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十三

作者: たでんだた

中一で親友が二人出来た。


高一で親友が一人減った。


高三で親友がいなくなった。


大学生の今は友達が沢山。友達と食事も行くし、カラオケも行くし、旅行も行く。

でも、親友が消えない。頭から消えない。網膜から消えない。鼓膜から消えない。こわばった笑顔、震えた笑い声、震える手、いつも通りの笑顔、表情の無い顔、ただ一点を見つめる目。



中学に入ってバスケを始めた。人気漫画の影響だった。漫画の主人公達は男子高校生だったけれど、バスケ部に入ればカッコいい女子になれて漫画みたいな素敵な仲間に出会える気がした。

中学は幾つかの小学校の集合体。クラスには知らない子が沢山いて、今までの人間関係がリセットされて、新しい人生が始まったみたいに思えた。小学校でよく遊んだ友達は受験して私立中学に行ったので、中学の最初からべったり一緒に過ごすような友達はいなかった。


中学校にも慣れた頃、仲良しになっていたのは同じ部の女子二人。


「カナ子です。背が小さいので、背が高くなりたくて入部しました」


「タエです。漫画の◯◯を読んで、バスケットに興味が出て、自分もやってみたいなぁと思って入部しました」


「マサ絵です。友達が入部すると言ったので、自分も入部しました」


カナ子とマサ絵は二人同じ小学校の出身で元々が仲良しだった。私は一年のクラスがマサ絵と一緒で、仲良し二人組に自分が混ざって、バスケ部仲良し三人組になった。


入部してからはほとんど毎日が朝練と午後練で、休みは試験休みとお盆と正月くらい。試験休みは三人で勉強して、お盆は三人でプールに行って、正月は三人一緒に初詣に行った。ゴールデンウィークは県外遠征があって、行き先と反対方向の電車に乗って、でも三人ともすぐに気付かず、三つ先の駅で電車を降りて駅員に泣き付いたりした。沢山失敗したり、顧問の先生に怒られたりもしたけれど、中三のときは県大会ベストフォーまでいった。部活を引退してからは、三人で受験勉強して、中学はほぼ最初から最後まで、三人ずっと一緒だった。


高校は三人同じ学校を選んだ。電車で三駅先の、バスケに力を入れている県立高校。三人一緒にバスケ部に入った。

私とマサ絵はショートカット。背は二人とも似たり寄ったり。

カナ子は黒髪ストレートをポニーテールに結って、目がぱっちり大きくて、バスケ部だけど背は低くて、でも胸は三人の中で一番大きかった。走ると髪の毛も胸もゆさゆさと揺れていた。

高一、七月の終業式の日、カナ子が同じクラスの男子に告白されて、三人の中で初の彼氏が出来た。マサ絵も私も凄い凄いと興奮して、おめでとうと祝福した。

でも気が合わなかったのか、時間が合わなかったのか、夏休みが明ける前にはもう別れていて、お盆休み以外の夏休みはずっと部活で私達と一緒だった。

秋の体育祭前にまたカナ子が告白されて、新しい彼氏が出来て、でもまたすぐに別れていた。

高一のクリスマス、マサ絵が片想いするバド部の男子にカナ子が告白された。カナ子は断ったけれど、マサ絵はそれに腹が立ったようで、馬鹿にしないでと言って喧嘩していた。それから部活はマサ絵と二人で行った。カナ子は同じ電車に乗っていても、わざと離れて近付いても来なかった。

初詣もマサ絵と行った。マサ絵はまだカナ子に怒っていて、私も同意するように乗っかった。

初詣のあと、帰りの駅で同じ部の男子五人とばったり会って、皆で駅の中にあるファミレスに入ってワイワイ喋った。

同中だった男子の一人がまぁ当然聞くだろうという疑問を口にした。


「あー、カナ子は……最近付き合い悪いから。今頃きっと男子と一緒かな? 男好きだから。男、誰でもいいっぽいし」


「あの子、モテるでしょ。胸あるから」


「じゃ、今頃男に乳()みしだかれて、また胸でかくなってるんじゃね?」


「俺も揉みてぇー」


「俺も俺も」


「俺も俺も」


「俺も俺も」


「「「「どうぞどうぞ」」」


男子達はシンバル持ったゴリラの玩具(おもちゃ)みたいに柏手(かしわで)を打って大笑い。


「じゃ、皆で美味しくいただいちゃいます?」


「「「「あははははは」」」」


男子は下ネタが大好物。だんだんと男子達の妄想冗句がエスカレートしてきて、さすがにずっと聞いているのはしんどくなって、でも正月早々楽しそうな空気を乱したくなくて、マサ絵と私はそっと席を立った。そのまま男子達とは別れた。


「あいつら、最低だよね」


「本当、変態ばっか。あいつら全員死ねばいいのに」


「でも、カナ子もカナ子だし」


「そう、そう。自業自得だもん。ざまあみろじゃん」


マサ絵も私も、ほんのちょっぴり罪悪感が気持ち悪くて、エロ男子達の悪口で打ち消して、最後に全部をカナ子のせいにした。


真に受けたのか、冗談のつもりでか、カナ子が男募集中だとSNSで拡散させた馬鹿男子。三が日の正月休みが済んでも、カナ子は部活に来なかった。親戚の不幸で部をしばらく休むからと、私とマサ絵にLINEが届いた。

始業式の日、でたらめな噂が拡大していることを知った。カナ子が男子数人にカラオケ店で回されたとか、SNSでエッチ動画が拡散されているとか、パパ活しているとか、エロ本にヌードの写真が乗ったとか、いろんな子からいろんな噂を聞かされた。実際はどうなのか、仲が良いから知ってるだろうと質問された。

一週間くらいして、マサ絵と一緒にカナ子の家を訪ねた。カナ子は家にいて、私服で、髪は下ろしていて、目は少し窪んで見えた。表情は固かったけれど、作ったような笑顔で、元気そうに声を出して冗談を言ったりしていた。笑顔も声も、時々震えていた。カナ子のお母さんが夕食を是非一緒に食べて行くようにと勧めてくれて、マサ絵と二人してご馳走になった。カナ子は表情も声もやっぱり時々震えていて、箸を持つ手も震えているように見えた。

その翌日、カナ子は近所の高層マンションの非常階段から飛び降りた。

私とマサ絵は知っていることはないか、カナ子が何か悩んでいなかったかと担任からも顧問からも訊かれた。


高校三年になった。

前は三人で通学していた。

でも今はマサ絵と二人。

駅の階段をマサ絵と上がる。

マサ絵が言う。


「何で十二段なんだろうね」


何のことか、意味が分からなかった。


「死刑になるとね、十三段ある階段を上がって、絞首刑になるなからさぁ」


なんとなく、マサ絵の言いたいことが分かった気がした。


「カナ子は自殺だよ」


「そうだね。カナ子は飛び降り自殺。自殺理由は男子達が広めたネットと噂話。私たちはただの仲の良かっただけの親友」


でもね、とマサ絵は続ける。


「この駅の階段、毎日通るから。十二段だからかな。私、毎日毎日考えちゃう。一段、二段って数えていって、もしもう一段、十三段目がもしあったら、私、首吊って死ねるのかなぁ……て」


「やめてよ。怖いじゃん」


「そう? タエちゃんは全然平気そうじゃん。羨ましいなぁ。そういうメンタル、私も欲しいなぁ」


笑いながら喋るマサ絵はいつも通りだった。


秋になった。

部活はとっくに引退して、受験勉強しつつ、息抜きしつつ。

電車を降りて、ホームから改札に向かう階段を上がる。今夜の歌番組のゲストの話題で盛り上がる。階段を上りきったところで、マサ絵が止まった。


「ごめん、タエちゃん。先に帰って? 私、忘れ物したかも」


無表情で、視線は真っ直ぐ。見開いたような瞳で、前方やや下の一点を見つめ、口だけが動いていた。


「一緒にい……」


「バイバイ」


私が最後まで言う前にマサ絵が言葉を被せた。マサ絵はくるっと方向転換して、ホームに向かって階段を駆け降りて行く。

ホームに戻ろうか、このまま帰ろうか、どうしようか、ぼんやりと考える。蛍光灯の取り替えかなぁと、置かれたままの段ボールの荷物と、その横の踏み台をぼんやりと眺める。床に置かれた、折り畳みの一段だけのステップ。

絞首台。


キギィーーーーーーーーーーーという、長く、大きなブレーキ音が聞こえた。

悲鳴、ざわつき、駅員によるアナウンス。

マサ絵の「バイバイ」がまだ耳に残っている。

さっきまでの、いつも通りの笑った顔、階段を上りきった時の無表情。

駅員が数名、慌てた様子で階段を降りていく。一人は床の荷物に気付いて、踏み台を畳んで段ボールごと事務所に運んでいく。ホームに降りていく人、ホームから上がって来る人、サイレンの音、警察、救急隊員、ホームから上がって来る人、ホームから上って来る人、ホームから上がって来る人。その場にじーっとしていても、マサ絵は戻って来なかった。



大学生になって友達が増えた。


友達と食事に行く。

最後の晩餐のような、カナ子の家で食べた夕食を思い出す。


友達とカラオケに行く。

でたらめな噂なのに、回されたかもしれないカナ子が勝手に目に浮かぶ。


友達と旅行に行く。

バス旅行がいいと主張して行く。

それでも、階段があるとマサ絵の目と表情の無い顔を思い出す。


階段を上ると、足首にヒヤリと何かが触れる気がする。

階段を上った先に、首を吊ったマサ絵が見える気がする。

きっと振り返って下を見たら、ぐちゃぐちゃにへしゃげた二人が見えるのだろう。


「一緒においでよ」


カナ子とマサ絵のシンクロした声に耳を塞ぐ。



大学は徒歩圏内のコーポでの下宿を選んだ。

女の子だから、一階は物騒だからと、不動産屋にも両親にも二階の部屋を勧められたけれど、丁寧に断って一階の部屋を借りた。


高層ビルも、階段も、線路も、駅も街の至るところに存在していて、至るところにカナ子とマサ絵が(ひそ)んでいる。どんなに避けようと、目を(つむ)ろうと、いつでも二人が私をじっと見つめている。

大学は楽しい。友達は沢山。でも、親友はもういない。


久し振りに駅を、電車を移動に使う。

あぁ、目を(つむ)っても姿が見える。耳を塞いでも声がする。

階段は何段だろう?

私も十三段、(のぼ)ったことにしていいですか?

絞首刑を望んでもいいですか?


ホームで、ただ通り過ぎるだけの快速を待つ。


絞首刑、絞首刑、絞首刑


ドクン、ドクン、ドクン


絞首刑、絞首刑、絞首刑


ドクン、ドクン、ドクン


絞首刑、絞首刑、絞首刑


ドクン、ドクン、ドクン


心臓の鼓動がだんだん速くなる。


私の中にひたすら響く『絞首刑』も速くなる。


絞首刑、絞首刑、絞首刑


快速が来る。


速いままの快速が来る。


そう、今……飛べば


ドクン、ドクン、ドクン


飛べばっ












ガシッ












肩を(つか)まれていた。






「めっちゃ久し振りじゃん。俺俺、覚えてる? お前化粧して雰囲気変わったなぁ。男でも出来た? てかマジで覚えてる?」


能天気な薄ら馬鹿。

死ねばいい。

死ねばいい。

死ねばいい。

死ねばいい。

死ねばいい。

死ねばいい。

死ねばいい。

死ねばいい。

お前らなんか、皆、皆、死ねばいい。


「お前らなんか、皆、皆、死ねばいい」


その場に崩れるように膝をつく。


「おーい、どした? 感動の再会の言葉がいきなりそれか? アハハハハハ」



彼氏が出来た。

彼氏という名の、刑務官であり、同じ罪人。


私の前にはもう十三階段は現れない。

例え、階段を十二段数えた先にステップがあっても、例え、数えた結果が十三段だったとしても。


カナ子とマサ絵の幻覚と幻聴と共に、私は生きる。


私の中に『無期懲役』を響かせながら。



たでんだたのホラー駅。


十二駅目は女の恋。決して想われぬよう、機械にお手を触れぬように気をつけて。


十三駅目は些細な出来事。誰が殺した? お前が殺した? 私が殺した。


それでは皆さん、また会う日まで。

たでんだたのホラー駅劇場、これにて閉幕。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 自殺を試みたとき、ガシッと止めてもらえるのは先祖の霊(ガーディアンと言う人もいます)の活躍、、、だそうです。恐らく、ガーディアンが元彼にお願いしてくれたのかなぁ、と思っています。 [気にな…
2020/08/11 23:33 退会済み
管理
[良い点]  まず、ある程度長くなっても最後まで読ませる力があると言うのは、良いことです。  ラストの方は、行間と繰り返しが、よく考えられていると思います。 [気になる点]  初めて名前を出す時に、後…
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