヤツにとっては十分な動機になる。腹がたつことにね」
それからエリザベスは語った。
俺のような事例は多くないが、それでも珍しいとはいえないほどにありふれていること。
文字通りの罪人からただ近くにいただけの人間まで、こじつけとしか思えない理由のものまで対象に入っているということ。
「アイツは本物の無能さ。先代のときにせっかく集めた富をムダにしたばかりか、にっちもさっちもいかなくなると途端にあちらこちらから金をむしり取りだす。領主のヤツらから王都の平民まで、アイツに恨みを持ってない人間なんざそうそういないだろうよ」
「そうだったのか……」
「まあアンタのところは領主様がうまく守ってくれていたからね。ただ今回みたいなのはアッチとしてもどうしようもないんだ。アンタ個人を対象にしたものだからね」
「なら、なら俺はどうすればいいんだ……?」
「さあね、でももしどうしようも無くなったときはアタシを頼りな、ギルドとしてはアンタはブラックリスト行きの人物だが、アタシにとってはかわいい男だからね、助けてやるよ」
「……ああ、ありがとう」
エリザベスの言葉に、一気に頭が冷静になる。
どうやら先ほどの情報が思っていた以上にショックだったらしい。
……そうだ。今回のものは確かに国王直々の命令だ。
しかしその国王はあちらこちらで不満を買っているのだ。
ならきっと勝機はあるはずだ。
俺はさきほどまで地面に向けていた顔を上げ、まっすぐに目的地の街を睨みつけた。