1.タメ口先輩と無駄野郎
新しく書き始めた青春ラブコメです。
俺のカノジョシリーズとは別のテイストですが、お気に入り頂けたら嬉しいです。
「おい、こっち見んな!」
二年目の春、一年かけて自分の頭脳に覚えさせた通学ルートの湖沿いを、自分のペースでただひたすらに歩いていた。それだけの自分に、どういうわけかイチャもんを付けて来る人に遭遇した。
この日の天気は快晴。だだっ広い湖と川に守られた街には、爽やかな風に混じって花の香りが至る所に漂っている。そんな穏やかな朝を堪能していただけに過ぎなかった。
それにも拘らず、耳に通る程のソプラノボイスから聞こえて来るのは、身に覚えのないことの連続言葉ばかりだ。
「エロ野郎! シカトか? おいっ、気づけよバカ野郎!」
「何すか? 俺ですか?」
「てめえ以外に野郎はいないだろ? 右を見れば湖、左を見ればバスがのらりくらりと走っている道路しか見えねえじゃねえか」
「確かにそうっすね! 賢い!」
決して賢くはなかったが、他に褒める所が無いのでパチパチと盛大な音で拍手をしてあげた。
「何だそれ、弾き飛ばすぞ?」
「出来れば湖の方にお願いします。道路だとたとえ車が少なくても危ないので」
「何であたしを見ていたか言え! 言わないならマジで飛ばす」
「つかぬ事を伺いますが、俺ですか? 俺が見ていたのは景色であり、人ではないんですが……もしかして、人じゃないとか? それでしたら謝罪しますよ」
「っざけんな! 人だ! あたしはこう見えて、先輩だ。てめえはどうせ、年下だろ?」
「お言葉ですが、『どうせ』という使い方が間違っていますよ? 結果は明らかだと認められても困るので言葉を返しますが、俺は一年F組の椿秋晴と言いまして。まぁ学校に着いたら学年とクラスごと変わるんですけどね。人である先輩の名前は?」
高校二年になった。しかし自分の組がどこか分かるのは学校に着いてからなので、一年と名乗っておくほうが無難だ。もちろん事前に分かることではあったけど、普段はスマホを見るより雑学に関する雑誌を見ている方が楽しいだけに、親と妹からは無駄知識の無駄遣いと、無駄な単語が二回ほど出ていた。
「やっぱり下かよ。それも一年? いや、二年……どっちだよ! 無駄に自己紹介したところで、あたしはしないけどな。そんなことより、土下座しろ!」
初対面でタメ口は無いだろう。それも明らかに他人を自分の下と自己判断。あるいは、先輩であるという自己の尊重を誇示しているせいなのかもしれない。
「ここで土下座すると見えますけどいいんですか?」
「何が見えるって言うんだよ?」
「もちろん先輩のおみ足と、風ではだけてあられもないおパンツですよ?」
「吹っ飛ばすぞエロ野郎がっ!」
野郎がと言われた直後、彼女が繰り出してきたおみ足からの鋭い蹴りで、俺は湖の砂辺に手をついていた。
「うあっ……」
「天罰を喰らった感想はどうだ、エロ野郎」
「あ、神様だったんですか? それは失礼しました」
どうやら大層な女神様だったようなので、彼女に向かって拝んでみた。拝んだのは彼女のおパンツなどではなく、神々しいお姿に対してだ。その行動に口を開こうとしていたが面倒になったらしく、首を左右に振りながら、逆方向に向かって歩き出した。
「あれ? そっちに学校があるんですか? どう見ても同じ学校の人にしか見えないんですけど」
「うるせー! ついてくんな!」
「ついて行ったら遅刻しちゃいますんで、遠慮します」
「勝手に心配とかしてんじゃねえ! 無駄口野郎が! くそっ、どうやって行けば近道なんだよ……」
「自分に心配する権利は無いので、どこへでもお行き下さい」
本当に帰るかはさておき、名前の知らない先輩さんは自然風からの強い横風をまともに受けながら、何度も長い髪を直しまくっていた。言葉さえ出さなければ、おしとやかそうで綺麗な先輩に見えなくもないというのに。
学校へのルートはいくつか候補があり、湖沿いをひたすら歩けば着くルートと、曲がりくねった市街地と住宅地を迷いながら進むルート、もしくは何本も橋を渡らないとたどり着けない川沿いルートがあった。
自分が選び抜いたルートは、まさしく時間をかけてただ歩くだけの湖沿い。もっとも一番近いのは、真横の道路を走る市営バスに乗り、苦労もなく学校前のバス停に降りるだけのルートである。自分が選んだルートを歩く人なんていないのが現実だ。
ここを歩く人間は多くないだけに、あんなタメ口な人をここで見るとは思いもよらないことだった。
そんなことがあったが、見慣れた学校にたどり着き、見慣れない連中に混じりながら廊下を歩く。
「しゅう、おはよ。無駄ルートで来たんだ?」
廊下をだるそうに歩いていると、嬉しそうに腕に絡んでくる奴に出くわした。
「朝から注目を集めたくないから離れろよ、ゆう」
「……というか、朝から無駄に砂遊びでもしてきたの? 砂っぽいよ?」
「無駄じゃない。爽やかな自然風と陽射しを浴びて、楽してそこを通り過ぎるバスの連中を嘲笑えるルートだ。お前は運動神経いいのに何でバスなんだよ」
「それとこれとは違うからね。そんなことより、掲示板見た?」
「ウェブの奴なら見ていない」
「違うよ、学校の廊下に張られている奴のこと」
「これから見ようと思ってた」
「じゃあ一緒に見よう? どうせ同じクラスだろうけど、一応楽しみを取っておきたいし!」
「何で分かっているのに楽しめるんだ?」
堂々と腕に絡んで来た奴……それは、緑木優雨。コイツは正真正銘俺の妹だ。別姓夫婦の兄妹であり、当然だが一緒に暮らしている。俺の方が年下になり、年上の妹ということになるが、誕生日によるものなので、学年は同じだ。
見た目こそ遠くから見ればどこぞのわんぱく小僧っぽいが、間近だと目がくりくりとしてとても可愛い。栗毛色のショートな髪型で、ボクっ子でもあるのでボーイッシュな女子として野郎どもから絶大な人気を博している。だが妹は何気に強く逞しいので、その辺の野郎では相手にならない。
「どうせレアな足でも探してたんだろ? 活発なおみ足ならここにあるじゃんか。家でもここでもいつだって見られるのに、本当に無駄だよね」
「優雨のおみ足なんぞ見ても萌えぬ」
「ちぇっ」
コイツにはおしとやかさが足りない。足はともかく、性格は悪くないのでモテるとは思う。しかし別姓兄妹だろうと、妹は妹だ。親が別れない限りは恋愛相手にはならない。世の中そんなに甘くない。
「はっ……同じだな……」
「喜ばないの? ゆうと一緒で話相手を確保出来ただろ! 喜んでいいよ」
「ワーイ……で、いいのか?」
「素直じゃないね。そこがしゅうらしいっちゃらしいんだけどさ」
感情を素直に出せるタイプじゃないのは認めている。自分にあるのは無駄じゃない知識と常識だと思っているが、現実はこんなもんだ。
「あ! ダブる先輩が同じクラスだ。すごい! ネットじゃ女子までは見なかったけど、リアルは楽しみがあって最高だね! そう思うよね?」
「ダブる先輩? どこの異国人……いや、双子だ?」
「じゃなくて、だぶるっていうのは、留年の……」
「そんなの知っているぞ。先輩ってのは学年が上だから言うのであって、ダブってしまった人は先輩と言うべきじゃないだろ? 優雨だって妹だろうが!」
「本人が先輩と言わせている以上は言うしかないよ。ボクらは逆らっちゃいけないんだよ。逆らったら、目を付けられてパシリをさせられて、朝も帰りも一緒にいなきゃいけないんだよ?」
「パシリはともかく、朝も帰りも一緒っていいことなんじゃないのか? それって付き合うって意味だろ」
「何でゆうが付き合うのさ? ともかく他の女子はいいけど、ダブる先輩は危険なんだ。言葉遣いもそうだし、悪い噂が常につきまとっていて……遅刻しまくりらしいし」
そう言えば今朝に出会った人は本当に帰ってしまったんだろうか。黙っていればモテそうな女子に見えたし、細い足首とソプラノ声は結構いいと思えた。
「それはそうじゃねえの? ダブる先輩だか何だか知らないけど、悪い噂にもなるだろ。それだけサボってれば」
「ダブる先輩に注目してしまったけど、彼女たちも同じクラスになってるよ? しゅうが唯一優しくされている子と、一途な子」
「唯一って言うなよ。彼女は天然菩薩だぞ? 他の女子は妙にイキっているばかりで、話にならねえだけだろ。彼女はいい子だ! 断言してもいい。だが、一途な子は本当にそうなのか?」
天然菩薩というと大げさだが、一年の教室で何も分からずに過ごしていた日常だったところを、彼女の存在のおかげで光りまくることが出来た。もし付き合えるものなら付き合いたいくらいだ。
「あれだけ3Sを言われていたら、しゅうも勘違いしちゃうよね」
「勘違いもするぞ! いや、もしかしたら俺のことが」
「あははは、それは無いよ……えっ!?」
「ひどい奴め。ん、どうした?」
笑っていた奴が急に動きを停止させたと思えば、顔面蒼白になっている。余程恐ろしいモノでも見たのか?
「何笑ってんだよ、てめえ」
「ボクは彼と話をして笑っていただけで、あなたを笑ったわけじゃ……」
「何ビビってんだ、倒すぞこの野郎!」
「わあぁっ!?」
耳に通りまくるこの声は今朝の声に違いない。言葉遣いは最悪なままだ。
噂のダブる先輩は彼女のようだ。
「どうした緑木、そんなところに座り込んでちゃダブる先輩に踏まれるぞ?」
「だ、駄目だよ! 本人がいる前でそれは言っちゃ駄目なことだよ!」
もちろんあえての挑発言葉に過ぎないが、どうやら聞き逃すことなく絡んで来てくれた。
「てめえ、今なんつった? 誰がダブりだ! お、お前は今朝の――!」
「先輩、いや女神様? でも同じクラスに名前が入っていますけど、先輩と呼んだ方がいいんですかね」
「先輩に決まってんだろ! それにあたしには栢森嵐花って立派な名がついてんだよ! 今度ダブりなんて言ったら、承知しないからな!」
「自分にも椿秋晴という名がありまして、何でもいいので呼んで頂けると、跳び蹴りを喰らわせるくらいに跳躍出来そうです」
「本当にやれるものならやれよ、無駄野郎! やんのかこの野郎」
素直に名前を呼んでくれなかったので、飛び蹴りは出来なかった。その前に仮にも女子な人に、そんなことはしない……そう思っていたら、鋭い蹴りが一瞬だけ見えた。
最悪な言葉遣いと、好みのおみ足を併せ持ったダブり先輩との出会いは、あまりいいもんでは無かったが、これからいい退屈しのぎが出来ると思えば、これもいい出会いと思っていいかもしれない。
お読み頂きありがとうございます。