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本日二話目です。
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街の区切りとしては首都に入ったところで暗号を用いてナナシは車の中で本部へ通信を求めた。
「こちらユーフォテイム国防軍魔眼特殊機動部隊第666大隊所属、ヒュルク・アスターク・ネイン軍曹です。そちらの状況を教えてください」
「現在首都の中心地の大部分を閉鎖。ケルニス地区の駐屯地でクーデターが勃発中。市民の避難があらかた終了したところです」
「了解。これよりケルニス地区に向かいます」
ナナシはアウトバーンでさらに速度を上げてケルニス地区へと向かった。幸いアウトバーンは空いていたのと、三00㎞の速度で走っている車はいなかったため、荒い運転だったが時間はかからなかった。
ある程度近くまで車で行き、適当な有料駐車場に停めて、そこからは能力を使って走っていった。
駐屯地の近くに行くと、クーデター側の車両などが見えた。ナナシが持ってきていたのは槍とスマートガンだけだった。さすがに重火器はあの家にも持ってこれなかったのだ。
(……奇襲でいつも通り他の物を奪うしかないか)
敷地の外にはたくさんの戦車と対地空ミサイル搭載車両がすでに敷地内へ向けて砲撃を始めている。
一番近くの戦車に目をつけて、そこへ向かって駆けた。自分の軍で使われている物のため、構造も何もかもわかりきっていた。
ハッチとなる部分に槍を突き刺し、強引にこじ開けた。そのままスマートガンで中にいた兵士を撃ち殺し、軍用ハッキングツールを用いて自動操縦モードにした。対象は敷地外の戦車たち。
作業が済むとスマートガンの弾倉を変えてすぐに戦車から飛び出し、近くにいる兵士を殺し始めた。中には魔眼使いもいたが、ランクはそんなに高くない者たちばかりだった。
直死もいらず、ただ近付いて槍で突き刺す、蹴り飛ばす、近くにある物を投げる、武器を奪って用いるというどれかをすることで殺し続けた。
悲鳴も雄たけびも、聞かない。気にしていてはいけない。そういう場所に今いるのだ。
ナナシのようなことをしている人間は他にもいるようで、クーデター側はやはり優位には立っていなかった。
そもそも今襲っているケルニス地区の駐屯地は魔眼育成用の軍事施設である。魔眼の有無、そしてレベルの差は大きい。
『イイネェイイネェ!モット殺セヨ!血ヲ噴キ上ゲロ!全テノ命ハオレノ糧ダ!』
また聞こえる。この幻聴は戦を、誰かの死を望んでいる。これに飲み込まれてはダメだ。ここまで築いてきた人間性が失われる。
それに、約束したのだ。今はまだ死ぬことはできない。ここがナナシにとっての贖罪の場ではない。
敷地内から出てきた友軍も魔眼を使い、クーデター側を圧倒し始めた。
主に前線に出てきているのはヒュルクと同じ666部隊の仲間だった。彼らは皆、特殊魔眼持ちなのである。そういう人間が集められた部隊なのだから、当たり前でもある。
さらにナナシとは違う方向から青い光子が放たれた。その熱量によって戦車部隊の大部分が融け、残っている戦車も細いいくつかの光子によって破壊された。
少し高めのビルを見てみると、七階の窓際にクレイネスとフォルナがいた。フォルナなんて気軽に笑顔で手を振っていた。
「……まったく。頼りになるんだから」
まだ生きている人間がいないか辺りを見て回った。使えそうなマシンガンを拾い、眼よりも耳で集中して人を探した。
ここからは無力化させる戦い方に変更する。どこかで指揮を取っていた部隊がいるはずである。全勢力を一度に投入するのは莫迦のやることだ。予備戦力がいなければ部隊の立て直しも、援護も何もできない。
「あー。クーデター側の生き残りへ。そちらの主張を聞き届けてこの結果だ。もういいだろう?降伏してくれ。そもそも我々はこのような戦いを所望しない。国民も国土も傷付く」
駐屯地に設置されているスピーカー全てからフィロ准将の声が聞こえてきた。この駐屯地のトップはフィロ准将なのである。
「君たちの部隊名はすでに突き止めている。……家族がいるものは直ちに降伏しろ。こちらとて卑怯な手は使いたくない。関係ないという妄言は聞かん。もう一度だけ言うぞ。我々は国防軍だ。自国の人間を守る組織であり、傷付けるのは本望ではないと言っている」
そう宣言しているフィロ准将の姿が正門近くに現れた。護衛もつけずにただ一人で左手に剣を、右手に無線マイクを持って立っていた。
(危険です、准将!)
予想通り、生き残りは現れた准将に向かって発砲を始め、能力も使い始めた。
だが、その弾丸も、魔眼の能力も、全て准将はいなしてしまった。
剣で弾丸を全て弾き、能力は避けられるものは避け、炎の球体やかまいたちのようなものは剣で斬り伏せていた。
しかもそこまでして准将は魔眼を使っていない。全て身体能力だけで凌いでいた。
「ヒュルク。殺っていいぞ」
スピーカー越しのその声でナナシにはスイッチが入った。正門に近寄りながらマシンガンで確実に頭か胸を狙って撃ち、近くに来て生きていれば槍で斬り伏せる。
『寄越セ寄越セ寄越セ‼オレニモ死ヲ嗅ガセロ!』
ああ、嗅がせてやる。だから力を寄越せ。どこに生はある。どこを穿てば死が産まれる。今ならお前に従ってやる。
そんな想いに反応するかのようにどこに敵がいてどうやって動けば殺せるのか身体が勝手に判断した。いつもよりも身体の動きがいい。操られているとしても、この場では構わなかった。一時でも早く、この地獄を完成させる。それこそが一番被害が出ない方法なのだから。
ゼロ距離で顎からマシンガンで撃ち抜くこともすれば、体術を用いて相手の骨を確実に折っていった。臓器ごと持っていくこともあれば、脚や背中、首などの主要部を折って戦闘続行不能に追い込んだ。
生首が落ちている、人の手か足か判断できないものが転がっている、赤黒い血の池から血の河ができはじめている、物も全て赤一色になっている、人間の中身という中身が零れ落ちている、たまに見える白い骨が輝いているなど、ここはまさしく阿鼻叫喚を産む場と化していた。
眼に映る範囲で最後の一人になり、その男は全身を震わせ、地面に腰がついていた。武器も持たず顔面蒼白で、戦意喪失していた。
そんな男は全く怖くなく、ゆっくりと、まるですり足で歩いているかのごとく確実に距離を詰めていた。血と足の接地音から、ピチャピチャという音がその男への死のカウントダウンとでもいうかのごとく鳴り響いた。そして槍が届く距離になり、刺せるように少しだけ右半身を引く。これで最後。そうすれば当分殺さなくて済む。
罪には罰を。罪には報復を。そして執行者にも、同じく苦しみを。
突き刺す直前で誰かに右腕を止められた。月の兎を用いている状態でナナシを止められる人間はいないと考えていたが、一人だけ知り合いで例外がいた。
フィロ准将だ。彼の眼はいつもの栗色ではなく、瞳孔そのものが蒼色へ変化していた。これがこの人の魔眼を使っている証拠なのである。
「もういいぞ。中に入って休んでいろ」
「…………はい」
スイッチが落ちた。これ以上の人殺しが必要ないなら、人喰い三色兎もいらない。ナナシに戻る時だった。
ナナシは月の兎を解除して駐屯地の中へと入っていった。そこで部隊の仲間が迎え入れてくれて、次の指示があるまで施設内で休養を取っていた。
正直学校から使ってきた月の兎は限界時間が近かった。よくここまで維持できたと思っているほどだ。
唯一生き残ったクーデター側の軍人は、当然のことながら聴取をされていた。持っていたものは全て没収され、情報解析などがされている。
どの部隊が関わり、どのような目的で、どのような順序で事を起こすのかなど、全てが丸裸にされていった。その中でオケアマス学園の詳細な見取り図が出てきたため、この情報源はどこなのかも調べさせた。
その情報を知ったフィロ准将はすぐにルトゥナに連絡。管理システムのパスワードなどを全て変えさせた。
明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。




