2.タメ口先輩と天然菩薩
「びっくりしたー……というか、しゅうはあの人に何したの? あのキレ方はおかしすぎるよ」
「何って、おみ足を拝んだだけだぞ。それも偶然にな!」
「堂々と言うことじゃないし。ゆうのことも他人行儀みたく呼ぶし、名前で呼んでもいいのにさ」
「TPOはわきまえる。それが俺の家訓だ!」
「同じ家の住人だけどそんなの知らない。へりくつばっかりでうんざりだよ」
妹の優雨のことは名前で呼ぶ。優雨も俺のことをしゅうと呼ぶ。だがしかし、学校では一応気を遣っている。他の野郎はもちろんのこと、女子も先輩も……そしてこれから入って来る後輩に対しても、誤解を生ませては良くない。
妹は無意識にくっついて来るが、決して妹萌えなどしない。ましてやボクっ娘なぞに興味は無いのだ。あるのはレア度が高いおみ足と、褒めまくってくれる女子だけだ。
「あっ、椿くんだ。おはよっ!」
「おお!」
褒めまくりの3S女子のご登校だ。3Sとは決して、ロータリーエンジンな車のことでは無く、三つの誉め言葉を多用する女子のことである。誉める女子によって去年は救われて来ただけに、天然菩薩とこっそり呼んであげている。
「麻野実乃梨さんじゃないですか! ご機嫌いかがでございましょうか?」
「ふふっ、いつも素敵な言葉をありがとね! さっきたまたま見かけたんだけど、椿くんってすごいよね。さすがお兄さんって感じがする!」
「いえいえ、とんでもない! 俺は大した奴じゃないんですよ? 本当ですよ?」
「謙遜してるところもさすがだよね!」
さすが、素敵、すごい……これこそが実乃梨さまのお言葉によるものだ。これを一年も言われ続けると、惚れないわけが無い。むしろ俺に惚れているのではと錯覚を起こしている。
「大したことが無いのは事実だね。さすが、椿くんはすごいよねー」
「……何だよ? 何か文句がありそうだな、緑木」
「べっつにー」
「生意気な奴め。いいじゃないかよ、夢を見ても」
「見るのは自由だから好きなだけ見ればいいじゃん!」
どういうわけか妹は、天然菩薩さんと話す俺がどうにも気に入らないらしく、会話後は必ずと言っていい程、わざと絡んで来る。この場合の絡みはヤキモチという奴だが。
しかし眩しき天然菩薩とタメ口女神が同じクラスになろうとは、誰が予想出来たというのか。少なくとも俺は出来なかった。そもそもタメ口女神の存在すら知らなかったのは否めない。
「ねえ椿くん、あの子すごく綺麗だよね。話しかけて来ようかな」
「はい? どの子でしょうか?」
「もちろん、壁に寄りかかって一人寂しくしているあの子のこと。お名前なんて言うんだろ? 良かったら椿くんも一緒に話しかけて欲しいな! どうかな?」
壁に寄りかかって一人寂しく? どこをどう見ればそう見えるというんだ? どう見ても他の奴らを寄せ付けずに威嚇しまくっているようにしか見えないぞ。座る席も決まっていないとはいえ、アレは怖すぎだろ。
「いつも素敵な言葉をくれる椿くんなら、きっとあの子も笑顔を見せてくれるんじゃないかな」
「そ、そうですね……い、行きますよ? 行きますとも」
「うん! じゃあ、わたしは後方支援! 椿くんの後ろから声援を送ってあげるね」
「いや、あの……一緒に話しかけるんじゃなかったのですか?」
「素敵な椿くんが一番乗りで大丈夫! わたしは二番乗り! 行こっ!」
天然で悪気のない実乃梨さまは、時々容赦が無い。しかし悲しいことに褒められたことで、足は自動的にタメ口先輩の所へと進み出してしまった。
当然だが周りの奴らは、触らぬ神に祟りなしといった状態で、目線だけを俺と実乃梨さまの位置に固定しているだけだ。優雨の奴はニヤニヤしているようなので、家に帰ったら説教決定。
「……あ? エロ野郎が何の用で来やがった?」
「何もしていないのにエロ野郎とは、随分な言われようですね。ところで、先輩なのにどうしてこのクラスにおいででございますか?」
「悪いのかよ? 文句があんならとっとと言えよ、無駄野郎!」
「いえいえ、文句などは……」
「口数がすでに無駄野郎なんだよ!」
話しかけることも許してくれないご様子。女神と戦えるのは天然菩薩しかいないんじゃなかろうか。この時ばかりはさすがに無理と判断し、後ろにいるであろう実乃梨さまに、振り向きざまで拝んでみた。
「あ、交代するの? ナイスファイト!」
「何も出来ずに申し訳なく……」
「すごかったよ! さすが椿くん。後は任せて!」
何がすごいのかさっぱり分からないが、何事もポジティブに捉える彼女を見習っておこう。さて、果たして光溢れる実乃梨さまのお言葉は、タメ口女神に届くのだろうか。
「今日はいい天気で良かったですよね! お名前は何ですか? わたしは麻野実乃梨です! 最高に仲良くして頂けると素敵に過ごしていけると思うのですけれど、いかがですか?」
おぉ? 一気にまくし立てる戦法か! しかも最高という言葉を使うなんて初めて聞いたじゃないか。
「――んだ、てめえ? ベラベラとうるせえ! 天気なんか知るかよ。名前なんかどうだっていいだろうが! 仲良くするつもりなんて……」
「わぁ……! 素敵な高音ですね! とっても大好きになりそうです。絶対仲良くなりたいです!」
「くっ――うぜえ……」
タメ口先輩も敵わない相手か? さすがすぎる! 惚れるのも当然なことかもしれない。このまま一気に攻めて行けば、あっさりと崩れるか?
「あっ、どこへ行くんですか? もうすぐ先生が来てしまいます!」
「どこだっていいだろうが! 減らず口な野……女が!」
どうやら野郎と言いかけたらしいが、野郎では無いという判断は出来るご様子。意外と冷静な判断が出来るということか。様子を見る感じでは俺ではどうにも出来ないが、天然菩薩なら動きを封じることが可能かもしれないということが分かった。
「こら、どこへ行く? 早く席に着きなさい」
「……ちっ」
「ん? お前は栢森か? 偉いな、初日に来るなんて! 迷わず来れたみたいで安心したぞ」
「あたしの席は?」
「窓側の一番前でいいか?」
「ちっ」
ダブり先輩だけあって、先生にも知れ渡っているようだ。しかもとりあえずは先生に逆らわない。席も指定されているし、実は先生の前では素直な女子ということなのか? 舌打ちとタメ口だから違うか。
「しゅう。早いとこ席に着いちゃおうよ。隣に座って欲しいんだけど……」
「あん? 家でも傍にいるのに何でまた隣の席にしなくちゃいけないんだよ? 甘えか? 甘えのお年頃なのか?」
「うるさいな。兄の傍にいちゃ悪い?」
「勝手に座っとけ。俺は窓側の一番前に座りたいんだけどな」
「そこに行ったら間違いなく突き落とされると思う。しゅうに対するダブり先輩の怒りようが半端じゃないし。あんな危険そうな人に惚れるとか、まさかそんなことないよね?」
「何でそうなるんだか。さっきの会話になっていない光景で、どこに惚れる要素があったかに百文字以内で答えてみろ」
「面倒くさいからパス」
勝手に判断して聞いておきながら、こっちの質問に答えないとは何て奴だ。惚れているのは天然菩薩だというのに、そもそも会話が成立していない女子……いや、タメ口先輩にどこをどう切り取ったら惚れるというのか。
あまり関わりたくないが、天然菩薩がいる限りは素敵な毎日を送れそうで安心した。
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次話は夜9時以降です。