5-2
これにて第一部は終わりです。
2
理事長室には三人の人影があった。
一人は当然理事長。理事長用の椅子に座っている。そしてソラウの体調管理を担当しているラヴェル先生。それにナナシと一緒にやってきたフィロ准将だった。
「フィロ。軍の推薦ということでマーサを雇ったが、スパイどころの話じゃなかったぞ?」
「失礼しました。自分に回ってきた報告書では軍の経営する孤児院で働いていたということだったので秘密保持に関しては大丈夫だと思っていたのですが……」
「ま、信用ならないとはわかっていたがな。こんなにあっさりと本性表すとは思ってなかっただけだ。行動も浅はかだったし」
見た目の年齢では明らかにフィロ准将の方が上なのだが、フィロ准将が理事長に対して敬語を使っていた。
「でもお父さん?ハウスキーパーなら他に人いたんじゃないの?やろうと思えば……」
「お前がやっていたか?」
「それはお父さんのお願いでも無理かなー。二人といつも一緒にいるのはいいけど、ボクの家事スキル知ってるでしょ?迷惑かけちゃうって。味覚だってまともに機能してないし」
ラヴェル先生はそうケラケラと言う。正真正銘彼女は料理が下手である。味見ができないほど味覚が機能していないからだった。
だから見た目は何とかできるし、食べられないことはない。だが大味になってしまったり薄味になってしまったり調整ができないのだ。レシピ通りに作っても美味しいか本人にはわからない。だから嫌いになってしまったという方が正しい。
「まあ、この阿婆擦れが四年間もヒュルクの母親役だった時点で奇跡だからな」
「おやおや?そんなこと言っちゃっていいのかい?フィ・ロ・ちゃ~ん?」
「どうせヒュルクに手を出しているんだろう?年齢を考えろ、この阿婆擦れ」
「それが現ナクス・フレストに言うことかな?先代ナクス・フレスト」
あっさりと。自分のもう一つの肩書きとフィロ准将の元肩書きを述べる。
それはここでしかできない会話だった。全てを知っている三人で、この守られた理事長室だからこそできた会話だった。
「それに何の因果関係がある?永遠の十一歳」
「ナクス・フレストとしての権力を持ってるのは今はボクってこと。たかだか准将ごときが歯向かっていい相手じゃないってこともわかんない?ボクの権力、中将と同じなんだけど?」
「ほら、話が脱線したぞ?全く、何でお前たちはいつも仲が悪いんだ」
「「態度が気に喰わないからです」」
フィロ准将とラヴェル先生の声が重なった。それに一度理事長は吹き出し、話を戻した。
「終わったことにはもう言及しない。問題はこれからのことだ。新しいハウスキーパーだが……。フィロ、頼んでいた物は?」
「できています。これがそのコピーですね」
フィロ准将はある一枚の紙を机の上に置いた。
理事長が手に取って確認している所にラヴェル先生が横から覗き込んでいた。
その内容を見て、ラヴェル先生が目を丸くしていた。残りの二人の顔を見て、納得できていなかったがやろうとしていることは理解していた。
「――フロル・レイアって、本気なの?彼女をハウスキーパーにするつもり?」
「彼女は実力者だし、問題はなかろう?」
「実力者なのは知っているけど……。それでお父さんはいいの?」
「いいさ。今は二人の安全を優先したい」
理事長はもちろんのこと、フィロ准将も受け入れているようだった。
フロル・レイアがハウスキーパーをやることに対して、何か問題があるわけではない。むしろ家事もできて、年齢も近くて、いざとなれば護衛になるような力もある。
あるとすれば、この三人の心情だ。それさえクリアしてしまえば、これ以上とない優秀なハウスキーパーだ。
「あとはお前の許可だけだぞ?ラヴェル」
「……二人が納得してるならボクが反対する理由はないよ。学校にも通わせるの?」
「ああ。同じクラスに配属させる」
「それはまた露骨な。理事長の特権ってやつですね。こちらとしてはありがたいですが」
フィロ准将は呆れながら笑っていた。
「ハウスキーパーとしての問題はそれで解決として。報告することがもう一つあります。むしろこちらが本題です」
「うん?」
「ヒュルクの直死、レベル三になりました」
これはヒュルクがマーサに能力を使った後、左眼に違和感を覚えたため検査をもう一度した結果だった。
コンタクトレンズを外した状態で緑色の輪郭が現れなかったのだが、本人は能力が発動している感覚があると言っていた。
ヒュルクの瞳の色は紅なので、レベル三の赤色の輪郭が似ていて判断できないのだろう。どのように変化したのかはまだわかっていないが、それはこれから調べていく必要があるだろう。
「俺が作ったコンタクトレンズはまだ機能しているんだな?」
「はい。問題ありません。これからも任務を与えて、様子を見ていきます。ソラウ君にもお伝えください」
「ああ。……ラヴェル、あの二匹の経過をこれからも見てくれ。何かあったらすぐに連絡しろ」
「わかってますよ。ヒュルクちゃんにはまだ言わなくていいの?」
「あの二匹が気付かれたらどう行動するかわからない。ヒュルクの身の安全を考えたら伝えない方が良い」
その二匹はヒュルクに影響を与えかねない存在だった。そもそも二匹というカウントの仕方が合っているのかさえ怪しい。
その存在はまだヒュルクと名付ける前からラヴェル先生が見付けていた。身体の確認をするために能力で潜ったら見付けたのだ。
今のところヒュルクに危害を加えるような様子は見受けられなかった。そもそもどうしてヒュルクの中にその二匹がいるのかすらわからなかった。
何回も潜った結果、研究所で投薬されたものの影響ではなく、魔眼が関連していることがわかった。だが、中にいるだけなのである。
結論付けたのが、それぞれの魔眼の意志。それがヒュルクに力を貸すために自意識を持っているのか、もしかしたら別の意志があるのかもしれないが、ラヴェルでも意思の疎通ができないため、ヒュルクが気付くまで何もできないと判断した。
「フィロ。月の兎の方は変化なしか?」
「はい。まだそっちはレベル二ですね」
「……そうか。早くレベル四になってほしいものだ。そうすれば……」
「……ええ。俺もそれを願うばかりです」
この二人にも願いはある。ラヴェルには特にはないが、この二人の願いはヒュルクとソラウにしか叶えられない。
その願いを叶えるには今のヒュルクでは実力不足だ。ソラウは今のままでも十分ではあるのだが、それでもヒュルクの力も必要になる。
「叶えられないことを子ども二人に任せるなんて、サイテー」
「そうは言っても仕方がないだろう?お前でも無理だったんだから。なら、まだ可能性のある子どもに願いを託すのも間違っていないと思うがな」
様々な手を尽くして、それでも二人の願いは叶えられなかった。だからまだ可能性がある二人に任せたいと理事長は思っていた。
そのためにヒュルクの魔眼は逐一検査していた。実験はしていないためまだ良心的とも言えるが、研究所と同じことをしているのだ。その自覚はあるが、本人にも許可は得ているのでだいぶマシであると考えている。
「二人の呪い……。解けるとしたらヒュルクちゃんしかいないものね。あとヒュルクちゃんの力を借りたソラウちゃん。あと何年かかるかわからないんだよ?」
「それでも待つさ。今まで散々待ったんだ。あと十年二十年くらいなら余裕だよ」
近くの部屋で寝ている二人の少年少女はこのような会話がされていることに気付かない。
気付かないからこそ、今だけは静かに瞼を閉じていられるのだ。
明日からは別の小説を投稿します。
夜十八時をお待ちください。
モフモフとか書いてあったらそれです。




