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一応二話目です。
前にちょっと短いのがあります。
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首都から帰ってきて、次の日すぐに学校があった。すでに能力診断の日程は全て終了しており、二人は健康診断などの測定を特例でなしとされた。
クラスでも二人は交換特殊留学生であることがクラウス先生の口から言われ、その交流行事の一環で首都へ行っていたと発表された。
そのまま一限が行われ、終了した後の休み時間には二人の周りに初日のように人だかりができていた。今度はソラウの周りにも人がいた。
「ヒュルク、何で黙ってたんだよ?」
「別段口にすることでもないかと思って……。昨日のような行事がない限りはただの学生だし」
同じような質問をソラウもされていた。さすがに読書はできておらず、本に栞を挟んでいた。なのに本から手を離さない辺り、さすがである。
「ってことは二人って前から知り合いとか?」
「一応……。試験が本来の物と別日程で、その時会った。交換特殊留学生は俺たちしかいなかったから」
あとはどこの国から来たのか、どうして志願したのか、など当たり障りのない質問ばかりであった。用意していた答えで事足りたので、何も問題はなかった。
メルニカは珍しく二人には近寄って来ず自分の席から二人の様子を見ているだけだった。
クラスメイト達が変わらず接してきてくれて嬉しかった部分もある。
能力診断の際にヒュルクは殺意むき出しで戦闘を行い、そのまま保健室にずっといたためクラスメイトの反応がわからなかったのだ。
怖がられている様子もなく、休んだ理由についても納得してくれていたので、問題はなにもないと感じたのだ。
二限目が終わり、今度は一人だけ男子生徒がヒュルクに近寄ってきた。
紺色の髪に青色の瞳で、平均的な身長の持ち主。少し特殊な点といえば、髪の毛をポニーテールで縛っているくらいであり、その他はごくごく平凡な見た目をしていた。
「あの、ヒュルク君。ちょっといいかな?」
「何?……ウィリアム」
話しかけてきたのはウィリアム・ボーン。能力はシングルの透視。レベルは一だった。このクラスで透視は一人だけだったために名前を何とか覚えていた程度だった。
「えっと、ちょっと頼みたいことがあって。できれば周りに人がいない方が良いんだけど」
「いいよ。じゃあ外で話そう」
一瞬だけソラウと目を合わせて、許可が出たので一緒に外に出ることにした。ソラウは特に気にしていないようだ。
廊下に出てみると教室移動の生徒や、他クラスの人同士の交流があり、さすがに話せそうになかった。
「屋上でいいか?」
「うん。踊り場でもいいかな」
昼食時でもないため、屋上へ続く踊り場には誰もいなかった。学生たちの喧騒も、ある程度収まっていた。
「それで、わざわざ人目につかない所で何の話だ?」
「うん。……ソラウネットさんから目を離さないでほしいんだ。それが、頼みたいこと」
興味本位でつられてきた、という自覚はあった。どんな話をわざわざしようというのか、どんな突拍子もないことを言われるのか。
期待していたのだが、よくわからないことを言われただけだった。
「えっと……?たしかに特殊留学生だから面識はある。だけど目を離さないでほしいってどういう意味だ?実際今は目を離しているぞ?」
「今はごめん。頼みたいっていうのは、いつでもどこでも目を離さないでほしいってことなんだ。それができるのは君だけだから」
「昨日みたいなこともあるからクラスの中だと俺が一番身近だとは思う。……でも、女友達とかでもいいんだろ?たしかメルニカさんとそれなりに仲良かった気がするが……」
「ううん。君が一番接する時間が長い。一緒に住んでるんでしょ?」
時が止まった。あくまでウィリアムは笑顔で、何でもない話をするように落ち着いていた。喧騒がヒュルクの耳にもう一度届き始める。
一度、誰に一緒に住んでいるのかを話したか思い出し、その嘘の内容を確認してから話を再開させた。
「ああ。同じアパートには住んでるよ。メルニカさんから聞いたのか?それとも同じアパートから出てくるのを見たとか?」
後半は嘘だったが、カマをかけているのか調べるためだ。情報の出どころは実質メルニカしかありえない。
「いや、違うよ。メルニカさんと話したことはあるけど、そんな話はしたことない」
「……そんなおかしな話があるか。自分から口に出したのは、メルニカさんにだけだ。先生たちには住所を教えてあるけど、そんなことを教える先生はいないはずだ」
「うん、そうだろうね。……ごめん。本当に今は言えないんだ。でも君にしか頼めない。きっと彼女を守れるのは君だけだ。僕では到底無理だし、虫が良いのはわかってる。その左眼、きっと誰かを傷付けるけど、誰かを救うためのものでもあるはずだから」
もう背筋が凍るなんて話でもない。左眼のことは誰にも言っていない。深読みをしているつもりはないが、目の前の彼は確実にヒュルクの左眼について勘付いている。
どうして気付いたのか。その可能性ならいくらでも思い付く。だが、確証が持てない。
「この左眼のこと、どこまでわかってる?」
「レベル二の、誰かを殺してしまう魔眼だってことくらいかな。あとは……うん。とんでもない魔物だよ」
「そんな魔物が、誰かを救えるって?」
「うん。たぶんソラウネットさんは救える。他にも救われる人はきっといるよ。殺しは悪いことだ。それはきっと、世界共通の事実だよ。でも昔の英雄譚は何かを殺して、褒め称えられているよね?それと同じだよ。君は無差別に力を使う人じゃない」
そうであってほしくて、ヒュルクはいつも左眼を使ってきた。外敵から母国を守る、という意味では幸せを運べたのかもしれない。それでも、敵に救いはなかった。
軍から来る依頼で殺した自国の者もいるが、それは本当に救いだったのか。
結局のところ、人を殺すという悪逆を行ったという事実に変わりはない。
殺しを正当化するつもりも全くない。
オッド・アイの殺人鬼という呼び名を、受け入れているのだから。
「……根本的なことに話を戻そうか。どうしてそんなこと頼むんだ?力があるし、適任だとは自分でも思ってるけど……」
「きっと彼女の力を求める人がいつか現れる。それで戦争が起きても、君は彼女だけを守るようにしてほしいんだ。たとえ誰が犠牲になっても、君だけは彼女の味方であってほしい。それぐらい、彼女は世界に影響を与えてしまうから」
やはり、ソラウの力まで認識していた。どうして知ってしまったのかまではわからない。それでも、ウィリアムは二人の味方のようだった。
「お前はソラウのこと、守ってくれないのか?」
「守れる範囲で、頑張るよ。でも僕の力は戦闘にはほとんど役に立たない。サポートが関の山だよ」
「それでもいいさ。一人でも信頼できる味方は多い方が良い」
少し落胆気味で話していたウィリアムだったが、ヒュルクの言葉には耳を疑っていたようだ。眼が点になり、口が少しだけ開いていた。
「……信頼?僕を?」
「ああ。だってウィリアムは俺を信頼して話してくれたんだろ?なら俺だって信頼するさ」
「僕がどんな人か、良く知らないのに?」
「そんなこと言ったら、お前は殺されてもおかしくはないんだぞ?秘密にしてることを知られたんだし。俺に殺されるって思わなかったのか?」
「僕が殺されたとしても、彼女が守られるならいいかなって」
真顔で返されてしまって、ヒュルクは危ういと感じた。こんなに簡単に自分の命を差し出せてしまえるのは、自分の命を軽視しているか、それよりも大事なモノを見つけているかだ。そして、一つ確信したことがある。
「……ウィリアム。お前、ソラウのことが好きなのか?」
「うん。好きだよ。……そう思ってる人、多いと思うけど。ソラウネットさん綺麗だから」
「あまり話したこともないだろ?」
「一度もないよ。でもね。話したことが一度もなくても、人のことは好きになれるんだ」
「そういうものか……」
ヒュルクは人を好きになったことがないからわからない。好感が持てる、というのと好きは別物だろう。
それでもはっきり好きと口に出せるウィリアムが羨ましかった。ヒュルクはそこまで器用な人間ではない。
「あ、俺たちのこと他の人には……」
「もちろん言わないよ。それが彼女の世界を守ることなんだから」
「……今度、ソラウに紹介してやろうか?俺の友達として」
「えっ⁉い、いや!いいよそんなことしなくて!別に今のままでもいいというか……」
「良くはないだろ。俺とお前はもう、友達なんだから」
そう言ってヒュルクは右手を差し出していた。なんとなしに、こういう時は握手をするものだと思ったのだ。
「そっか。友達か。うん、これからよろしく」
握手は普通に成立された。ある意味これは契約だ。
「じゃあ、今度紹介してやるから」
「だからいいって……。あと、目をあまり離してほしくないのは本当。詳しくは言えないけど、またこの前のようなことが起こると思うから」
「……わかった。信じるよ。その言葉。もっと詳しく聞いておきたいんだが……」
ヒュルクの言葉の途中で始業を告げるチャイムがなってしまった。
ヒュルクは片眼をつむって、肩を上下に揺らしていた。
「悪い。そろそろ時間だとは思ってたんだが、チャイムの方が早かった」
「仕方ないよ。遅刻するとか、こういうのも学生生活の醍醐味だから」
二人揃って先生に謝り、授業を受ける。この時はまだ、平穏の只中だった。
夜十八時にもう一話投稿します。




