14.天然菩薩さまに変態認定をされ、別の意味で確保された
『そこの変態野郎! おい!』
昼休みに入りたての時間、高音ボイスな呼び声が明らかに教室の中で響きまくっていた。声の主は疑うべくもないが、タメ口先輩だ。
「しゅう、あの声はダブり先輩だよ?」
「そうだな。それがどうかしたか」
「呼ばれているんじゃないの?」
「席が離れすぎてんぞ? 間違いなく俺じゃないし、変態を呼んでいることに俺を結びつけるのはやめろ」
「変態じゃん!」
「俺の辞書にはそんな言葉は埋め込まれてはいない」
「めんどくさ……」
先輩の席は意外なことに窓側の一番前なわけだが、周りは全ていかつい野郎ばかりで構成されている。
女子に囲まれた俺の席と、タメ口先輩の席はあまりに離れすぎているので、あれは俺では無いと判断し、乗り気ではないが優雨を飯に誘うことにした。
「野郎は俺だけじゃないしな。そんなことより、たまには一緒に昼を食べるか? 今ならもれなく兄が付くぞ?」
「えっ、本当!? しゅうが僕を誘うなんて夢みたいだよ!」
「そういうわけだから、行くだろ?」
「い、行く! は、早く行こうよ!」
「分かったから袖を引っ張るなよ」
「えへへっ、ごめーん」
子供っぽい笑いと、舌をペロっと出す仕草を何の計算もせずにする優雨なわけだが、だからどうしたと言いたい。確かに可愛いが、それだけのことだ。
今も教室のいる一部野郎が、優雨を見て顔を赤くしているところを見ているだけでも理解不能だ。
『おい! 誰でもいいから変態野郎をあたしのとこへ連れて来い!』
相変わらずタメ口先輩は、どこかの変態を呼び出しまくりらしいが、俺と優雨はさっさと廊下に出ていた。よほど嬉しかったのか、俺の袖が伸びまくる勢いで引っ張られてしまったというのも関係している。
「早く行こうよー」
「落ち着け。学食は逃げないぞ」
「場所はそうでも人気メニューはいなくなるし」
「じゃあ不人気メニューでいいだろ。俺はそれでも構わんぞ」
「僕は嫌! だから急ぐの! ほら、たまには本気出せよー」
段々と誘ったことを後悔するくらい、優雨の相手をすることが面倒になって来たので、先に席と人気な食い物を確保してもらうことにする。
「なら、優雨に任せる! お前足が速いから、頼れる。頼ってやろう! さぁ、行け」
「偉そうに……てか、しゅうは逃げずにちゃんと来てよね。確実に確保して待ってるもん! きっとだからね!」
「ほら、行け!」
おだてれば足の速い優雨は、確実に任務を遂行してくれるだろう。たまに学食を利用したい時にはもってこいの人材かもしれない。妹があっという間にこの場からいなくなったので、急いでいた足をゆっくりめに戻して学食へ向かうことにしていると、何やら後方から息を切らせた奴が近づいて来ている。
これが世にいう昼時ラッシュアワーというやつか? 通学の時に息を切らせてまで急ぐ奴よりも、昼に急ぐ奴の方が多いのは本当らしい。
「はぁっ、はぁっ……はふぅ~ま、待ってくれないかな、椿くん」
「むっ? 麻野なのか? そんな息を切らせてまで俺に会いに!? 何の奇跡なんだこれは」
どこのどいつが通り過ぎるのかと思って様子を窺ってみれば、追い越すどころか俺の前で息を切らせる天然菩薩さまが降臨されたではないか。そうまでして会いに来てくれたとなれば、いつもよりも深すぎる敬礼と言葉遣いを繰り広げてしまいそうになる。
「ははー……! わたくしめに何用でございますか?」
「……何の真似なのかな?」
「いえいえ、いつも通りですよ? いつもこうしてお話していたではありませんか。して、わたくしなんぞに清浄なる息を吐いてまで、歩み寄って頂けたのは何用でござ――」
「……椿くんは変態野郎だよね」
「へっへっへ……へ? いや、違いますよ? 何でそんなどマゾい発言を頂けるので? 俺はマゾくないよ?」
「それ、やめてって言ったよ? 忘れたのかな、変態さんだから……」
言われてから気づくとか時すでに遅しではあるが、今までの繰り返しによる態度が裏目に出たようだ。
「変態ではないが、話をしに急いで来たんだな? この通り頭を床に擦りつけるから許してくれ!」
「すごいけどそれもしなくていいよ? 普通であれば素敵に思えるから、だからさ……椿くん」
「ん? どうした? 俺に愛の告白でもするのか?」
そんな非現実的なことにはならないにしても、麻野からはただならぬ気配を感じる。もはや天然菩薩さまはどこかに堕ちて行ったのかもしれない。そう思えるくらい、鳥肌が立ちまくりだ。
「はい、お手」
「犬ではないぞ? 別の意味で犬となれというなら悪くも無いが、俺は今重要な任務が……」
「実乃梨の手に触れて欲しいなぁ、なんてすごく思っているよ? こんなのは初めてなの。もし椿くんがわたしの手に手を重ねて置いてくれたら、それはすごく素敵で最高の出来事が待ち受けているんだよ?」
「もしや、それが麻野なりの返事か? 付き合ってしまうのか?」
何とも言えない表情で麻野は俺の手を待っている。何の脈絡も無かったのに、何故こうなっている。何かの謀略が渦巻いていそうなんだが……こんなチャンスは二度も三度も無さそうな所が非常に悩ましい。
「放送室に行こうかなぁ?」
「げっ!? 待て、手を重ねればいいんだな? お、置くぞ?」
「……早く」
どちらにしてもあまりいい所には行けそうにない。優雨が学食の席と食い物を確保さえしてくれれば、意地でも向かえるはずだ。俺は何かの覚悟を決め、麻野の手に自分の手を重ねて置いた。
「やっぱりそうだったんだ」
「何がだ?」
「うん、今から連れて行ってあげるね。そうしたら、きっと椿くんも正常に戻ってくれると思うんだ。それってすごく素敵なことだよ」
「どこに連れて行くつも――」
「こっちこっちー! 来て来てー! うふふっ、椿くんの手はソレっぽいね」
「何が? だからどこに」
手を重ねたまでは良かった。息を切らせて、運動神経が無さそうだった麻野の姿は既に無く、エライ勢いで俺をどこかに連れて行こうとしている。しかも全く息を切らせないままでだ。
「お、おい、麻野? 一体どこへ……」
「彼女が待っているよ~? うふふっ! ほら、椿くんの為に出迎えてる」
せっかく教室を素早く出たのに、自分の教室に戻らされた挙句、そこには仁王立ちをされているおみ足……先輩の姿があった。いつの間に麻野を手下にしたというのか。
「変態野郎、遅えぞこの野郎!」




