第15話 フルーフォートの礼
「……ずっと前から気になっていたのだけど、あれだけの魔法をどうやって操っているの?」
「ああ、それか。俺も詳しくはわかっていないんだが、スキルの影響じゃないかと睨んでいる」
「スキル?」
あの後、俺たちはもう少しだけ戦利品を集め、その後、炭鉱から出た。
オブシディアン・スライムとあの粘液は相関関係にあったようで、帰り道からはすっかり消えていた。
「そうだ。まず俺には【風の神の加護】がある」
「あの『シーフ』の才能に優れた者が持つという?」
「ああ。それによって手に入る具体的な才能は身のこなしと観察眼。つまり場を見る能力と素早さだ」
「それで、それがどう魔法に?」
「そこで【鑑定Lv100】の出番だ。【鑑定】はレベルが上がるごとに色々なものを調べられることができる。100ともなれば魔力を見ることなんて造作もない。俺は今まで無意識の内に、魔力の流れを見ていたわけだ」
「……なるほど。回復魔法と違って、普通の魔法は魔力さえあれば使える。魔力の使い方を見ることさえできれば、高度なものを使うことも簡単にできるのね」
「そういうことだ」
エリザベスと修行していたころは気付かなかったが、今は体内や世界に流れる魔力がわかる。
俺の想像だが、レベル70ほどでは魔力を【鑑定】することはできないのだろう。
しかし、命の危機に直面したことで本能的に100パーセントの力を使うことができた。そういうことなのではないかと思う。
「……さて、随分疲れたな」
炭鉱に入ってまだ3時間ほどしか経っていないにもかかわらず、体はボロボロで今にも眠ってしまいそうなほどだ。
フランも同じ気持ちだったらしく、「今日は野宿でもしない」などと普段からは想像もつかないような発言をする。
しかしフルーは乗り気でないらしく、何やらぶつぶつとつぶやきながら考えているようだ。
「そうだ! お2人とも、この近くに良い宿があるのですが……」
良い宿。
フルーが言うほどだから、相当な宿なのだろう。
王都へ行ったときも、王族が使うような宿に泊まらせてもらったが、あの時は色々と強烈な体験をしたこともあって記憶が薄い。
それに、ミーア共和国とも近いこの領では王国と共和国の文化が入り交じり、独特なものへと変化してるという。
きっと村や王都のものとも違った感覚が楽しめるはずだ。
ふと視線の端に違和感を感じ、フランの側へと目を移すと、先ほどまで重かった彼女の足取りが、まるで別人のように軽くなっていた。
野宿で、などと言ったものの、本音としては上等な宿に泊まりたいのだろう。俺も同じ気持ちだ。
「そうか。それなら連れて行ってくれないか? もうクタクタなんだ」
「ええ。こちらです」
◇
「こちらが『ホテル・レザン』です」
フルーに言われるがままに目線を上げる。
レンガ仕立ての赤色の壁が蔦に覆われ、黒い瓦の屋根と美しい対比を生み出している。
綺麗な四角形になるように整備された生垣からは季節の花々が咲き誇り、やわらかな芝の緑色を彩っていた。
「親戚の者が、使われなくなったライヒュース邸を改築したのです。近隣の貴族の方々や、ミーア共和国からいらっしゃった商人の方がいらっしゃったこともあるのですよ?」
決して派手でないながらも気品に満ちたその立ち姿は、確かに貴族や豪商が泊まっても不自然ではないように感じた。
フランも呆然としたように屋敷の全貌を見上げている。
彼女も貴族の1人ではあるが……今は貧しいと聞いたし、おそらくこういった所に宿泊するほどの金銭的余裕がなかったのだろう。
「ほ、本当にいいの……? こんな……高いでしょう?」
フランの口調がいつもと比べて少しおかしい。
「無料でかまいません。わたくしに、いいえ、わたくし達ライヒュースの民にとって、あなた方は命の恩人ですから」
「そ、そう、よね。……セーレ! 早く行くわよ! かわい……アタシ達にふさわしいものがここで待っているに違いないわ!」
「ちょ、フ、フラン!?」
俺の静止もどこ吹く風と、フランは一直線に宿へと走っていった。
◇
「お2人とも、宿はいかがだったでしょうか」
「最高よ! 部屋に置いてあるぬいぐるみもかわいかったし、ベッドルームも綺麗でお姫様みたいだった!」
「おーい、フラン」
もはや取りつくろう余裕もなくなったらしいフランが、暴走気味に部屋の感想を語る。
すでに【鑑定】でかわいい物が好きというのは知っていたし、おもしろいのも事実なためこのまま放置したくもあるのだが、普段の様子から察するにかわいい物好きを隠したいようなので、一応口だけでも止めるポーズを見せておく。
正気に戻ったら何かしら言われるだろうが、止めようとしたという実績さえ作ってしまえばそこまで横暴には振るまえないはずだ。
「フランのことは放っておくとして、俺もアイツと同じ気持ちだ。村育ちの平民だから気の利いたことは言えないが……」
「いいえ、お2人の気持ちは良くわかりました。くつろいでいただけて何よりです」
炭鉱に行く前から思っていたが、フルーの笑顔は人を癒す効果があるらしい。
もちろんこの宿が上等なものだったからというのもあるが、フルーが心から嬉しそうに笑っていたからというのも大きい。
きっとフランも同じ気持ちだろう。
「……改めまして」
居住まいを正したフルーの目が、俺たちの顔を真っすぐと射貫く。
先ほどまでの人を安心させるものとは違い、嫌が応にも姿勢を正してしまうような、緊張感に満ちたものだ。
「この度は、わたくしの依頼とも言えぬ依頼を受けていただき、大変ありがとうございました」
深々と、俺たちに向かって礼の姿勢をとる。
「知識、実力。共に私たちには不足していた能力です。あなた方が居なければ、王室に搾取されたまま領の消滅を待つのみだったでしょう。それを、あなた方は助けてくださいました」
「しかし、俺たちにも事情が……」
「事情があっても構いません。ライヒュース領の危機を救ってくださった。それだけで十分です。……お手伝いできることがあれば、なんなりと」
フルーの声は凛としていて、そのせいだろうか、彼女の言葉を否定しきることができなかった。
……言ってもいいのだろうか。俺の願いを。まだフランの答えさえ聞いていないのに。
(……まったく。行きはあれだけ強気だったのに、我ながら情けない)
答えを求めるように、あるいは助けを求めるように、俺はフランに視線を移す。
俺の視線に気付いたフランは、すべてを見透かしたような目で首を縦に振った。
肯定の意だ。
(……腹をくくらないとな)
「……1つ、頼みがある」
「なんでしょうか?」
「反乱だ。現国王、アウグスト・フォン・シュヴェルトヴェヒターへの」
「ええ。喜んでお受けいたしましょう」
「もしいやなら……いいのか?」
あまりにもあっさりとした了承に、逆に俺が戸惑ってしまう。
確かに彼女も被害者ではあるが、同時に貴族の1人でもある。
だからこそ、答えづらい部分もあるのではないかと思っていたのだが……。
「ライヒュース領はあまりにも王室に搾取されてきました。かつてならまだしも、今の王国に忠義を誓う必要などないでしょう。きっとお父上も同じ気持ちです」
「そうか……俺としても嬉しいよ、ありがとう」
部屋の緊張感が少し和らぐのを感じた。
いや、俺が必要以上に緊張しすぎていた。ただそれだけなのだろう。
空気の変化を感じたのか、いつの間にか冷静さを取り戻していたらしいフランがフルーに今後の予定を聞く。
そこは俺も気になっていたところだ。
「まずは、黄金病の治療に勤めたいと思います」
「そうだな。きっとそれが良い」
「はい。それに黄金病の治療は、わたくしが一番効率的にできますから」
【医神の加護】はスキル保有者に絶大な回復魔法の才能を授ける。
確かに、彼女ほど適任な者はそういないだろう。
「ある程度軌道に乗ったら、陛下に被害を受けている方々がいないか、こちらで調査してみたいと思います。わたくし達だけでは少々心もとないのも確かですし」
「……ありがとう。アタシの方からも、いくつか話を聞いてみるわ」
それからしばらく、俺たち3人だけでもできる対策について話し合いを始める。
あまりにも白熱してしまい、話し合いが終わるころには日が昇ってしまっているのだった……。
◇
「お2人ともありがとうございます」
「もう大丈夫よ……本当に大丈夫?」
「ええ。もう王室の好きにはさせません。セーレ様も、続報を楽しみにしていてください」
「ああ、ありがとう」
俺とフランはフルーと別れのあいさつを済ませ、ヴァーグンハイルナンに戻ろうとしていた。
手を振って帰り道へと進もうとしたその瞬間、後ろからフルーの呼び止める声が聞こえる。
「……あ! お2人とも、昨日お話し忘れたことがあるのですが――」