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4-2-2

本日一話目です。

 ヒュルクは二人に覆い被さるようにして身を屈めた。二人の頭が床に当たらないように手で庇いながら押し倒す。

 次の瞬間大きな爆発音がして火薬の匂いが辺りを充満し始めた。が、煙はやってこない。


「なに……?」


「たぶんロケットランチャーだと思う。魔眼じゃない。飛行音が聞こえたからね」


 ヒュルクは眼鏡を外して制服のポケットにしまい、窓際に近寄ろうとした。だが、その前にラヴェル先生に手を掴まれて止められてしまった。


「そんなことしなくても、外の様子は見られるよ。あと、校舎自体は無傷だ」


 ラヴェル先生は机にあったパソコンを操作して何故か複数の映像から校庭や正門が見られるようになっていた。


「これ、監視カメラの映像……?ハッキングしたんですか?」


「いや?ルトゥナさんからコードをもらってるだけ。……どういうこと?国防軍じゃない」


「え?」


 二人が覗き込むと、正門にいたのはよく見るユーフォテイム国防軍の軍服をまとった人間複数と、軍用車両だった。戦車すらいる。

 ヒュルクは軍服を持っているのだから見間違うはずがない。正規軍だ。


「どうして……?校舎に向かって砲撃?それを正規軍が?」


 隣にいたソラウを見ていると全身震えていた。肩を両手で抑えて、歯を何度もガチガチと鳴らしているのを見ればすぐわかる。この原因が、自分だと思い込んでいる。


「ソラウ。大丈夫だよ。どうせ俺か理事長を狙ってのものだ。ソラウじゃない」


「な、何で言い切れるのよ……!だって、あの国防軍は本物なんでしょう⁉だったら私の能力について知ってるかもしれないじゃない!」


「もし、ソラウだったとしても、そうじゃなかったとしても……。……うん、『ボク』が殺す。これは正しい軍事行動じゃない」


 ヒュルクはこれまで以上に頭に来ていた。

 ユーフォテイム国防軍は名前の通り諸外国への侵略を目的として作られた組織じゃない。国を守るための組織だ。それが国民の通う学校に向けて砲撃など矛盾が過ぎる。

 どんな理由があったとしても。家族が傷付けられそうになっている現状を許すわけにはいかない。それは軍を敵に回してもだ。


「ラヴェル先生。理事長に繋ぐことはできますよね?」


「もちろん。でも、相手方の主張の方が先のようね」


 映像では拡声器を持った一人の男がこちらに向かって歩いてきた。それに続いて一個小隊分の人間が続いてくる。そして男は、こう述べた。


「我々はユーフォテイム国防軍である。先ほどは威嚇砲撃を行わせてもらった。こちらの本気というものをわかってもらえたと思う。このようなことをした理由は簡単だ。……この学校に世界を滅ぼす魔眼を持っている者がいるという情報を得た。その者の引き渡しを要求する」


 その言葉が決定打となり、ソラウは顔を伏せてしまった。もう止まれない。体の震えも、嗚咽も、自分への恨み言も。


「やっぱり私のせいじゃない……!私の眼のせいで、関係ない人たちが争う!こんな他力本願な力、私一人じゃ意味がないのに!やっぱり眼なんて潰してしまえば良かった!そうしなくていいように、お父様とヒュルクが、フィロ准将が頑張ってくれたのに……!」


「ソラウ。それは違うよ。『ボク』たちは手伝っただけだ。ソラウの意思で、そうならないように願って努力をしてきたんだ。一番頑張ったのはソラウ自身だよ」


 そう言ってヒュルクはソラウを抱きしめていた。ヒュルクは震えを止める方法を、泣き止ませることができる魔法を、これしか知らなかった。

 これは色々な大切な人から教わった、温かみを知る魔法なのだ。


「ソラウが眼を潰してたら、『ボク』は今目にしているものを一切見れなかった。『ボク』個人なんてなかったし、こうしてソラウを抱きしめられなかった。今暖かいって、そういうことを想えるのはあなたがいてくれたからだ」


 背中に回した手で何度か、リズムを刻むようにソラウをあやす。嗚咽も止まらず、雫も溢れてくるがヒュルクは自分の心音を聞かせて落ち着かせようとした。

 昔、理事長にもラヴェルにも、そしてソラウにもしてもらったやり方だ。その、恩返しは模倣でしかできなかった。

 できそこないでも、拙くても、そんな方法で救われたヒュルクだからこそお返しをする。


「それに、ソラウがいなかったら今ここに『ボク』はいないよ。理事長も頑張ってくれたけど、その決定打を作ってくれたのはソラウだ。ソラウがいなかったら『ボク』はあの研究所で一生を終えていた。ソラウの魔眼はたしかに世界を変えられると思う。だって『ボク』の世界を変えてくれたのはあなただから」


 ヒュルクは今できる精いっぱいの笑顔を作って、落ち着かせようと思った。だが、ヒュルクの皮がボロボロに剥がれ、ナナシの部分ばかり見える今の状態ではぎこちない笑顔しかできなかった。


「……表情、硬いわよ?」


「うん。わかってる。『ボク』はまだ笑えないけど、いつかは笑えるようになるから。昔ならこんな表情すら浮かべられなかった。だから、ソラウのおかげだよ。……涙もぬぐえないどうしようもない奴だけど、そうなれるまでもう少し待ってほしい、かな」


「……ありがとう。やっぱり、あなたの望みは叶えさせないわ……!嫌よ、そこまで変わろうとして頑張っているのに、死にたいと思うなんて!あなたはまだまだ生きなきゃダメよ!人の世界を知って、その上で生きれて良かったって思わせてあげるんだから!」


 ナナシは事実として、できうる限り早く死にたいと願っている。それのみが望みである。

 両親を殺し、関係のない無辜の人も殺し、善悪わからぬ人を殺し、一方から見て悪である人を殺してきた。

 生きていくために様々な人に迷惑をかけて、殺しに適した能力を宿していて。できることは人を殺すことばかり。


 こんな殺人鬼、生きている価値はないと思わずにいられなかった。

 だから生きていてほしいと思われることは、幸せを感じることは苦痛でしかなかった。


「……ソラウネット。いつかしたお願い、覚えていますか?」


「ええ……!あなたはいつか必ず、私が殺します!だからそれまでは、生き続けなさい!私が責任を持って、あなたという存在を生かした罰を背負います!だからそれまでは……」


 ――私の傍にいて。


 それだけでナナシが動くには充分だった。

 ソラウネットに頬を押さえられて、双眸が赤い輪郭を宿したことでナナシは左眼のコンタクトレンズを外す。直死の力の受け渡し。回数にして十回分だ。

 受け取りを終えたことでコンタクトレンズを付け直し、頬に当てられたままのソラウネットの手を取ってできそこないの笑顔を向けた。


「――ッ!」


 ソラウネットの、引きつった顔が映る。でも、それ以上できることはなかった。

 手を離してもらい、ナナシは立ち上がる。敵の排除は、迅速に行わなければならない。大切な人のためにも、一秒でも早く。


「ラヴェル先生。すぐに動きます。理事長と繋げてください。あと、ソラウネットのことお願いします」


「ソラウちゃんのことは任せて。あと、向こうはルトゥナさんの身柄引き渡しも要求してきたね。……はい、これ」


 ラヴェル先生から保健室に置いてあった電話を受けとり、耳に当てた。すでに繋がっているらしい。


「何だ。ラヴェルの所にいたのか。相手さんの話は聞いていたな?」


「大体は。……理事長。『ボク』がその誰か役になります。実際、フル活用すれば『ボク』だって世界を滅ぼせそうですし」


「ん?……わかった。二人で奴らのところに行くぞ。制服は脱げ。槍は持っていってやる」


「ありがとうございます」


 通話はそれだけだった。電話をラヴェル先生に返すと、すぐにロッカーを開けて様々な服が出てきた。


「はい、変装用の服一式。あと顔も隠した方が良いねぇ。クラスメイトにばれちゃうかもしれないし?」


「用意周到ですね」


 あまりの優秀さに苦笑してしまった。ここまで想定して保健室を私物化しているとは思っていなかったのだ。


「ボクは君たちの味方だからね。適当に着ちゃいな」


 ヒュルクは本当に適当に服を選び、後は昔ながらの学帽を目深にかぶっただけだった。動きやすそうな黒いジャージのズボンに、緑のTシャツと青いパーカーをチョイス。

 正直、ズボン以外は一番手前にあったものを選んだだけだった。


「ソラウちゃん、ちょっとこっちにおいで」


「はい……?」


 ヒュルクが着替えている内に、ラヴェル先生はソラウネットを手招きで呼び、そして能力を使って眠らせていた。


「強引過ぎませんか……?」


「落ち着けるにはこれぐらい強引の方がいいのさ。さ、行った行った。ソラウちゃんの日常を守れるのは君しかいないんだゼ?」


「理事長も守ってくれてますよ」


「あの人もいつかソラウちゃんの前からいなくなっちゃうから。一番できるのは同年代でソラウちゃんを大切に思ってる、しかも事情を全て知ってる君だけさ」


「……だといいですけど」


 ヒュルク保健室から出て昇降口へ向かうと、すでに理事長はいた。槍は何故か持っていなかった。


「待ってたぞ。ソラウも一緒だったのか?」


「はい。でもラヴェル先生に任せてきました」


「そうか。槍は透明にして校庭に刺しておいた。後で見えるようにしてやるよ」


「わかりました。……あいつらの理由とか全く聞いてなかったんですけど、どういう理由でこんなことを?」


「危険分子の保護と研究。あとはルトゥナ・ノアは力があるのだから国のために働けだと。馬鹿馬鹿しいっていうか、数年前の思考と同じだ。まるであの研究所の奴らみたいだよ」


 数年前まで軍にもいた勢力。魔眼研究のためなら何でもするマッドサンエンティストたちの巣窟だった研究所。

 そこに所属していた人間たちと同じ思考の持ち主であるなら、ナナシや理事長にとっては抹殺対象だ。


「あとはフィロ准将がいる魔眼部隊の本部も同じように襲われているらしい。管理不足とか何かでな」


「わかりました。……クーデターですよ、これ」


「そうだな。少し争いが延びるかもしれないが、お前ならやるだろ?」


「はい。あなたたちを守ることしか、できませんから」


 ナナシは左眼に眼帯をつけて、一応抵抗しない主張をしていた。まだコンタクトレンズを入れているため直死の魔眼は使えない。


「すみません。左眼は使えません。右眼だけで殺します。能力は十回分返してもらいましたが、ここでは使いたくありません。戦力的にも問題ないでしょうし」


「万が一でもバレるわけにはいかないからな。俺もいるし大丈夫だろ。……さて、娘を泣かせた愚か者共に裁きの時間だ」


「はい」



この後十八時にもう一話投稿します。

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