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第3話 黄金の眼

 グスタフが呼びつけた兵士たちに連れられて、俺は玉座の間を出る。

 アウグストが何かわめいていたが、今はそれに対応できる状況では到底なかった。

 己のスキルを告げられた時から、ありとあらゆるものにあの四角形――ディスプレイという名だと、本能が告げる――が見えてしまって、酔いそうになっていたのだ。

 それまで自覚していなかったスキルを知ったとき、一時的に暴発を起こしてしまう例はそれなりにあるのだという。

 原理は完全には解明されていないが、以前は無意識のうちに制御していたスキルの全貌を把握してしまうことで、かえってどうコントロールすべきなのか頭で考えてしまい、結果暴発してしまうのだとか。

 話半分に聞いていたのだが、今の視界を鑑みるに真実だったのだろう。

 どうにか酔わないようにとうつむきながら歩く俺を見て、落ち込んでいると思ったのか兵士たちが声をかけてくる。


「まあアレだ、確かに荒事にゃあ使えねえかもしれないが、色々と使い道はあるからさ、気にすんな」

「そうそう、陛下はバカだからな、お前の価値が良くわかってねえのさ」


 【鑑定】は彼らの言葉に悪意がないと判定する――そう、判定してしまうのだ。

 鑑定の力はおそろしく、ありとあらゆるものの内容が事細かく視認できた。

 今歩いているカーペットの値段から、彼らの言葉の裏まで。

 これまで何かを推理することは何回かあったが、このように明確な答えが見えた経験はなかった。

 だからなのか、今までにない光景に、そしてそれがもたらす無機質な結果を処理しきれない。


(ウィンドウを消せ、ウィンドウを消せ、ウィンドウを消せ、ウィンドウを消せ、ウィンドウを消せ、ウィンドウを消せ…………!)


 俺は心の中で必死に念じる。何回も、何回も。

 それからしばらくして――数えてはいないが、おそらく3ケタは超えるだろう――、願いが届いたのか、ようやくウィンドウが虚空へと消えていった。


(……助かった)


 どうにか見慣れた景色に戻ってくれたものの、俺はそれまでに酷く消耗してしまい、結局うつむきながら城を出るのだった。


                  ◇


 行きとは違い、安上りな馬車に乗って俺は村へと帰った。

 半月ほど丸々潰してなんとか村に帰った俺は、想定していたのと違う状況でざわつく村人たちを横目に村長のもとへと向かい、事の一部始終を説明する。


「……ふむ、つまり稀少なスキルであることは間違いないが、その効果が期待できなかったため、王城から追い出されてしまったということじゃな?」

「はい、そうです」

「そうかしこまった態度を取るな。いつもの不遜なお主で良い」

「しかし……!」

「別に不敬を働いた訳でもなかろう」

「……ああ」

「それにな、【鑑定】は別に無能なスキルではない。作物の質を鑑定してもらうだけでも儂らとしては大助かりじゃ。……ああ、その顔つきを見るに、制御がきかんのじゃな?」

「……!」


 なぜ分かった、という思いと、やはりか、という思いが同時に浮かぶ。

 俺は嘘が上手な方だ。この村長だってだましたことがある。だからこそ、見抜かれた事実に驚きを隠せなかった。

 しかし、村長は勘が鋭い。若い頃はモンスターの襲来を察知し、罠で一網打尽にしたという伝説もあるほどだ。

 商才もあり、商人たちとの関係も良好。そのような人材が思いつかないようなものではないのも事実である。

 俺の心に浮かび上がったのは、そういうものだった。


「確かに制御ができぬなら、使い物にはならんな」

「…………」

「何、絶望することはない。お主のそれを制御できるようにすれば良いだけじゃからな」

「! できるのか!?」


 村長が告げた言葉は信じられないようなものだ。

 確かに制御不能なスキルは、教育次第で制御できるようにすることができる。

 しかしそれにはスキルに関する身体的な感覚を知っている必要があり、事実上スキル保有者にしか教えることができないものだ。

 そしてこの村にはスキル保有者が一人もいない。

 厳密には、いるにはいるものの、誰もそこまで詳しく調べないのだ。

 村長は言葉を続ける。


「儂の知り合いにエリザベスという婆がおってな、そやつが商人なのじゃが……と、噂をすれば来よったな」

「誰が婆だい、むしろアタシからすりゃあアンタが老けすぎなんだよ」


 村長が口を開いたのと時を同じくして、一人の女性が姿をあらわした。

 おそらく彼女がエリザベスだろう。

 彼女は不思議な存在だった。

 村長が『婆』ということはそう多くない。基本的に特別長い付き合いの相手のみだ。

 しかしローブで全身を覆った彼女の時折見える肌は若々しく、声にも張りがある。まだ20代だと言われてもおかしくないだろう。

 むしろ老人と言われるほうが違和感を覚えるに違いない。

 しかしその立ち振る舞いは確かに経験を積んだ者のそれで、そのアンバランスさが妖しい魅力をかもし出していた。

 しばらく二人の話を横で聞く。

 やがて話題が俺のスキルについてのものとあり、二人の視線がこちらに移った。


「そんで、この小僧がセーレかい」

「そうじゃ、じゃがこやつのスキルが厄介者でな……」

「どんなやつだい?」

「【鑑定Lv100】というそうじゃ」

「ほう……」


 エリザベスが息をつく。信じられないが、おそらくは感嘆の。

 ただ横で話を聞いていただけだが、それでも彼女の溢れんばかりの才覚は伝わってくる。

 その彼女にここまでの反応をさせるスキルとは、一体どのようなものなのだろうか。

 先ほどの話で俺に興味を持ったらしいエリザベスは、こちらを値踏みするように凝視する。

 しばらくして、視線が柔らかくなると、


「改めて。アタシはエリザベスだ、エリーって呼んでくれ」


 と握手を求められる。

 村長に聞いてみると、どうやらお眼鏡に叶ったらしい。


「さて、アンタの【鑑定Lv100】についてだけど、アタシは口で説明するのが得意じゃなくてねえ。……ジジイ、土地借りるよ」


                  ◇


「さてと、だ」


 エリザベスに連れられて村の近くの森に出ると、横の切り株に座るよう促される。

 それにしたがい、切り株の土を軽く払って座ると、彼女は口を開いた。


「【鑑定】ってのは、レベルによって鑑定できる種類が増えるってのが特徴だ。……ここまでは知っているね?」

「はい」

「よろしい。そんで、今までの文献が少ないから【鑑定Lv100】はハズレだって判断された。それで合ってるね?」

「……ああ」

「じゃあさ、なんで今までこのスキルが出てこなかったと思う?」

「なぜって……あまりにもレアだったからでは……」

「確かにその一面もある。だがそれだけじゃあない」


 俺はゴクリ、と生唾を飲み込む。


「アタシゃかなり長生きしててね、このスキルの持ち主に会ったことがあるんだよ。とはいっても、片手で数えられる程度だがね」

「それなら……なぜ……」

「……このスキルを持ってるやつは、みんなすぐに死んじまったからだ」

「……!」

「【鑑定】はレベルによって鑑定できる種類が増える。……そして、Lv100ともなると、文字通り万物を鑑定することができるんだ」

「そ……!」


 俺の口から言葉とも驚きともつかない声が出る。

 そんなはずがない、か、そうだったのか、か。

 どちらを言うつもりなのか、俺でもわからなかった。


「万物の本質が見えるなんざ、そりゃあもはや神の領域だ。……だがね、人間の体は神の力に耐えられなかった」

「……それで」

「ああ、このスキルを発現させたやつはみんな、暴走させたまま死んでいった」


 その恐ろしい事実を知って、どこか納得してしまう俺がいた。

 発現と共に死んでしまうのであれば、確かに文献が見つからないのも納得だ。


「正直に言うとね、アンタの話を聞いたとき、とても信じられなかった。あの力は人間どころか、魔族でさえも扱いきれないだろうからね」


 魔族。人を越えた力と寿命を持ち、人類を時に脅かし、時に助けるもの。

 かつては現人神として信仰の対象になることも、魔王と呼ばれる魔族が人間を滅ぼそうとすることもあったという。

 現代では種族として認められ、人と共に歩むことを多くの魔族が選んだものの、その数は少なく畏怖の念を持つものもまだ多い。

 そんな彼らでさえ使い切れない力が、俺の中に眠っているというのか。


「でもね、アンタはその力を己の制御下に置いていた。使い切れてはいなくても、封印することができていたんだ」

「……そうなんですか……!?」

「ああそうさ。それでだ、ハッキリ言っちまうと、アタシじゃアンタに完璧にそのスキルを使いこなさせるようにはできない。アタシが持ってないからね」

「それでは……」

「人の話は最後まで聞きな。でもね、【鑑定Lv70】と同じ位になら、アタシにだって教えられるのさ。なんせアタシがそのスキルを持ってんだから」

「それって……!」


 彼女は不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「商人ギルド終身名誉顧問、『黄金の眼』エリザベス・メーシャが、アンタがスキルを自分のモノにするまで鍛えたげる」

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