第1話 すべての始まり
「グスタフ! 早くこやつをつまみ出せ!」
先ほどまで静かだった王座の間に、癇癪をおこした子供のような大声が響き渡る。
声の主はアウグスト・フォン・シュヴェルトヴェヒター。この王座の間の主だ。
しかしでっぷりとした体格はだらしなく垂れさがり、たくわえた顎髭はみずぼらしく映る。
そしてごてごてと飾り付けた、悪趣味なまでに光り輝く金色の調度品のすべてが安物という有り様だ。
――そう、安物なのだ。
なぜそれがわかるのか、それは俺の持つスキル【鑑定】にある。
そして、この騒動の原因もまた、【鑑定】にあるのだった。
◇
俺はありふれた農家の息子として産まれた。
名はセーレ・アンデルセン。八人兄妹の三男である。
村は都会ほどではないにせよ、農村の中ではかなり豊かな部類に入っていた。
魔物は少なく、領主にも恵まれている。それに加えて良く行商に来る商人が人当たりの良い性格だったということもあってか、農村にもかかわらずかなりの量の知識が村人達の間に広がっていた。
家で、集会所で、井戸端で、教会で、さまざまな知識が繰り広げられる。
ある時は建国神話について、ある時は最新の魔法研究について、ある時は流行の服装、ある時は新しいボードゲーム、ある時は――。
そんな村の中でも頭の回る部類だった俺は、餓鬼どもの教師代わりに勉強を教え、また商人に交渉して痛んで売り物に出せない魔導書などを購入していた。
残念ながら街の方にある学校には資金の関係で通えないだろうが、このまま子供相手に教師役を務めるのもいいかもしれない。
そう思いつつあった、16歳の誕生日である。
「セーレ・アンデルセン! 陛下からのご命令だ、王都までご同行願おう!」
平和なこの村ではまず見かけない、全身を甲冑で固めた騎士。
急に訪れたその存在に混乱する村人たちを相手に、彼らは今回の行動に至った理由を説明した。
曰く、今年行ったスキルの簡易検査で高レア帯のスキルを持った存在が見つかった。
そのスキルの所持者こそが俺であり、細かく検査するため、そして内容次第では宮廷直属の臣下としてスカウトをするために王都へと同行してもらう必要があるのだ、と。
この言葉に俺たちはひどく驚いた。
なぜならそれは、俺がとてつもなく稀少なスキルを持っていることを意味したからである。
この世界にはスキルという力を持った者が存在する。
そのスキルはいくつかに分けられており、最も多いものが【鑑定】で、その数スキル保持者全体の60%に上る。
彼らは大なり小なり便利な力を持つことが多いため、俺の生まれたこの王国では15歳の子供に一度簡易的に、スキルの有無とその珍しさ、つまりレア度を確認する検査を行っているのだった。
なぜスキルを直接確認するのではなく、有無を確認するのかというと、理由はスキル保持者の数にある。
スキル保持者は数が少ない。100人に1人生まれるかどうかという確率である。
それほど数の少ない者のためだけに手間のかかる方法は取れない。そのためまずはスキルの有無を確認し、それから適宜詳細を確認する、という手法を取っているのだった。
とはいえ農村ではスキルが与える影響はごくわずかである。
農村で【鑑定】が使えたところでせいぜい植物の珍しさがわかるかどうかくらいしかないし、そもそもある程度決まった作物を収穫しているため、ほとんど意味がないのであった。
他のスキルも大体そのような調子で、そういった事情から、農村では一応スキル検査は行われるものの、詳細を検査するということはないも同然だったのだ。
しかし俺はスキルの詳細を検査することとなった。
しかも領主の命令ではない、国王直々の命令である。
それがどれほどの重さを持つのか、俺たちは良く理解していた。
あまりに衝撃的な内容に驚いたのも一瞬のこと、村人たちはすぐに俺の大出世に喜びの声を上げた。
目の前にお役人がいるというのに、誰も彼もすぐに踊りだしてしまいそうだ。
もっとも、それが奴らの良いところでもあるのだが。
「すごいじゃないかセーレ! 王都に出られるんだぞ!」
「そうよそうよ! それにこういうときって舞踏会に呼ばれるらしいじゃない! アンタ良い顔してんだし、貴族のお嬢様を落としてきな!」
あまりの盛り上がりにあきれた表情をしている俺の肩にヒルダとフランツが手をかける。
彼らはこの村一のパン職人として有名な夫婦で、俺を気に入ってくれているのか度々パンをおすそ分けしに来てくれていた。
「ああ、そうだな」
「でしょ? きっとアンタならきっといい子を捕まえられるよ!」
「違えねえな!」
まったく、まだ16歳の子供相手に随分と期待を負わせたがるものだ。
思わず苦笑をしてしまう俺であったが、すでに緊張はなくなっていた。
「分かった。王都まで連れて行ってくれ」
すっかりお祭り騒ぎの村人たちを尻目に、騎士たちに声をかける。
あまりの五月蠅さに耳をふさいでいた彼らは、そそくさと退散するように俺を魔導車へと連れて行くのだった。
◇
最新型のエンジンを利用したという魔導車に乗ること半日ほど、青空の真ん中に鎮座していた太陽がすっかり地平線に沈んだころ、俺たちは王都へとたどり着いた。
というものの、俺は旅路の風景や様子をあまり覚えてはいない。乗ってしばらくすると、疲れからか熟睡してしまったからだ。
見るからに高級そうな座椅子はふわふわして弾力に満ちており、まるであの名物夫婦のパンのようで、育ちすぎた木材を切って組み立てただけの村の椅子の堅い座り心地とは大違いだった。
少し見た様子だと他にも色々な細工が施されており、おそらくは他にも色々なもてなしを受けることができたのだろう。
帰りもあの魔導車である可能性は高くない、俺はすぐに眠ってしまった己の判断を後悔した。
気を取り直して騎士たちが開けてくれた扉をくぐり、外に出る。
――その光景は壮麗といって差し支えないだろう。
夜空に光る数多の星々、そしてそれに負けぬほどに輝く王都の建物。
中央にはひときわ高い尖塔を備えた巨大な城が鎮座しており、あれが王城なのだろうと、今まで見たことのない俺でも納得してしまうほどの存在感を放っていた。
その横には高さはそれほどでもないものの(とはいえ、他の建物とは比べ物にならないほどだが)王都のどこよりも光り輝く巨大な教会がそびえ立っている。
おそらくあれはリーブル教の教会だろう。リーブル教の司祭たちは、今までの功績を交渉材料に豪華な教会の建造の許可を得たという話を聞いたことがある。
回復魔法の使い手を多く抱えるリーブル教は、時に王族すら超えるほどの権力を持つのだ。
しばらく見慣れぬ街並みをぼうっと眺めていると、騎士たちが一列に並びだした。
何事かと警戒を強めると、こちらに一人の女性が歩いてくる。
服飾や騎士たちの反応からすると、おそらく彼らの上司か、あるいは城の高官なのだろう。
俺の目の前まで歩いてくると、彼女は突然ひざまずくと同時に口を開いた。
「突然のご連絡、失礼いたしました。私はマルグレット・フォン・グナーダと申します。貴方はセーレ・アンデルセン様でしょうか」
「ああ。……可能なら、俺を呼ぶときはセーレと呼んでくれないか。少しこそばゆいんだ」
「かしこまりました。ではセーレ様、長旅でお疲れでしょう。宿を手配しておりますので、こちらへどうぞ」
マルグレットはすっと立ち上がると、そのままゆっくりと歩き始める。
先ほど言っていた宿へと案内するのだろう。
そのゆっくりとした歩みは、見知らぬ土地にやってきた俺を気づかってのものだろうか。
今までされたことのない待遇におっかなびっくりとしながらも、俺は彼女に連れられるまま夜の王都を進んでいった。