6.3S菩薩さまは仲間になりたそうにしている
よりにもよって、天然菩薩さまに現場を目撃されてしまうとは、これは予想外だ。しかも先輩に顔を踏まれたままの状態を見られた挙句、天然発言とも言うべき言葉まで頂いてしまったじゃないか。
「ねえねえ、椿くんはどうしてそんなに優しいの?」
「ふぁっ? この状態でどこに優しさがあるのでしょうか?」
誓って言おう。今の図は、誰がどう見てもタメ口先輩に顔を踏まれている状態だ。顔を横に動かして地面の土を何とか避けている状況にある。当然だが、先輩のおパンツを拝めることは不可能だ。それを見た上で、どうして優しいと褒められねばならないのか。
「何だこの女……わいてんのか?」
この時ばかりは同意する。顔を踏み続けている先輩は、その力を緩めることなく実乃梨さまの言動に首を傾げている。油断も隙も生まれないとは恐るべし。
「嵐花ちゃんの足を休ませているなんて、椿くんはすごいなぁ」
そっち!? 踏まれている図なのに、俺の顔を使って足を休ませていると思っておられるとは、彼女はただ者じゃない。
「おいお前、あの女はお前の女か? うざいからこの場から追い出せ」
「はっはっはーそんなわけがありませんよ。それにですね、この現場を目撃しているのは彼女だけじゃないってご存知でした?」
「なに? 何をほざいて……くそが」
「お気づきになられましたか? いやー照れますね。そしてさすが女神様は、人々からの注目を浴びる運命でいらっしゃる。そんなわけですんで、足をお上げ頂けると一瞬で土下座出来そうです」
俺とタメ口先輩の近くに寄って来る天然菩薩さまばかりに気を取られていた先輩だったが、俺の視界にはバッチリとやばいくらいのギャラリーの姿を捉えている。そうは言っても、自分のクラスだけが自由時間だけのようなので、助かったといえば助かった。
「うっわ……しゅう、何やってるのさ……趣味なの?」
「ちがうー! こっち見んな!」
「何だよ、ムカつくー」
ただでさえ厄介な彼女がじりじりと近寄って来ているのに、妹までもが来てしまったら俺の立場が無くなってしまうじゃないか。すでに無くなっているかもしれないが、決して顔を踏まれていることに喜びなど感じてはいない。
「がががが……」
「あ? 何勝手に顔を上げてやがる。あたしが許すまで動かすんじゃねえぞ? 変態野郎が!」
「で、ですよねー」
地面の土に間近で触れ合う機会なんて、今ではほとんどないだけにこうして顔を付けているのは、先輩の真心かもしれない。そう考えたら、先輩の気が済むまで大人しくしていようとさえ思えた。
「椿くん、それに交じっていい?」
「はい? それというと?」
「だから、椿くんの顔に足を乗せて一休み」
「いやいや、これは休ませているわけじゃなくてですね、お仕置きをされていまして……決して気持ちのいいもんでもないんですよ?」
「嵐花ちゃん、そうなの?」
「うるせえ! 勝手にあたしの名前を呼ぶんじゃねえよ! 関係ねえ奴は教室に戻りやがれ」
まさかの顔踏みに交ざりたい発言。一体何を考えているのかなんて、俺でも分からない。しかし彼女が次に取った行動によって、俺はようやく自由を得ることになる。
「うふふっ! 仲間、だよ?」
「は、はい、ナカマーですよ」
「ちっ、アホが移っちまう。変態野郎、二度とあんな真似をするんじゃねえぞ? 足を上げてこの場から離れるまで顔を土に付けていろ!」
「がっ……はぐっ……」
天然菩薩さまの取った行動は、汚れることも厭わなかったのか、何故か俺の横に来て地面に寝ていた。彼女の顔が間近にあって、気づかぬ間に天国へ旅立たせてくれたのかと錯覚を覚えてしまった。
「土って柔らかいねー! そっかそっか、椿くんは自然と触れ合いながら、嵐花ちゃんの足を休ませていたんだね。やっぱりさすがだなぁ」
「そ、そうですね……よ、汚れますよ? そして誤解をされる恐れがあるので、今すぐ起き上がってくださらないと、大変ですよ」
「んー? どうして? 椿くんの仲間になれたんだよ。土の香りと匂いも素敵だし、椿くんの顔も見られるし、凄く嬉しいよ」
これぞ天然菩薩さま。決して悪いことは言わない。そして一見するとヤバい図だが、即座に癒しの空間を作り上げていることには、ただただ感謝することしか出来ない。これぞ真のお姿。
「先輩の足もいなくなりましたので、立ち上がりますがよろしいですか?」
「そっか、そうだよね。うん、いいよぉ」
タメ口先輩もさすがに、天然菩薩さまの力には敵わない様子を見せていた。いや、まともに相手をしては危険だと感じてしまったのかもしれない。しかしこの力は、野郎には絶大な効果を発揮するものであり、対女子と先輩にとっては、非常に厄介な特性を持っているかもしれない。
「えへへ、顔に土が付いてるよ? 仲間だねっ!」
「満足頂けて、至福の極みにございます」
「ふふふっ、面白ーい!」
どうやら天然菩薩さまに踏まれることはないようだ。もちろん、踏まれたかったわけじゃない。一瞬でも彼女の顔が真横にあったことが奇跡だったことに喜びを隠し切れないだけだ。
「ところで椿くんは、どうして嵐花ちゃんに顔を踏まれていたの?」
「え、えーとですね……」
「うんうん」
何て言えばいいんだ? ハイキックを拝みたいがために、わざと滑り転んだ挙句に、股の間に顔が偶然にも止まってしまったと言えばいいのか? いくら天然菩薩さまでもえっちいことは言ってはならない。そしてそれは偶然の出来事であり、わざとでは無い。
「あっ! 予鈴が鳴っちゃった。次の時間は別の先生だから、教室に戻ろう?」
「喜んで!」
助かった……天然菩薩さまこと麻野実乃梨は、怒ることなどありはしないが、シモな話やえっちい話をすると、途端に般若に変わるという噂を聞いたことがあるだけに、絶対に言ってはいけないことだった。
「椿くん、行こっ」
「はい~行きましょう!」
ああ、この癒しの笑顔を大事にしたい。そして般若にしてはならない……これが俺の最重要事項だ。
「そういえば嵐花ちゃんに用があったんじゃないの?」
「あっ……」
「どこに行ったんだろ~? 探しに行くのが椿くんのお仕事だよね? 授業はわたしが理由を伝えておくから、椿くんは嵐花ちゃんを探しに行っていいよ」
「い、いやぁ、さすがに教室に戻っているんじゃないですかね」
「そっかぁ。でもいなかったら探しに行ってあげてね?」
「も、もちろんですとも!」
そういやそんな目的だった。それも担任の西森田先生に頼まれたことだっただけに、やらなければいけないな。何故に学校の中でタメ口先輩を探す旅が始まってしまったというのか。もしかして俺もダブってしまわないよな?
まずは教室に戻る。そこから決めるしかなさそうだ。