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本日一話目です。
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ソラウとラヴェル先生が教室へ入ると、クラウス先生がすぐに近寄ってきた。
「ラヴェル先生と一緒にいたんだな、ソラウネット。ヒュルクは一緒じゃないのか?」
「はい。違います」
「すみません、クラウス先生。ヒュルク君は先程の爆発の振動で物が倒れてしまって、今は保健室のベッドに寝かせています。そんな大怪我ではないので心配なさらず」
「そうですか……」
ラヴェル先生の言葉に納得したのか、ここにいない生徒の説明についてはできた。これでひとまずは大丈夫だ。
「ヒュルクを一人にしていては危ないのでは?保健室は一階ですし……」
「今から私は戻ります。でももう大丈夫ですよ?理事長先生が終わらせましたから。さっきの火柱も雨も理事長の能力ですし」
「え?そうなんですか?」
「男の先生方はこれから招集されるかもしれませんね」
ラヴェル先生が言い終わるのとほぼ同時に校内放送を知らせるチャイムが聞こえてきた。
「教師諸君に通達する。敵勢力は排除した。今日は臨時休校とする。まず男性教諭は全員校庭に集合。汚れてもいい格好をしてくるように。女性教諭は生徒の確認を行ってくれ。事務員は首都の状況を調べてくれ。学校内に不審者がいないかの確認も頼む。以上だ」
放送はそれだけだった。
「ほらね?」
「まあ、生徒に見せるわけにはいかないでしょうからね。ヒュルクのことお願いします」
「はい」
先生二人は教室から出ていき、ソラウは自分の席についていた。するとすぐにメルニカが近寄ってきた。
「ソラウ。本当に大丈夫ですか?」
「ええ。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
「そうですか。良かったぁ。……ヒュルク君の方の怪我は大丈夫なんですか?」
「軽い打ち身と切り傷だけよ。私たちを庇ってくれて、物が棚から落ちてきちゃって。こっちは大丈夫だった?」
「はい。振動はすごかったですけど、物が落ちるまでは」
周りを見てみると物などはたしかに落ちていないようだった。机の位置が若干変わっている程度だ。
「校庭の様子を見てた人はいた?」
「クラウス先生が見るなって言って、止めてました。先生方にはそういう通達があったようです。……敵勢力の排除って、そういうことですよね?」
「そうね。殲滅と同義よ」
「あの優しそうな理事長が……」
一緒に食堂でご飯を食べた時のことを思い出しているのだろう。あれだけニコニコしていた人が、そんなことをしたのが信じられないというような顔持ちだった。
「理事長は数年前にも同じようなことしてるから、私は別に驚かないわね」
「……これからどうなるんでしょう?あの人たち、国防軍だったんですよね?」
「あの勢力を正規軍、というか本部が押さえるか掌握されるかの二択でしょうね。しばらくの間内乱になるわよ」
それは避けて通れないだろう。おそらく国民に外出禁止令が出る。内乱の芽が完全に断ち切れるまで、そんな生活を送らなければならない。
「世界を滅ぼす魔眼……。そんなもの、本当にあるんでしょうか?だって魔眼って、元々は魔術の劣化した能力のことですよね?」
「その魔術が世界を簡単に滅ぼせたなら、できなくはないでしょうね。レベル四の魔眼なんて結構危ないと思うけど?」
「……そういう危ない物なんだって、改めて認識しました。魔眼は研究するだけでなく、制御することも念頭におかないといけませんからね」
その思想の行き過ぎが今回の事件の発端とさえ言える。そして今さらだ。その魔眼を求めて戦争を仕掛けている国もあるのに。
「あなた、自分らしさをもっと持った方が良いわ。色々な意味で平凡すぎる。……私の弟と同じ感じがするわ。必死に平凡であることを取り繕っているみたい」
「え……?」
唐突な話の変換にメルニカはついてこれていないようだった。
ナナシがヒュルクの皮を取り繕っているように、メルニカもそうであるように取り繕っているようにソラウの眼には見えた。
正直気持ち悪いとさえ思う。ヒュルクのは仕方なくつけさせた部分があるのに、メルニカは取り繕うのが、平凡であることが当たり前というように振る舞っているのだ。
「メルニカ、魔眼のレベルは上げたい?」
「え?はい。もちろん」
「どうして?」
「え?だってレベルが上がったら便利ですよ?」
「人を傷付けるかもしれないのに?」
ソラウの言葉にメルニカは息が詰まっているようだった。利便性はもちろんある。だが、戦闘能力というのも一つの観点だ。
「その魔眼は便利かもしれないけど、何に使うためにレベルを上げたいの?それがわからないまま漠然とレベルを上げたいだなんて、悪いけどデニムとあまり変わらないわよ?」
「わたしは……」
「二人で話してるところに邪魔してごめんね?ちょっといいかな」
二人の間に割って入ったのはウィリアムだった。手にはバインダーに挟まれた紙とペンを持っていた。
「これ、今の時間家に家族がいるかの確認表。欄に○ばつ書いてくれる?二人で一応最後だから」
「いなかったらどうなるの?」
「午後五時まで学校に待機。それ以降はまだ検討中だって。ソラウネットさん。ヒュルク君はこれが書ける状態なのかな?」
含みのある言い方だった。それが気になったのだが、ソラウは嘘と本当を織り交ぜて回答した。
「いいえ、書けないわ。利き腕を負傷してるもの。でもラヴェル先生がついてるから確認は取らなくていいと思うわ」
「そうなんだ。じゃあ二人が書いたら隣のクラスの先生に渡してね」
それだけで、ウィリアムは自分の席に戻っていった。実質ウィリアムの心臓はバクバクだったが、そんな風に緊張していたことはきっとばれていない。
ソラウはさっさと欄にばつを書き、メルニカに渡した。
メルニカはペンの動きからして○を書いたようだ。
「……あの、ヒュルク君は魔眼のレベルを上げたいのでしょうか?」
「上げたいでしょうね。彼には明確な理由があるもの」
「その上げたい理由って何ですか?」
「……あら?いいじゃない、メルニカ。そういう『狡さ』、大事にしなさいよ。それも個性だから」
ソラウはこの教室の中で、初めて口角の上がる笑みをさらけ出しただろう。そもそも、このような悪魔的な笑みは誰にも見せたことはなかった。
「ず、ズルいですか……?」
「ええ。自分の言葉で本人に聞かず、親しい人から探りを入れる。立派な狡さよ。何でそんなに彼のことが気になるの?優秀な魔眼使いだから?同い年なのに眼鏡をかけているから?特殊魔眼を持っているから?さあ、どうして?」
今度は誰かの救いの手は差し伸べられない。二人の間には長い沈黙が流れる。
だが、今回はメルニカの回答を待たなかった。
「それ、宿題ね。どうしてヒュルクなのか。ヒュルクの何が気になるのか。自分の言葉にして、それをヒュルク本人に言うこと。そこだけは、私を利用しないこと。あと、その手に持ってる物よろしくね」
「はい……」
メルニカはうなだれつつ、隣のクラスへ向かった。
完全に主観であったが、何もかも平凡であろうとするのは異様であった。ソラウやヒュルクがそれを目指すのはわかる。だが、後ろめたいものが何もなさそうな人間がそれを演じるのは一種の異常だ。
端から平凡であるのに、平凡を演じる理由はあるのか。それは意味を持つのか。
そこがわからないから、気持ち悪いと感じてしまったのだろう。
そして、そんな思考がわからないような女の子がヒュルクに近寄ってほしくなかった。そんな子が原因でこの生活が嫌になってほしくないのだ。
一秒でも長く生きてほしいから。苛酷な過去を過ごしたからこそ、その何十倍の幸せを与えないとナナシはすぐに逃げてしまうから。逃げる先が贖罪しかない彼にそんな道を歩ませるわけにはいかない。
(……きちんと帰ってきなさいよ。帰ってきたら、ちゃんと抱きしめてあげるから……)
いつもは守ってあげているのに、こうして守られて、手の届かない場所へ行ってしまっただけで胸が苦しい。
手の届く場所で、きちんと守ってあげたい。そして守ってほしい。だからこそこの締め付けられるような胸の痛みを受け入れ、また静かに暮らせる日々を切望した。
この後十八時にもう一話投稿します。




