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第13話 黒い悪意

 鉱山の中は真っ暗で、明かり1つ見当たらない。


「この中を移動するのは難しいな……」

「待っててください。今明かりを付けますから……『ライト』!」


 フルーが呪文を唱えると同時に、周囲がほのかに明るくなる。

 どうやらフルーが魔法で照らしてくれたようだ。


「詠唱無しで魔法を使えるとは……もしかして、意外と場慣れしているのか?」

「その……この様な立地ですと、いさかいもままあることですので……」


 辺境伯は、国境沿いという攻められやすい領地を得る代わりに、高い発言力を持つという。

 そして、その保持のためには高い戦闘能力が求められるとも。

 ミーア共和国とは友好関係を気付いていると聞いていたので忘れていたが、彼女とて辺境伯の娘である以上、血なまぐさい場面に出くわすこともままあったのだろう。

 そうやって見てみると、身のこなしは優雅だが決して非効率的なものではない。

 それが彼女の経験の豊富さを示しているように感じた。


 金脈があちらこちらに散らばっていたのか、鉱山内は迷宮のように複雑な構造になっていた。

 フルーが地図を持ってきてくれていたため助かったものの、俺たち2人だけでは確実に迷っていただろう。

 地図に従い、鉱山の奥へと進んでいくと、とある部屋で立ち止まる。

 休憩地点として使っていたのだろうか。少し開けたその部屋は、真っ黒な粘液に満たされていた。


                  ◇


「ゲェ……なんでこんなにベトベトしてるのよ……」

「本当です……何が原因なのかしら……」


 黒い液体を掻きわけながら、俺たち3人は鉱山を進んでいた。

 あの部屋からより奥はすべて黒い粘液に侵食されてしまっているようで、壁も天井も黒一色だ。

 おまけに粘液は膝に達する深さである。

 粘度が想定していたほどではなかったのでなんとかなっているが、それでも簡単な魔法で身体を強化してようやく歩けるレベルだ。


「……どうやらこれがスライムの出没する原因になっているみたいだな。原産地が遠い。おそらく人為的に持ち込まれたものだろう」


 俺の【鑑定】結果に、フランは元々ひそめていた眉をさらにひそめる。

 フルーも悩まし気に、何かを思案している。

 ただでさえ不快だというのに、おまけに何かしらの陰謀の可能性さえあるのだ。

 俺にも2人の気持ちは十分理解できた。


「……っ! 危ない!」


 フルーの叫ぶ声とほとんど同じタイミングで、フランが後ろを振り返った。

 そしてそのまま剣を突き付けると、そこから醜い叫び声が上がる。

 それと時を同じくして、黒く染まったゴブリンが床に落ちる、ドボンという音が聞こえた。


「『インヴィジブル』か……」

「ゴブリンといっても、中々手ごわそうね」


 ゴブリンは本来知能の低い魔物だが、時折高い知能を持った個体が存在する。

 それらはさまざまな道を歩み、時には人間と友好関係を築いて魔族として認められる者も存在するが、多くは魔物としてゴブリン達と生活する。

 彼らはその知能の高さもあって、ゴブリンリーダーとして君臨するものが多い。

 魔法が使える者も決して珍しくないため、ゴブリンはリーダーが存在するかしないかで危険度が変化するようになっているほどだ。

 そしてここのゴブリンはおそらく前者。オブシディアン・スライムもいることを考えると、非常に厄介だ。


「……と、もうお出ましみたいだ」


 俺たちは隙を見せないよう注意しながら前を見る。

 シワやイボがあちらこちらに点在する深緑の肌に、鋭く狡猾な目。

 俺たちとそう変わらない背丈に大きなわし鼻がついている。

 ここに居たであろう犠牲者達の服をかき集めて作った粗末なローブに身を包み、頭蓋骨をあしらった杖を右手に、くず鉄で作ったネックレスを首から下げている。

 間違いない。さきほどまで話題に出していた小鬼の長(ゴブリンリーダー)だ。


                  ◇


「――『ファイア』!」

グギャギャ(ムダダ)! 『アクア』!」


 フルーが呼び出した巨大な火球を目にして、ゴブリンリーダーはすかさず呪文を唱える。

 その杖から呼び出された大量の水によって、フルーの呪文はかき消されてしまった。


「……地の利が悪いですね」

「ああ。相手のペースにうまく乗せられてしまっている」


 こちらからすれば、今まで経験したことのない不安定な足場。

 しかし、あちら側にとっては住み慣れた場所でもある。

 どちらのほうが有利にことを運べるかなど、明白だ。


「……念のために魔力は温存しておきたかったんだが、仕方ないか」

「セーレ様?」


 俺の気配が変化したのを感じ取ったのか、フルーが問いかけてくる。

 ちなみにフランは俺のしたいことをすでに察したのか、魔法を使って俺たちの周りに結界を張っていた。

 俺の魔力では敵ごと味方を殺してしまいかねなかったので、ありがたく頂いておく。

 不安げなフルーを抱きしめて落ち着かせると、俺はゴブリンリーダーに向き合った。


「随分と自信満々みたいだな。では今度はこちらから行かせてもらおう」

「……! ゲッ(Em) ゲッッ(Vest) ゴグガ(Cotza)――」


 知識か、あるいはただの勘か、異常な魔力の流れを感じたのか、ゴブリンリーダーが慌てた様子で呪文を詠唱する。


「ほう。危険な魔法を識別する知能はあるらしい。……だがムダだ、『不可視(インヴィジブル)()(ウィンド)』」


 瞬間、四方八方から刃のごとく鋭い風が吹き荒れた。

 風は縦横無尽に暴れまわり、壁を、粘液を、岩を、そしてゴブリンリーダーをも切り刻む。

 耳をつんざくばかりの甲高い音が鳴りやんだ後には、魔物の姿はもうどこにもなかった。


                  ◇


「す、すごいです! さっきのはなんだったのですか!?」


 どうにかゴブリンリーダーを退治した俺は、興奮した様子のフルーに問い詰められている最中である。

 先ほどまでの落ち着いた雰囲気はなく、見た目通りの幼げな印象をまとっている。


「俺は【魔力ブーストLv8】を持っているんだ。それと【鑑定Lv100】を使えば大体のことはできる。……まあ、今まで実践でやってきた経験がなくて、デカい規模になりがちっていう課題があるんだけどな」


 フルーにそう説明をすると、どうやら納得してくれたのか、さきほどまで引っ付いていた俺から離れてくれた。

 もっとも、まだ興奮は冷めていないようだが。


「わたくし、昔は勇者になるのが夢だったんです。魔力量が少ないということで早々に諦めてしまったのですが、こうやって勇者に出会えて、しかも同じくらいにすごい方と旅ができるだなんて……!」


 フルーはまるで連弾銃(マシンガン)のように、俺の戦い方を称賛している。

 ちなみに、銃とは古代機械文明の遺物であり、少量の魔力で精密な魔法が制御できるようにするものだ。

 しかし内部に複雑な機構を持つものが多く、本来は実弾を込めて発射するボウガンのようなものだったのではないかという仮説があげられている。

 若干高価ではあるが、魔力量が少ない冒険者にとっては必需品らしく、フルーも腰のベルトに小型銃(ピストル)を下げていた。

 ……と、現実逃避をする俺の横で、フルーの賛美はまだ止んでいないようだ。

 それほどまでに買ってくれるのは嬉しいが、ここまで褒められるとさすがに恥ずかしい。


「ゴホン! さ、さてだ。おそらくこの奥にオブシディアン・スライムがいる。そいつを倒せば万事解決……かはわからないが、少なくとも黄金病に関しては収まるだろう」

「え? なぜですか?」

「ああ、そうか。珍しい魔物だからな……オブシディアン・スライムから採れるコアが黄金病の治療に最適なんだ。それに他の素材だって魔力を多く含んでいるから、フルーの助けになってくれるはずだ」

「……それで、勝機は?」

「十分だ」


 空気を変えるためにと話題を転換したのだが、ありがたいことに効果があったらしい。

 先ほどまでブンブンと振り回す尻尾の幻が見えていたフルーは落ち着いて淑女の姿を取り戻し、苦笑していたフランの顔が引き締まる。

 フランは俺の自信満々な様子に興味を持ったようだ。


「理由を聞かせてもらってもいいかしら?」

「ああ、それなんだが……」


 俺の作戦を聞いた2人は、最初虚をつかれた様な顔をしたものの、すぐに希望に満ちたものへと変わった。


「さあ、事態は一刻を争う。グズグズはしていられないぞ」


 俺たち3人は、目の前にぽっかりと浮かぶ黒い穴を睨みつけ、奥地へと進んで行くのだった……。

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