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第11話 黄金病

 俺とフランは共に王国の辺境、ライヒュース領に向かった。

 フランに話した内容の真偽を知るためである。


「ねえ、本当にここで不正が行われているって保証はあるの?」


 フランは未だ疑っている様子だ。

 もっとも、信じられないのも無理もない。

 小さな領地に、貴金属が大量に隠されているなどとは。


                  ◇


「……はあ!? いくらなんでもあり得ない!」


 俺が疑惑について話し終わった後、フランは叫ぶように俺の言葉を否定した。

 内容はこのようなものだ。


『――この街から東に数十キロほど、国境沿いのライヒュース地方に大量の金貨が隠されているらしい』

『しかもそれらは本来市場に回っていたものを意図的に抑え込んだものであり、それに国王が直々に関わっている』


「仮にそんなことがあったとして、なんでライヒュース領なの!? 加担する理由がないわ!」


 フランの意見ももっともだ。

 ライヒュース領は王国の東端、ライヒュース辺境伯が統治する、ミーア共和国との国境沿いに位置する地域だ。

 北側は豊かな海とほどよい勾配に恵まれており、また南側は海に面してるのもあり、漁業に農業など、第一次産業が盛んである。

 またその立地から共和国側とも良好な関係を築けており、商業面でも栄えている地域で、『金色の草原』という異名を持つほどだ。

 一見すれば、確かに王国の不正に加わるほど困窮しているとは思えない……が、それだけではないことを俺は知っている。

 もっとも、そのほとんどはエリザベスが手に入れてくれた情報なのだが。


「確か、最近のライヒュース領で原因不明の死者が急に増え始めたらしいな」

「ええ、騎士団が総出で調査している最中だけど……まさか!」

「安心しろ、そういった理由じゃない。どちらかといえば領主は被害者側だ」

「じゃあなんで……」

「……死因を特定しようと犠牲者を解剖した結果、ある共通点が見つかった」

「一体、どんな……?」

「……内臓が、貴金属に変化していたそうだ」

「……!」

「フランも気づいただろう。どういう訳だか知らないが、今のライヒュース領では黄金病ゴルドナー・トッドの患者が急増している」


 フランが信じられないといった目で俺を見る。

 当たり前だといえるだろう、黄金病とは本来極一部の者しかかかることのない病気なのだから。


 時折、自ら制御しきれないほどに多量の魔力を持って生まれる者がいる。

 そういった人々は無意識下で魔法を発動してしまい、ほとんどがもっとも身近な物体、つまり自分の身体へと降りかかる。

 黄金病とは、こういった発作的な魔法の発動によって見られる症候群の1つだ。

 初めは内臓のごく一部が黄金に変化し、やがて体内全体へと広がって死に至る。

 そのような恐ろしい病なのだが……。


「けど、こんな短期間で黄金病が進行するだなんて……」


 そう、問題は進行が速すぎるということだ。

 本来黄金病はゆっくりと、致死的な状態に至るまででも20年はかかる。

 治療法は簡単で、魔力を無尽蔵に発散できる物体を身に着けておけばそちらに魔力が流されるため、そこまで重篤な症状に至ることは少ない。

 あるいは、【医神の加護】という、あらゆる病気に対する治療魔法を行使できるようになるスキルの持ち主がいれば、完治させることさえ可能だ。

 もっとも、このスキルは稀少なものなので、都市部で、それも多量の金を積んでやっと行えるような方法なのだが。

 しかし、俺は知っている。

 エリザベスから提供されたライヒュース製の金貨。それを【鑑定】した時の結果を。


                  ◇


 あの日、エリザベスからリーブル教会での部屋を融通してもらってから数日後。

 俺はエリザベスから、融通の対価として言われた『用事』のために呼び出されていた。

 窓がなく、闇の中にぼんやりとした明かりが浮かぶだけの小さな部屋。その机の上に、大量の金貨が置かれる。


「これは?」

「ライヒュースからこっそり貰った特別製の金貨さ。【鑑定】してみな」


 エリザベスに言われるがまま、俺は金貨に【鑑定】を唱える。

 そこに浮き出てしまった文章に、俺は絶句してしまった。

 

「……! これは……!」


 エリザベスは不快そうに眉をひそめる。

 今の俺にはわかる。これは、この金貨を生み出した者への嫌悪感だ。


「……ああ。これは黄金病の犠牲者の、成れの果てだよ」


                  ◇


「……セーレ」

「なんだ?」

「貴方はもしかして、陛下が意図的にこれを放置していると、そう言いたいのかしら?」

「……そこまでは思っていない。領主がなんらかの理由で隠している可能性だってある」


 フランの疑問に、俺は曖昧な返事をする。

 確かに、俺は国王がわざと放置しているという情報を握っている。

 しかし、そこには「なぜ」起こしたかというものはなかったのだ。

 仮にも勇者のはずのフランにさえ情報が届いていない現状、ここに何かしらの力が働いてるとしてもおかしくない。

 その上、他にも気がかりなことがある。


「貴金属の供給の急激な増加、か……」

「何か言った?」

「いや」


 ライヒュース領での事件と時を同じくして、王国内での貴金属の値段が一気に下がった。

 そのすべてが王室直轄の鉱山から産出されたものだ。

 黄金病で変化した内臓は、実際の黄金とまったく同じ性質、姿を持つという。

 それだけでなく、領内で大量に秘匿されているという貴金属。

 少なくとも、放置できるような問題ではないだろう。


「……これが理由だが、フランはどうする?」

「どうするって……」

「これはあくまで俺が気になるだけの話だ。信じられないというなら、拒否したってかまわない」


 フランは再び黙り込んで、何かを思案するような姿勢をとる。

 事実思案しているのだろう。

 俺の言った言葉を信じるのか、それとも不確定な噂に流されず、俺の動きを止めるべきかを。

 しばらくして、フランは俺と目を合わせる。

 堅い決意を秘めた、力強いまなざしだった。


                  ◇


 俺たちはライヒュースの領都、ヴァイツンに着いた。

 本来であれば農村からの出稼ぎや、ミーア共和国からの商人であふれている筈の街並みはすっかりさびれてしまっている。


「……静かね」


 あまりの廃れ具合に、フランが思わずつぶやく。

 情報を握っていた俺自身、この光景には驚いた。

 かつてのヴァイツンはその繁栄から『黄金が生まれる街』と称されていた。

 しかし今のこの街はただのゴーストタウンだ。

 酒場のにぎやかな看板が、かえってそのさびしさを際立たせている。


「最初は貴方の言葉を信じられなかったけれど、少なくとも何かが起きているのは確かなようね」

「ああ。さて、ここから真っすぐに行けば領主の館だ、行くぞ」

「――待ってください!」


 早速領主の館へと出発しようとしたその時、1人の少女が声を掛けてきた。

 あまり手入れができていないながらも艶やかに光る銀色の髪に、幼いながらも将来は美しく成長するであろうかわいらしい顔立ちをしている

 俺たちより一回りほど小さな身体に、古びているが上等な服を着ており、身体の動かし方にも品を感じる。

 どこかの貴族の子女だろうか。


「何か用かしら?」


 フランが足を止め、少女へと振り返る。


「急に引き留めて申し訳ありませんでした。あなた達の姿を見るといてもたってもいられなくて……」

「気にしていないから大丈夫よ。それで、何か困ったことでもあるの?」


 フランの態度が明らかに軟化する。

 以前、かわいいものが好きだと【鑑定】で出たが、どうやら本当だったようだ。


「はい……あの、あなた達はこの領の問題を解決するために来てくださったのですよね?」

「え? ええ、まあ」

「お二人を手練れと見込んでお願いがあります。ライヒュール領の南端、ヴァランジェン鉱山に潜む魔物を退治してはくださりませんか!」

「それはいいけど、でも……」


 フランがちらと俺の方を見る。

 個人的には助けてやりたいが、俺のいる手前そうは言い出せないといったところだろうか。

 確かに俺としても彼女の頼みを聞いてやりたくはある。

 少し時間が押してしまうが、許容範囲だろう。

 とはいえ、タダで働くつもりはない。


「わかった。その依頼、受けよう」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。だが、それなりの報酬はいただくぞ」


 フランがもの言いたげにこちらを見つめている。

 そうは言っても、これは明らかに依頼として受けても良い案件なのだ。

 それに下手に安請け合いをすると、巡り廻って自分の首を締めかねない。

 とはいえ相手は子どもだ、せいぜいちょっとした小銭をもらうにとどめておくつもりだが……。


「……心もとないですが、金貨を30ブランほどでよろしいでしょうか?」

「……は?」


 俺たちは少女から出された金額の多さに、思わず口を開けてしまっていた。

 ブランとは、金貨1枚を数えるときに用いる単価である。

 1ブランで銀貨100ワール分の価値があり、これは一般的な職人の半年分の給料にあたる。

 30ブランともなればそれなり以上の大金であるはずなのだ。


「ええと、30ブランって、本当に……?」

「もちろんです! ……ああ、まだ名乗っておりませんでした。申し訳ございません」


 困惑する俺たちを尻目に、少女はなんでもないように話しはじめた。


「わたくし、ライヒュース家長女、フルーフォート・フォン・ライヒュースと申します。以後お見知りおきを」

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