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第5話 未来への応え

 村への帰路の中、俺は自分のやりたいことについて考えていた。

 今までの暮らしにも不満がある訳ではない。

 村人は少しお調子者の気があるが、みんないい奴らだ。

 一緒に暮らしていると退屈しないし、何かを教える時の純粋な瞳も気分がいい。

 それでもそれだけでは満足できない、強欲な俺も心の奥に潜んでいる。

 もっといろいろな所を見てみたい、もっとさまざまなことを知りたい。

 昔の騎士道物語のように、未踏の地を踏んで怪物を退治してみたい。

 そういった子どもっぽい、あるいは冒険心とも呼ばれるものが、心の底からあふれ出すのを、俺はゆっくりと感じ取っていた。

 その裏で、好奇心と共に潜んでいた恐怖心もあふれ出す。

 このままでいいじゃないか。今までうまくやって来たじゃないか。

 あんまり欲張っていては、何も手に入らないのはお前だって知っているだろう。

 ……そのような考えが。

 エリザベスが言うように、俺は何者にだってなれる。物語の主人公のようにだって。

 その思いは確かに俺の中で熱く燃えていたが、それを恐れる保守的な心もまた、俺の一部なのだ。


「……ありがとう」


 その中には複雑な感情が混ざり合っていたが、エリザベスはすべてお見通しらしい。

 彼女は俺をいたわるように微笑んだ。


「さて、着いたよ」


 ハッと顔をを上げる。

 視線の先には、俺の生まれ育った村が待っていた。


                  ◇


「おお! もう帰ってきたのか!」

「エリザベスさんはもう1年くらい会えないって言ってたのに! すごいわ!」


 村に着くと、このことを知っていたように村の奴らが待ち構えていた。

 呆然とする俺に、フランツとヒルダが話しかけてくる。

 ……おそらく、というよりはほぼ確実にだが、エリザベスが先に連絡を取っていたのだろう。

 一体いつの間にそんなことをしていたのか……。

 逆恨みだと分かっているものの、どうしても気持ちを抑えきれずエリザベスを睨む。

 彼女はひょうひょうとした様子で、素知らぬ顔をしていた。

 しかし、このまま相手のせいにばかりするのも良くないだろう。

 今行うべきなのは非難ではなく感謝だ。

 どうしても納得できないと叫ぶ俺を必死に押さえつけて、エリザベスと視線を合わせる。


「エリザベス、その……」

「礼はいらないよ」

「……え?」

「礼はいらないと言ったんだ」

「だ、だが……」

「アタシはね、アンタに才能があるから見てやっただけだ。もしアンタがなんてことない普通の人間だったらこんなおせっかいは焼かなかったろうさ」


 露悪的にそう吐き捨てるエリザベスだったが、よく見ると頬が少し赤くなっているのがわかる。

 まったく、素直じゃないな。

 俺はそのように己を棚に上げつつ、村人たちへ挨拶を返すのだった。


                  ◇


「アンタ、愛されてるねえ」

「……うるさい」


 エリザベスの揶揄う声が聞こえるので、俺は思わず眉を潜めてしまう。

 村人たちが、俺の目の前に酒を持ってくる。

 彼らの喜びようは俺以上で、満面の笑みでこちらに持ってきてくれていたので、大変嬉しい思いをしていた。

 ……最初のほうは、だが。

 初めは良くても、それが10回、20回、30回と続くと、いくら乗り気だとしてもいやになってくるものだ。

 最後のほうなどは、完全に疲れ果てた状態で相手していた。


 村人たちは皆気の良い奴らばかりなのだが、それゆえにというべきか、ときどき悪ノリをしてしまう所があった。

 たとえば、去年フランツが村を荒らしていた害獣を退治したというので、みんなでパーティを開いたのだが、それが大惨事を引き起こしたのだ。

 誰も彼も酒を飲み始めるものだから、始まって1時間も過ぎないうちに大人が酔って使い物にならなくなり、次にガキどもの誰がフランツを褒めるかの喧嘩が起こる。

 俺は問題児どもを抑える係を任されてしまい、まともに楽しむことができなかった。

 ……もっとも、フランツの心から嬉しそうな表情に、そんな不満も吹っ飛んでしまったが。

 他にもいろいろなことが起き、少なくとも半年に1回、多い時は1か月に3回はあったほどだ。

 ……などということを思い出している内に、つい口をついて出てしまったらしい。

 興味深そうにこちらを覗き込むエリザベスの姿が見えたので、俺は諦めてこれまでの村での騒動について語ることにした。


「へえ、そんなことが……おもしろいモンだねえ」

「まあそうだな。つってもアンタなら知ってたんじゃないのか? 村長と会ったことがあるんだろう?」

「んー、確かにこの村にやってきたことはあるよ。でも大分昔の話さ。今となっては文化も何もかも違う」

「そんなに昔なのか?」

「ああ、あのジジイの背丈が、まだアタシの腰くらいの時の話だね」

「……え」

「あんときは可愛かったよ? アタシのことを『お姉さん』なんて呼んでさ、あれを教えてだの、一緒に遊んでだの。……一体いつからあんなに可愛げのないジジイになっちまったんだか」


 俺はエリザベスのその言葉に、おもわず声が出てしまうほどに驚いていた。

 確かにあのやり取りを聞いた時点で、昔馴染みなのだろうとは考えていた。

 それならば、見た目通りの年齢では確実にないだろうとも。

 しかし、村長が子どものころからの知り合いだったとなれば相当だ。

 しかもこの口ぶりは、まるで村長よりも年上――『お姉さん』と呼ばれていたと考えると、昔からそう変わらない背丈だったと言っているようなものではないか。

 そんなの、まるで……。


「魔族じゃないか……!」

「お、正解だ。アタシは魔族だよ」


 あまりにもあっけらかんと肯定するエリザベスの様子に、俺は思わずへたり込んでしまう。

「汚れるじゃないか」と諫める声が横からするが、この際無視だ。

 確かに魔族と人間は共存関係にある。

 しかしそれは最近の話で、ほんの50年ほど前までは人間が魔族に従属するような形だったという。

 村長の年齢を詳しく聞いたことはないが、齢70は超えているに違いない。

 現代では人間と積極的に交流する魔族は確かに多い。多いが、それ以前の交流まで遡るとなると……。


「……あんたって変わり者なんだな」

「おや? ようやく気付いたのかい。そうだよ、アタシゃ変わりモンさ」


 はぁ、とため息をつきながら、今までの彼女の言動を思い出す。

 思えば確かに隠しているようなそぶりはなかった。

 むしろ昔の話をしたり、【鑑定】スキルにおいてもわざわざ魔族を比較対象に持ち出していたりと、ひけらかすような様子さえあったといっていい。

 魔族がこんなところで商人をしているはずがないと、無意識の内に考えから排除してしまっていたようだ。

 ……もっとも、すべてが急な事態だったせいで考える暇がなかったというのもあるだろうが。


「おーい! セーレ!」

「村長がおよびだよ!」


 俺が自己嫌悪に陥っていると、後ろから聞きなれた男女の声がした。

 間違いない、フランツとヒルダだ。


「村長が?」

「ああ、アンタが帰って来たっていうからね、これからどうするかって聞きたいらしんだよ」

「ま、俺たちもお前が何するつもりなのかは気になるけどな! 昔から出来の良い息子みたいな存在だったし、聞き分けが良いのは嬉しいがちょっと心配だったんだよ」


 二人の言葉を聞いて、村へと帰る前にエリザベスから言われた言葉を思い出す。


「……アンタはどうしたいんだい?」

(どうしたい、か)


 まだ答えは出ていない。

 これはこれからずっと続いていくものなのか、それとも村長と話している間に気付くものなのか。

 俺は悩みながら、エリザベスと共に広場の奥、村長の屋敷へ向かっていた。


                  ◇


 木綿で織られたのれんをくぐり、俺は村長の屋敷に入る。

 木と石レンガで作られた屋敷の中は薄暗く、いくつかの蝋燭がぽつぽつと明かりを落とすだけだ。

 昔、あまりの暗さに「魔導灯でも買おうか」と聞いたが、「この暗さがいいのじゃ」と言われて暗いままだったという経緯がある。

 それからそれなりの時間が経っているが、結局村長の意志は変わらなかったようだ。


 ぬるり、と闇から抜け出すように村長が姿をあらわす。

 先ほどまでの気さくな雰囲気はどこへやら、悪の魔術師と言われても納得してしまうような貫禄だ。

 彼が上座に座り、俺たちにも座るようにうながすのを見ると、俺も近くの椅子に腰かけた。

 ちなみにエリザベスは、その前にちゃっかり座っている。


「さて、1か月の修行ご苦労じゃった。慣れぬことばかりで苦労したじゃろう」

「いえ、確かに厳しい修行でしたが、おかげで今まで理解の及ばなかった事柄について、より深く知ることができました」

「そうそう、アタシが直々に稽古をつけてやったんだぞ? 苦労なんてさせるはずないじゃないか」

「お主だからこそ心配だったのじゃがのう……まあ良い、本題に入るぞ」

「セーレ、この修行でお主は強大な力を手中に治めた。これからの未来、それをどう使うつもりじゃ?」


 言葉ではこのように言っているが、真意はこうだろう。

 ……これから先、何をしたい? と。

 何をするべきかはまだ分からない。だが、何がしたいかははっきりとわかる。


「……旅が、してみたいです」

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