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第17話 第3王子エルンスト(下)

「――エルンスト様の教育係を勤めていただきたいのです」


 この言葉には驚いた。

 婚約破棄された男爵令嬢と王室の監視対象。

 こんな2人に教育を任せるなど、普通であればありえない。


「……坊ちゃまは、世間の常識に疎うございます」

「そうだな」

「しかしいつまでもこのままでは、次期国王が決まった時粛清されかねません。万が一国王になることがあったとしても、常識のない国王は支持されないでしょう」


 なるほど。アンの狙いが見えてきた。

 彼女はエルンストがこれから自立して生活できるように、常識をたたき込みたいのだ。


「……でも、わざわざ王族がする必要はあるの?」

「必要ないでしょうね。……本来であれば」


 その言い方が気になった。

 本来であれば必要ない。それはまるで、現在は必要のある異常事態のようではないか。

 そんな俺の直感は、残念ながら当たってしまっていたらしい。


「……現在、王室の一部でよくない動きが見受けられます」

「よくない動き?」

「ええ。……お2人は、ライヒュース領の問題を鎮めたと聞きます。あのようなものです」

「……!」


 フランが息を飲む音が聞こえる。

 俺も、まさか彼女がそこまでの情報網を持っているとは思っていなかった。

 そして気になるのは、それをあたかも苦々しく思っているかのように語っていることである。


「……そこまで知っているなら、なぜ止めなかった」

「我々も知りようがなかったのです。情報統制をされていましたので」


 しかし、フルーの口ぶりは王室全体が加担しているようなものだった。

 もちろん、彼女の勘違いという可能性もあるが、あそこまでのやり手が思い込みだけで恨むとは思いづらい。


「一部、とは言いましたが、正しくは第3王太子派と分家を除いた王家と、彼らに仕える官僚や宮中伯らのほとんどです。むしろ我々のほうが少数派と言えるでしょう」


 なるほど、と俺は心の中でうなずいた。

 確かに、それならエルンストが王室の行為を認識できていなくてもおかしくないだろう。

 相手派閥にわざわざ情報を仕入れてやる必要はどこにもないのだから。


「そういうことだったのね。確かにアイツは悪いことができるような人間じゃないとは思ってたけど」


 最初にエルンストの姿を見た時、腹芸のできるタイプではないと思っていたが、間違いではなかったようだ。

 アンもうなずいているので、少なくとも2人が婚約者に限った話ではないのだろう。


「今の王室は国王派とエルンスト様派で二分されております。とはいえ、王宮の有力な層はほとんど国王派で、こちらは弱小派閥にすぎないのですが。……現在エルンスト様は非常に危うい状況にあります。今までは低い王位継承権ゆえに自由に動けていたのですが、現在はそれが逆効果になっているようなのです」

「と、言うと?」

「まず、国政全般から遠ざけられております。まだ学んでいる段階なので、具体的なものに関しては仕方がないのですが、儀礼的なものにも欠席するよう根回しがされている状態でして」


 なるほど、どうやらエルンストの置かれた状況はかなり悪いようだ。

 フランも驚いた様子で、何かを言おうとしている。

 いくら嫌いな相手とは言え、そこまでの窮地に追い込まれて何も思わないほどではないのだろう。


「つまり、だ。今の状態では、エルンストは粛清、もしくは事実上の追放をされる可能性が非常に高い。そこで少しでも一般常識を学ばせておきたい、ということでいいか」

「ええ、その通りです」


 厄介な依頼が来たな、と俺は独りごちる。

 この依頼は非常にうま味が大きい。

 第3とはいえ王族に貸しを作れるだけでなく、相手の性格上反乱に協力してくれる可能性も高い。

 今までは単純に国王を降ろすだけだったが、これさえ受ければ後釜にエルンストを推薦することができるようになるのだ。

 大義名分を手に入れられるという恩恵は大きい。

 しかしその一方で、難易度が高いのも事実だ。

 おそらく彼は産まれてからずっと甘やかされて育ってきた。

 アンはその中でもできる限り鞭の役割を演じてきたのだろうが、あの様子だとうまく行っているとは言い難い。

 そしてこれを受けてしまえば、確実に第3王子派とみなされることになるだろう。

 もちろん国王派になど死んでも入ってやるつもりはないが、このタイミングで陰謀うずまく政治劇の中に放り込まれるというのは中々のリスクだ。


(とはいえ……)


 しかし、俺の腹の中はほとんど決まっていた。

 フランの心配そうな顔。

 それを見てしまうと、どうしても見捨てるという選択肢をとることができなかったのだ。


「……ハァ。わかった、その依頼、受けよう」

「ありがとうございます。……さて、こちらの方が教材となります。もし足りないものがあればお申し付けください、こちらで補充いたしますので」


 まるで答えをわかっていたかのように、アンが次々とエルンストの教育に必要なものをだしてくる。

 実際、フランがいる時点でこの結末は決まっていたのだろう。

 ……フルーも有能だったが、彼女も彼女で中々食えない女のようだ。

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