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第18話 教育の時間

「ということで、今日から教育係に任命されたセーレ・アンデルセンだ。以後よろしく頼む」

「同じくフランベルク・フォン・フラゲデスシーデス・ガルダよ。よろしく」

「そうか、フランベルクなら安心そうだ。僕はエルンスト・フォン・シュヴェルトヴェヒターだ。改めてよろしく頼む」


 俺を無視した言い方に少し苛立ったが、ここは年上の余裕というやつで収めてやることにする。

 おそらく悪意はないのだろうが、我がままというか、甘やかされて育った影響が如実に表れているようだ。


「ところで、お2人からは何を教わればいいのだ?」

「フランベルク様には剣の稽古を、セーレ様には市井(しせい)の者の文化についての指導をお願いしています」


 エルンストによる当然とも言える疑問にアンが答えた。

 エルンストは事態がうまく飲み込めていないようで、首を傾かせながら何やら考えている。

 この年齢であることを考えると、周りの政治などをすべて察しろというのも難しいし、仕方のないことだろう。

 問題はアンの方だ。

 フランの強さは知っているし、とくに爵位があるわけでもない俺に平民についての教育を任せようとするのはわかる。非常に合理的な判断だ。

 しかし、こちらに対して何の了承も得ずにやられてしまうと、してやられたような気になる。事実してやられたのだが。

 だが、見方を変えればこれは好機だ。

 おそらく彼は純粋な性格をしている。それ自体は美徳なのだが、この権謀術数渦巻く王室ではその美徳が足を引っ張りかねない。

 そこを矯正して信頼に足る君主へと成長させ、そして相手の信用を得る。

 この2つを両立できるというのは中々運が良い。

 俺は内心ほくそえみながら、目の前の王子に深々と頭を垂れるのだった。


                  ◇


「だから、市場に出る時は銀貨にしろと……!」

「確かにそう教えられたが、なぜそうしなければいけないんだい? せっかく金貨でまとめて持ち運ぶことができるというのに」


 だからだよ、と口まで出かかった言葉をどうにか飲み込む。

 エルンストの教育係を引き受けてから1週間、俺は早々に心が折れかけていた。

 問題はエルンストにあまりにも常識がないことだ。

 頭の出来に関しては一切問題ない。性格も良く、ちゃんと理解できれば要領よく行ってくれる。

 しかし、王族として生きてきたためか、あまりにも世間の常識からかけ離れた存在になってしまっているのだ。

 それを責めることはできない。彼は彼なりに、持つ者として誠実に生きてきたのだろう。

 だが現在はそれが足をすくいかねない状況だ。だからこそ、頭が痛かった。


 事の発端は、エルンストを市場に連れて行って欲しいというアンからの依頼だった。

 一般的な金銭感覚を学ぶことで、没落してからもちゃんと生活できるようにしてほしい、というものだ。

 市場は比較的治安が良いが、それでも人さらいなどの悪人が隠れている。

 ぼったくりなども多く、高い身分の、それも王族がノコノコと入ってしまえばきっと良いカモになってしまうだろう。

 一応、最終的な決定権は俺に任されていたのだが、人を疑う力を身に着けて欲しい俺としても好都合だったので、二つ返事で引き受けることにした。

 金貨はまとまった金額を効率良く持ち運びすることができるが、だからこそスリに狙われやすい。

 どうあがいても身分の高い人間だとバレるであろうエルンストに持たせるのは自殺行為と言ってもよいものだ。

 それをエルンストに教えようとしていたのだが……。


「だから、もし襲われでもしたら……!」

「なぜ襲わなければならないんだい? 我が国では困窮した民のために食料配給も行っているはずだけど」


 万事この調子で、話が一切進まない。

 あんな我がままな王を父に持ちながらこの純粋さは、甘やかされたのではなく一種の才能なのではないかという疑問すら芽生え始める。

 ……仕方ない。

 この世の贅を尽くしていてもおかしくないこの少年に聞くかはわからないが、あの方法を使うしかないか。


「ハァ……そうか、残念だ」

「? 何が残念なんだい?」

「エルンスト殿下が納得できないなら、この話はなかったことにするしかないな。……殿下の好きなものを買おうと思っていたのに」

「!」


 エルンストの顔が後悔に染まるのがわかる。

 よし、引っかかってくれたようだ。

 村にいた時も、あまりに聞き分けのないガキ相手にはこうやって餌を吊り下げていた。

 卑怯だと笑いたければ笑え。俺はそれだけ必死なのだから。


                  ◇


 2人で市場へと向かってから早数時間。

 エルンストは、林檎を前にして何やらうなってた。


「なんだ? 食べたいのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだ。……高すぎると思って」


 途端に店主の目が鋭くなる。

 俺はエルンストを連れ、あわてて路地の裏へと隠れた。


「……馬鹿! 店員の目の前でいう奴がいるか!」

「す、すまない……」


 エルンストがしおらしくなったのを見て、彼に「高い」と口にした理由を尋ねてみることにした。


「そうだな、まず、あの林檎は10個で5ブールだったろう? 林檎の相場は10個でおおよそ銀貨2ブールほど、家で買っている高級種でも8ブールを超えることはそうそうない。そう思うと、意図的に値段を吊り上げているのではないかと疑ってしまってね」


 エルンストの言葉に、彼の評価をこっそりと引き上げる。

 ただの子どもだと思っていたが、教育はまじめに受けているらしい。

 もっとも、1つ見落としてしまっている点があるが。


「確かにその通りだ。だが、今年はいつもと違う所がある」

「なんだい?」

「今年は全体的に不作の年でな、しかもこれが王国だけじゃない、大陸全般でそうなっている。となると、当然林檎も高くなる訳だ」

「確かにそうだね。でもあそこまで高い理由は?」

「必須ではないからだ。他の食べ物と比べて、林檎は決して安くもなければ腹が膨れるわけでもない。そうなると高い金で売らないとそれまでの費用を打ち消せないから、ああいった風に高くしてるのさ」


 事実、俺の村でも今年の作物はどうしようかという話があった。

 幸い、そこまでの被害ではなかったおかげでどうにかなったが。

 エルンストは俺の話を聞いて衝撃を受けているようだ。

 どうやら今まで頭にそういった考えがなかったらしい。

 王族である以上仕方がないとも言えるが、俺からすれば常識としか思えないことで何度も感動したり困惑する姿は年齢以上に幼く見える。

 まるで子守をしているようだ。


(……さて、刺客は……?)


 百面相を繰り広げているエルンストを放って置き、俺は辺りを警戒する。

 王族である彼の命を狙う者は星の数ほどいる。

 そういった刺客にとって、人が多いもののその分暗殺しやすい市場は中々の狩場なのだ。

 アンのほうでもいくつか護衛を用意してくれたらしいが、一体どうなることやら……。


「さて、行くぞ」


 俺がエルンストの手を取り、表通りに戻ろうとすると、腕がぐんと重くなると同時に彼の悲鳴が聞こえた。

 俺は慌ててエルンストの方を向くと、奥にいる黒い不審な男へ向かって手刀を放つ。

 予想外の攻撃だったようで、エルンストの左手を持っていた男の腕が離されるのを見て、エルンストの前に立った。

 エルンストはおびえた様子で震えてしまっていたため、彼の肩をゆっくりと撫でる。

 しばらくすると身体の震えが落ち着いた。もう大丈夫だろう。


(……ふむ、思ったよりも正面から来たな。刺客だろうか?)

「白昼堂々とは、ずいぶん自信なようだな」


 内心疑問に思いながらも、俺は男に質問をする。

 男は何も言わない。もっとも、刺客だとすれば当然の反応だ。


(このままではらち(・・)が明かないな……【鑑定】!)


 彼に向かってこっそりと【鑑定】を発動する。

 その内容によると、少なくともこの件については単独犯らしい。

 王族などの関与は一切ないようだ。

 おおよそ、身代金か売りさばく奴隷用にと誘拐しにきたのだろう。


(これくらいの奴らなら俺だけでも対応できそうだな。治安維持をしつつ、ついでにエルンストの印象をよくするか)


 俺は男の喉元に突き付けるように、ゆっくりと杖を持ち上げた。

 さあ、教育の時間だ。

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