9.ボクっ娘な妹はブレない
「しゅう、ご飯行こうよ!」
タメ口先輩を無事に教室に戻した後、何事もなく授業は進んだ。やはり思った以上に、先輩は真面目な女子だったようで、先輩の周りを囲む野郎たちは、静かにノートを取りながら前を向く先輩に見惚れていた。
「黙っていれば何の問題もなさそうだけどな……」
「何か言った?」
「いや、とっとと行くぞ。野郎だらけの戦場に!」
「ボクは野郎じゃないし、戦場じゃなくて学食に行くだけなんだからね?」
「だから戦場だ。そんで、学食利用はほとんどが野郎だ。何か間違ったことを言ったか? 優雨は野郎じゃないが、紛れても違和感が無いから問題ないだろ。ほら、行くぞ」
「失礼なことを言わないでよね! ボクはれっきとした女子なんだぞー! しゅうの大好きな足だって完備してるし、いつだって見放題なんだぞ?」
かなり誤解のある発言をかましている妹だが、俺が好きなおみ足は不特定多数ではなく、明らかに異質な……いや、格の違いを見せつけているかの如くなおみ足であり、妹のソレではない。いつも見ているという時点で、特別な感情を抱くことは皆無だ。
「うわー……人だらけだね! しゅうの言った通り、野郎だらけ」
「俺が野郎発言するのはいいとしても、お前が言ったら駄目なやつだろ。言いたくないが、お前は男子たちの間では人気のあるボクっ娘だ。言葉遣いをもう少し気を付けないと、モテないぞ」
「モテたくない! ボクはボクだし、今さら変えようがないだろー? 女子っぽく変えた所で、しゅうから何か貰えるわけでもないじゃんか!」
わがままなのは昔から、いや、優雨と一緒に暮らし始めた辺りからその片鱗は見えていた。コイツは俺のことをへりくつばかりと言い放つが、コイツも大概なわがままっ子だ。
「頭を撫でてやろう」
「えっ、本当に? 本当に撫でてくれるの? だったらおしとやかになる! 今から3秒後に変わるから、しゅうも変わってよね!」
「何で俺もおしとやかに変わらねばならんのか。俺は野郎だからな、変わる必要は無い」
「もうー!」
「3,2,1……はい、どうぞ?」
「コホン……今日も学食は沢山の男子たちがいるよ? どこに座ろうか?」
すでに手遅れだったらしい。おしとやかに話すことは妹には無理難題だったのだ。俺が見本を見せてやってもいいが、おしとやかとワイルドな野郎とでは女子ウケが異なるわけであり……。
『緑木! 好きだっ! 俺と付き合ってくれ!』
……とまぁ、一歩二歩と足を動かすだけで、優雨の奴は見知らぬ野郎どもから告られまくっている。見てくれは可愛いが、いかんせんわがままなのは俺の中ではマイナスポイント。
「ごめんあそばせ、ボク……わたしにはすでに決まった相手がいるの。それに告白するならこんな所でしない方がいいと思うんだ。ねえ、そうでしょ?」
「そうだな。確率を自ら下げているようなものだ。わざわざ人目にさらけ出したとしても、告白が上手く行く確率は乏しい。よほどインパクトがあれば相手にも慈悲は生まれるかもしれないが、まぁ、相手が優雨ごときでも上手くは行かないだろう」
『ううっ、うううっ……ちくしょー!』
勘弁してくれと言いたくなるが、優雨に告って来る野郎どもはどういうわけか、時と場所をわきまえないどころか、平気で涙を流しまくる野郎ばかりだ。まさかと思うが、優雨に天然菩薩さまのような言葉を期待しているのか?
「何でだろうね?」
「何がだ? それは後で聞くとして、カレーでいいよな?」
「うんっ! カレーをしゅうと向かい合って食べるって好き!」
「カレーは飲み物だ。間違えるなよ?」
「食べ物だし! またどこからか無駄知識を拾って来たんだ? スプーンを使って口に入れている時点で食べ物だって認めてるじゃんか!」
「冗談くらい受け流せよ」
「何だよー! しゅうウザい! しゅうが言うと冗談に聞こえないだけなのにさー」
プンプンと絵に描いたような怒り方を見せながら、パクパクとカレーを口にする優雨におしとやかさを求めては駄目だ。妹はボーイッシュスタイルを崩さない。自分では決して気づかないだろうが、ブレることはない。
『相席、いいだろうか? 椿くん』
「ん? 何だ、楓子か。いいぞ」
「……むー!」
「どうした? 歯でも痛いのか?」
「痛くないし! どうしてボクとしゅうの邪魔をしに来るのかな」
「楓子は同じクラスの女子だぞ? むしろ仲良くすべきじゃないのか?」
「知らないし!」
友達イラナイ、ボク、ぼっち! な宣言でもしたいのだろうか。俺の対面に座った妹はさっきよりもぷんすか! な状況に陥っている。
『椿くん、キミの頬に米粒が付いている。頂くとするよ』
「あん? 米粒を頂く? どういう意味――う……お……っ!?」
楓子は俺の頬に付いていた米粒をひょいと取り、そのまま口の中に放り込んでいた。よほど腹ペコだったようだ。たった一粒の米でうっとりするとは大げさな女子だ。
「あああああ!? し、しゅうと、間接……!」
「いや、米粒を取ってもらった上に、代わりに食べてくれただけだろ。何が間接だ?」
「バカバカバカバカっ! しゅうのバカっ! そ、その緊張感のなさを改善しないと許さないんだからな!」
「どこへ行くんだよ?」
「食べ終わったから教室に戻る!」
「ごちそうさまでしたくらい言ったらどうだ?」
「バカッ!」
何だあいつ……一体何に沸騰したというのか。優雨には女性らしさを求められないようだ。コロコロと機嫌を損ねたりするようでは、天然菩薩さまのようにはなれない。
「椿くん、学食に来ればいつもキミに会えることは分かっていたよ。私にとって、とても幸せなことに思えるんだ。今日は幸運だったよ。じゃあまた」
「またな……って、教室で会ってるだろ。何を大げさにしているんだか」
よく分からないままに昼休みは終えた。優雨がいなくなっただけで野郎率の多かった学食が、一気に閑散としていたのには少しだけ驚いた。その代わり、楓子と俺に注目するためだけの女子が集まったのは頂けなかったが。
「しゅう、今日は一緒に帰りたい」
「お前、部活は?」
「初日から走りたくない。歩きたくない!」
「じゃあ一緒に帰れないな。残念だ」
「ちーがーくて! 部活は走るし歩いたりするもんじゃないか! しゅうと帰る為なら歩けるんだってば」
「どっちなんだ、それは」
「あーもう!」
色々と忙しい奴だ。感情を動かしまくるだけでも疲労は増すというのに、今日の優雨はわがまま度合いが半端ない。一体何に対してイラついているのか、その答えは面倒なので聞かないことにする。
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