3.タメ口先輩と運命のかき氷ちゃん
タメ口先輩の席は何故か担任が確定させ、自分たちはくじ引きで決まった。いいのか悪いのか、俺だけが女子に取り囲まれた席位置となった。
反対にタメ口先輩の席周辺は見た目が強そうな野郎で構成された。しかし見た目がごつくても、きっと中身はひ弱に違いない。怯えまくっている姿に同情するが、黙って見ているだけなら平和かもしれない。
「しゅうの人生は薔薇色?」
「それは違うぞ。席がたまたまそうなっただけで、会話が成立しなければ、それはぼっち野郎と同義だ」
どういう巡り合わせか知らないが、妹は隣になる運命らしい。そして前と後ろも女子の気配しか感じられない。残念なのは天然菩薩さんが右斜め前方に位置していて、後ろ姿しか見えないことだ。
これではわざわざ立ち上がらなければ、話しかけられないではないか。何となく気になり、上半身を振り子のように左右に激しく動かしていると、首筋にヒンヤリとした感触が襲って来た。
「おおう!? つ、冷たい」
「運命はいつだってきみを待っているものなんだ。すまないね、秋くん」
「その声はかき氷ちゃんか? 相変わらず、手はキンキンに冷えているんだな。かき氷を食べない日は無いのか?」
「秋くんの反応を見る限り、私の手に触れて来て欲しいと感じている。キミが望む限り、私は食べ続けるさ。それに私の席はきみの後ろなんだ。望めばいつでも触れてあげよう」
「ほ、ほどほどにな」
去年に引き続き、七種楓子と同じクラスになった。彼女は妹曰く、一途な女子らしい。主食をかき氷としているかは実は定かではないが、彼女の手は冷えまくっており、態度も言葉もクールさを保っている。彼女のことはかき氷ちゃんと呼んでいるが、そう呼んでいいのは俺だけらしい。
かき氷ちゃんは流しそうめんのように伸ばしまくりの長い髪をしていて、俺のあだ名が気に入ったのか、わざわざブルーコンタクトを瞳に装着している。瞳の色による不思議な雰囲気さと相まって、涼し気な視線は、主に女子たちを虜にしているのだとか。
「楓子さんは一途だよね。きっと運命には逆らったらダメってお告げだよ」
「何だよ、お前も何かの神か? 妹に拝んでも御利益が無いぞ?」
「試しに拝んでみたらいいじゃんか!」
「どこに向かって拝めと?」
「ここ」
そう言うと、優雨は陸上で鍛えた足を見せて来る。鍛え抜かれただけあって、曲線美が素晴らしい。だがお前は駄目だ。
「悪いがすでに朝の時点で、レアなおみ足を拝み済みだ。優雨の足にご利益なぞ無い。いつも無駄に見せられているし、有難みを感じないな」
「何だよー! 女子のおみ足を間近で見られるなんて、本当は絶対にあり得ないんだぞ!」
「ええい、黙れ。そういうことを簡単にするから駄目なんだ。他の野郎に見せたら絶対に助からない事案だぞ? 分かってんのか?」
「他の男に見せるわけないだろ! 助からないってどういう意味なんだよ?」
「お子ちゃまな優雨に教えるわけには行かないな」
「あ、くそーまた逃げられた!」
妹の相手をしていたら、いつの間にか休み時間になっていたのを良い機会ととらえて、隣のクラスを覗いて見ることにした。友達なんてもんはいないが、去年のクラスの奴なら会話くらい出来るからだ。
「おい待て! そこのエロ野郎」
エロ野郎……すなわち俺じゃない誰かに違いない。野郎とは男のことなので、ここで素直に振り向くのは非常に危険だ。そもそもタメ口先輩が俺なんぞを呼び止めるわけが無い。
「待てって言ってんだろうが! てめえだ、てめえ! 今朝あたしの下着を覗いたてめえのことだ!」
「いえ、違いますよ? 好きで見たわけじゃないんで変な言いがかりはやめてくれませんかね? 自分が拝んだのは足だけですから。そんなわけで失礼しま――」
「蹴るぞこの野郎!」
教室の扉は休み時間ということもあって開いていたわけだが、タメ口先輩の足によって、廊下への通行が不可となってしまった。俺だけなら良かったが、すでに廊下に出ていた連中が教室に入れないでいる。
「蹴ってから言われても困るんですが、そのおみ足で立ち入り検査でもおやりになられるおつもりですか?」
「あ? 下らねえこと抜かしてんじゃねえぞゲス野郎! 何が立ち入り検査……ちっ」
「お気づきになられましたか。さすが先輩!」
言葉選びもそうだったが、タメ口先輩は伊達に一年以上も長くいるだけあって、状況判断は高いご様子。いや、もしかしたら席が一番前という時点で、頭脳明晰なのでは?
「それで俺なんかに何の御用が?」
「あたしを連れて行け!」
「えーと、屋上ですか? すみません、俺は格闘家じゃないんで闘うのはちょっと無理です」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ! ト……連れて行けよこの野郎! エロ野郎なら女子トイレがどこにあるのか、全て把握してるはずだろうが!」
女子トイレの場所を全て把握とか、どんな変態だそれは。確かに学年が一つ上がって、女子トイレはおろか、男子トイレも場所が違うからこれから覚えなければならないと思ってはいたが……それを何故エロ野郎に聞いて来るのか。もちろんエロ野郎などではないが。
「つべこべと無駄口叩かずに連れて行けよこの野郎!」
「ははぁ……、おトイレに行きたいけど場所が分からない上に、教室に戻って来れないわけですか? それは中々に可愛い所があるじゃないですか」
「――あ?」
おっと、失言だ。可愛いなどと簡単に発言してはいけない。それも凶悪な人物に対しては、言っても逆上されるだけだ。こういうのは妹相手にしか通用しない。
「秋くん、お困りなら私が連れて行こう」
「お、助かる!」
「勝手なことしてんじゃねえぞ、この野郎!」
「いえ、彼女は野郎では無いですよ?」
「エロ野郎に言ってんだろうが! シカトしてんじゃねえ」
「あ、俺にでしたか。失礼しました」
「くそっ、もういい! どけ!」
どうやら相当切羽詰まった状況だったようで、タメ口先輩はどこかのトイレに向かって出て行ってしまった。果たしてこの教室に戻って来れるかは分からないことだが。
「キミになら、いつだってどこかに連れられたいものだね。どうかな? このまま連れて行ってくれないか?」
「それは女子トイレか?」
「秋くんがその場所を望むなら、連れて行こう」
「別の意味で俺だけが教室に戻って来られないから、遠慮しとくよ」
「キミの希望はいつでも待とう。時間を取らせたね、席に戻ろうか」
真なる意味で帰って来れなくなるのは明白だ。妹を泣かせてしまう……いや、優雨は泣くほど弱くないか。しかし、天然菩薩は間違いなく悲しんでくれるはず。彼女の笑顔を大切に取り置きしなければ。
「しゅうが拝んだのは足じゃなくて下着だったんじゃないかー! ダブり先輩にキレられるのは当然すぎるよ。しゅうはへりくつ野郎だけど、変なことはしないって信じてたんだぞ? 何か言うことあるよね?」
「無実だ」
「それだけ?」
「謝るようなことはしていないからな。偶然の出来事に対して、謝罪を要求するのはおかしな話だ」
「面倒くさい! もういい!」
妹のくせに兄を信じないとはとんでもない奴め。妹に謝罪の一つくらいを言ったとしても、タメ口先輩の怒りが収まるわけではないだろうに。
「しゅうのくせに! 生意気すぎる」
「文句が言いたいのか?」
「何でもない!」
妹の反抗期が始まると同時に予鈴が鳴り、二年目最初の授業が始まった。しかし、タメ口先輩は戻って来なかった。やはりダブり先輩という異名は伊達では無かったらしい。
女子トイレに連れて行ったらどんなエライ目に遭わされたのか、想像だけに留めておくことにする。