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さくら荘の住人たち  作者: 栞
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プロローグ

 インクの染みや裏写りしたらしい文字がひしめき合う机を挟んで、向かいに座る老婆は申し訳なさそうに嘆息した。白髪をきっちりとまとめて頭頂部でお団子にしているその老婆はたいそう小柄で、身長は平均程度の彼女よりも頭ひとつ分は座高が低い。


「ごめんねぇ、お嬢ちゃんの希望に沿う部屋がなかなかなくてねぇ……」


 渡された数枚の紙も、希望からはどこか外れているものだった。値段しかり、立地しかり、安全性しかり。やはり無理な要望なのだろうか、という諦めと、しかし身の安全を考えるとどうしても譲れないという強い抵抗が脳内で拮抗する。

 取り急ぎ今いる場所から出なければならないが、何度も転居する余裕もないのだ。無理矢理にでも決めてしまうしかないのか……間取りが書かれた紙は埃っぽく、ざらりと指先にまとわりつく。

 外は快晴だというのに、四畳半程度の狭い事務所は陽光が差し込まず薄暗かった。窓はあるものの、もとは磨り硝子だったのかそれとも長い月日を老婆と過ごして共に老いてくすんでしまったのか、光を取り込む気がないようだった。


「どうにかしてやりたいんだけどねぇ……」


 老婆がぼやく。自分の提示している条件が、かなり厳しいことは彼女自身よくわかっている。老婆が出し渋っているわけではないことも。陽が傾くまでに帰りたかった。薄暗いなか外を歩くのはまだ怖い。


「あの、」


 これにします、と提示された中で一番条件のよいものを差し出そうとしたその時、事務所の片隅でかさりと小さな音がした。小さいけれど聞き逃せない、確かなその音に二人はぱっと目を合わせる。主であるはずの老婆ですら、困惑の表情を浮かべていた。部屋にはふたりしかいない。

 椅子をゆっくりと回転させ、緩慢な動作で老婆が立ち上がる。動けない彼女を老いて音のした方へと歩みより、一枚の紙を拾い上げた。ああ、と小さく声を漏らす。きびすを返して戻ってきた老婆は先程とはうってかわってにこやかに笑んでいた。


「お嬢ちゃんにぴったりの物件、あったよ」

「えっ」


 差し出された紙には間取り図が印刷されていた。1DK風呂トイレ別リフォーム済み。食堂あります。と書かれている。それでも彼女が提示していた予算より随分安かった。


「オートロックではないんだけど、絶対に他人は入れないようになってるから」

「……どういうことでしょう」

「説明するより、見た方が早いからね。きっとお嬢ちゃんの希望に沿うと思うよ。大丈夫、はじめは驚くと思うけど、みんな優しいからね……そこらへんの人間より」


 足取りも軽く、書類棚に鎮座していた昔は贈答用のお菓子が入れられていたであろう、アルミの容器を下ろす。なかに鍵がいくつか入っていた。赤い紐がついた古い鍵をひとつ取り上げる。一瞬、なかで小さな黒い影がうごめいた気がしたが、確認する間もなく蓋は閉ざされたのだった。

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